生きながら10代に葬られ〜正しい青春を送れなかった人へ〜第25話

東京の短大に通うようになってから、私は痴漢に悩まされるようになった。高校生の時は友達と一緒だったせいか、痴漢の被害は全くなかったのだが、短大生になって突然、痴漢に頻繁に遭うようになった。最初のうちは、ただ、手がお尻に当たっているだけだ、たまたま、股間に手が入ってしまっただけだ、と思って気のせいだと言い聞かせてやり過ごしていた。見知らぬ男性の手が、お尻を撫で回すのを感じながら、「たまたま、たまたま」と意識した。

私は被害者にもなりたくなかったし、加害者も生み出したくなかった。私だけが気にしなければ済む問題だと思っていた。それに、短髪でジーンズばかり履いている女として魅力のない自分が痴漢の被害に遭うとは考えにくいと思っていたのだ。
しかし、学校帰りの、19時ごろ気のせいとは思えない思いをした。電車はラッシュ時ということで、ギュウギュウに混んでいた。私はその中で、頑張って自分のスペースを作り、本を読んでいた。その時に、背中に熱いものが当たるのを感じた。けれど、ラッシュ時の電車ということもあり、大して気にせずに、本の続きを読んでいた。駅を何個か通り過ぎていくと、人がだんだんと少なくなってくる。ハッと気がつくと周りに人がいなくなっていた。しかし、私の腰のあたりには熱くて硬い長細いものが当たっているのだ。そして、私の背後にピッタリと男性が密着していた。どう考えてもその熱いものは男性のペニスだった。私は恐ろしくなり、違う車両に移動した。しかし、男性は私の後をずっとついてくる。そして、私の背中にピタリとペニスを押し付けてくるのだ。私は怖くて泣き出したかった。何回も移動してもずっと追いかけてくるスーツの男性と熱いペニス。自分の駅について、電車を降りたらやっと解放された。ホッとして帰途につくが、また次の日の夜には、違う男性が、私の尻や股間に手を伸ばすのだ。

私には男性を車掌や警察に突き出す勇気などなかった。思えば、男性はしっかりと私のことを見ていたのだと思う。化粧っ気がなく、本ばかり読んでいる気弱な女性。絶対に、自分に対して抵抗してこなさそうな風貌。私はもしかしたら、化粧をバッチリして、もっとお洒落な服装をしておくべきだったのかもしれない。そうすれば、この女は反抗しそうだと思って手を出されずに済んだかもしれない。しかし、今となっては全て後の祭り。私は短大に通っている間、ずっと痴漢に怯えていた。ギュウギュウ詰めの電車の中、逃げることもできず、息のかかる距離の男性を恐れていた。あの恐怖から逃れるにはどうすればよかったのだろう。そして、いまもなお、同じような目にあっている女性がいると思うと、怒りが湧いてくるのを止められない。
電車に乗らなければ、学校に行くことができないので、私は黙々と痴漢されながら学校へ通い続けた。私はどんどん我慢強くなっていった。それが良いことだったのかは不明だ。

短大では全く友達ができなかった。高校のようにグループにも入らなかったので、本当に一人だった。学校に行っても誰とも話さないのが当たり前で、派手な服装の子達の中で私は一人で浮きまくっていた。希望した学校でないのもあるが、馴染めなさから、頭の中ではまた自殺がぐるぐると渦を巻いていた。私はすぐに死にたくなる。死ぬことは問題解決の中で一番確実で楽だからだ。毎日の痴漢も、行きたくない短大も、友達ができないことも、死は真っさらに解決してくれる。自殺への憧れを募らせながら、叔母の古着を身にまとい、粛々と授業をこなした。入ったばかりなのにもう卒業したかった。私が学校で希望や未来を感じたことなど一ミリもない。

W大学へのサークルは週に2回くらいは顔を出していた。週に一度、交流会という名の飲み会が行われていて、私はそれに毎回参加していた。私は猛烈に人を欲していた。広末さんとはたまに飲んだり遊んだりしていたけれど、やはり、サークルも学校も違うので、なかなか時間が取れないでいた。それに、広末さんに「学校生活は自分で楽しくするもの」と言われてしまい、自分の努力不足を感じていた。

木曜日に行われる交流会は他の大学からの参加者も多かった。このサークルに顔を出してわかったのは、部長以外ほとんどの人が絵を描かないことだった。どちらかというと、出会いを求めて入部している人が多いように感じた。交流会はいつも参加者がたくさんいた。N大学の女子たちはタバコをふかして、濃いアイラインをして、「こんばんは〜」となよなよと現れる。男の部員はほとんどがW大学生だった。それを見ると、私はここの女性たちはW大学生と付き合いたくて、このサークルに来ているのだろうか、と考えるようになった。そして、自分も他の大学の人間なので、この女子たちと同じように見られているのだろうか、と考えた。私は、それは嫌だと思った。絵を描きたくて、参加していて、実際、絵を描いているのに、男が目的だと思われたくない。それに、W大学という名前につられて集まる女子も嫌いだった。そんなにW大学生が良いのなら、自分が入ればよかったじゃないか。入れないのだとしても、それに見合う収入を得られるくらい自分で努力して稼げば良いじゃないか。人に飯を食わせてもらおうと考えているのが、どうしようもなく嫌だった。思えば、私は、ずっと父親に「誰のおかげで飯が食えると思っているんだ」と言われて来た。だから、こういう考えになったのだと思う。しかし、男尊女卑のこの社会で、女が高額の収入を叩き出すのはとても難しい。そういう考えになるのも仕方ないのかもしれない。けれど、私はそういう女子たちを好きになれなかった。白やピンクの服を着て、甘ったるく男性に話しかけるその姿は女性の中の醜悪な部分を見せつけているようで嫌だった。そんなことを考えているのは私だけかもしれないが。

人数が集まり、酒の買い出しに行くことになる。
私はやることがないので、率先して、
「行きます!」
と宣言した。
そしたら、部長が
「一人じゃ大変だから僕も行くよ」
と言って腰を上げた。
流れで部長と二人で酒を買いに行くことになった。

二人きりになって、気まずいので、私は率先してペラペラと喋り始めた。部長はふんふんと頷いている。そして、車道側を歩く私を「危ないから」と言って、制した。そして、私は部長に守られる形で歩道側を歩いた。私は私を女性として扱う部長にちょっとびっくりした。こんなに色気もなく、女性らしさのかけらもないのに。二人でコンビニに入り、酒やおつまみを買う。なんだか、こんな当たり前のことが嬉しい。人と一緒に買い物をするだけで心が温まる。私は人の温もりを知らない。
私は当たり前のように酒ばかりが入った重いビニール袋を持ったのだが、部長が
「それは、重たいから、小林さんはこっち持って」
と言っておつまみばかりが入った軽い袋を差し出した。
「え!良いですよ。私、重くても平気です」
そう言ったが、
「良いから、良いから」
と言って部長はビニール袋を奪い取った。
私はおつまみばかりが入った軽い袋を持ちながら、部長に申し訳なかった。部長は涼しい顔をしていた。そして、二人して話を続けた。なぜだか、部長とは興味のアンテナが一緒で、いつまで話していても飽きなかった。それはきっと部長も一緒だったのかもしれない。

部室に戻ると、みんなはまってましたとばかりに、酒の缶を手にした。
「かんぱーい!」
文化系ゆえ、テンションは低めだが、皆それぞれに盛り上がっていた。私が一人で座っていると部長が隣に座ってきた。私は酒をガンガン飲みながら、部長に話しかけた。部長もニコニコと私の話を聞いた。随分、飲んだせいか頭がぼんやりして、視界もぼやけた。ふと、目の前に、ポッキーが差し出された。部長が私の口の前にポッキーを差し出しているのだ。私はちょっと戸惑ったが、それをパクリと食べた。部長は食べる私を見て、満足げだった。私はなんだか変な気分だった。良い年をして、人に食べ物を食べさせられるのは奇妙だ。そして、その行為が私の胸をときめかせていることに気がつき始めた。私は部長の手元のポッキーを取り、部長の口元に差し出した。部長もパクリと食べた。私はなんだかそれだけのことで、胸が鼓動を打つのを感じた。そして、なんでこの人は私にこんなに近づいてくるのだろう、と理解できないでいた。私は恋とは程遠いところにいる人間で、その作法を知らなかった。自分に影響を与える異性の存在に、どちらかというと恐怖していた。まだ、未知の感情がようやく顔を覗かせたのだった。

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生きながら10代に葬られ〜正しい青春を送れなかった人へ〜

いじめ、学級崩壊、全く幸せじゃなかった10代。恋愛したり、友達と海に行くとかそういったことができなかった人に読んでもらいたい。
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