生きながら10代に葬られ〜正しい青春を送れなかった人へ〜(第4話)

「お前はクラスのみんなから嫌われている」と私に言った小杉先生に反抗することにした。授業中は大きな声でおしゃべりをし続けた。小杉先生が注意すると、
「昨日、私に言ったこと、忘れたのかよ!注意するなら私に謝れよ!」
と乱暴に言った。小杉先生はワンテンポおいて、
「すまなかった、小林」
と言った。私はあっけなく、謝る小杉先生がわからなかった。そんなすぐに折れてしまうような意思で私に向かって「クラスのみんなから嫌われている」と言ったのか。私はすぐに謝る小杉先生に無性に腹が立った。
「そんなもんじゃ許さねーよ!土下座しろよ!」
そう言って、私は席を立った。廊下に出て座り込むと、小杉先生が追いかけてくる。座り込んだ私を教室に連れ戻そうとして、私を抱えようとしてきた。私は触れられたことが気持ち悪くて、大きな声で
「離せ!」
と怒鳴った。小杉先生はそれでも私を抱きかかえようとする。私は仕方ないので、教室に戻る。私は絶えず胸のあたりがムカムカしていた。席について、無言のまま小杉先生を眺める。授業は行われず、小杉先生がひたすら私に謝り、私はそれに対して言い返し続け、それだけで授業が終わった。

思えば、小杉先生のことは好きじゃなかった。私は大抵の教師が嫌いだけれど、小杉先生には特別な思いがある。小杉先生は社会の教師で、いつも授業の前に「ついでの話」と言って小話をするのが決まりだった。「ついでの話」は授業と全く関係のない、先生の思い出話なんかをするのだけれど、その話で、忘れられないものがある。

小杉先生が結婚式に呼ばれたときの話、その花嫁さんが、ある地域の出身だったらしく、そのことを親族だか友達が聞き出したらしい。「〇〇の出身なんだって」と。そうしたら、花嫁さんの親族が、怒り狂い、糾弾会を開いたという。そして、生徒に向かって「恐ろしいだろう。なっ?」と同意を求めた。まるで、その出身の人が悪みたいな物言いだった。小杉先生ははっきり言わなかったかが、部落差別のことを言っていたのだろう。中学2年で部落差別というものをはっきり知っている生徒は少なかったと思う。ただ、生徒は「ある地域の出身者は怖い」というイメージができたと思う。私は被差別部落の人に対して、そう言ったイメージを植え付けた小杉先生が嫌いだった。なぜ、社会の先生なのに、倫理観が欠落しているのか謎だった。

私は放課後、生徒指導室の常連になった。小杉先生と向かい合って話すのだけれど、いつも平行線だった。私はずっと、「土下座して謝れ」としか言わなかったし、先生は「土下座はできないが謝る」というだけだった。

帰宅して、家に帰ると母がいて、いつも通りに洗濯物をたたんでいた。私は学校で荒れていることを母に言わなかった。いつも通りに夕食を取り、風呂に入って寝た。荒れていることは知られたくなかったが、私がひどいことを小杉先生に言われたことは伝えたいと思った。けれど、言えなかった。

私は毎日、小杉先生に反抗していた。そうすると、ほかの生徒も面白がるようになり、ますます酷くなった。他の先生の授業でも大声を出して話したりするようになった。クラス中がそう言った雰囲気になり、私が誘導していなくても、クラスメイト全員が教師に向かって「帰れ!帰れ!」とコールしたこともある。私の反乱はクラス中に広まって、もはや止められなくなっていた。

そのうち、小杉先生は明らかに元気がなくなった。お風呂にも入れなくなったらしく、肩にはフケがついていた。そして、私のご機嫌を伺うかのように「どうすれば許してくれる、小林」と言うのだ。許すも許さないもなかった。私に言った「小林はクラスのみんなに嫌われている」と言う発言は、どうやっても取り消せない。私はそれで酷く傷ついた。しかし、私は小杉先生を傷つけている。その自覚はもちろんあったが、私は自分がどんな態度を取ればいいのかすでにわからなくなっていた。

ある日、小杉先生が私に言った。
「昨日、妻に聞いたんだ。小林に言ったことは、ひどいことだったのか、と。そうしたら妻は『それはとても酷いことだから、その子はとても傷ついたと思う』と言ったんだ。すまなかった、小林」
小杉先生の「クラス全員から嫌われている」発言からゆうに1ヶ月以上経っていた。それなのに、小杉先生は自分の発言が人を傷つけるものだと思っていなかったのだ。私はびっくりした。小杉先生は何らかの欠陥があるのかと思ったくらいだ。

ある日、私はいつも通り、授業中に騒いでいた。突然、小杉先生は土下座した。私はもう、引っ込みがつかなくなって、
「許してもらえると思うな!」
と叫んだ。

私は家で母に「担任の小杉先生から、クラスのみんなに嫌われているって言われた」と言った。それ以上のことは言わなかった。学級崩壊を起こしていることも、土下座のことも言わなかった。私は小杉先生に関しては加害者の立場になっていたが、被害者の立ち位置を取り続けていた。私はだれかに裁いて欲しかった。私のことを最初に悪く言った小杉先生が悪か、そのあと、謝罪する小杉先生を許さず、暴れまくった私が悪か。

母は次の日学校に電話をした。
「うちの子が、クラスの担任に『お前はクラスのみんなから嫌われている』って言われたって言っているんですけど」
電話に出た先生は
「何を言っているんですか!あなたの子供は大変なことをしてるんですよ!」
そうして、私の悪事は親にバレた。

母は父に私のことを告げた。どうやら、私が学校で先生に反抗して、暴れまくっていること、授業中に騒いて、廊下に出ていること。父は鬼のように怒り狂った。机を蹴り倒し、怯える私を罵り、誹り、怒号を浴びせた。あまりにも酷い言葉を吐かれたので、私は耳を塞いだ。それでも止まらない父の怒鳴り声。耳に蓋をしても響いてくるので、私は大声を出した。
「きゃあああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
それでも、止まらない父の罵声。私は腹の底から声を出し続けた。聞きたくない、聞きたくない。最初は私が言われたんだ。クラスのみんなから嫌われているって。なのに、なんで私だけが悪者になるの。涙と鼻水でびしょびしょになって叫び続ける。見かねた母が
「お父さん、流石に、これ以上は……」
と言って止める。しかし、止まない。どれくらい経ったか分からない。怒り狂った父が怒鳴るのをやめた時には、夜も遅くなっていた。母が困った顔で私を眺めるが、無視した。

私はもぞもぞと布団に潜り込む。世界なんて、全く信用ならない。私にとって、世界が安全であった時があっただろか。私は一生誰も信用しないし、誰にも心を許さない。硬く心を閉ざして目を瞑る。世の中が終わってしまえばいいと真剣に願った。学校が火事になればいい。地震が起きて、全ての建物が倒壊すればいい。なんなら、地獄の大魔王が降臨して世界を焼き尽くせばいい。そんなことを考えているうちに、泣き疲れて眠ってしまった。

行きたくない学校に行く。そして、私は小杉先生に反抗するのをピタッとやめた。クラスメイトが「何?もう何もやらないの?」と聞いてくるが無視した。しばらく、クラスメイトから色々言われたが、「もうやめた」とだけ言った。クラスメイトは私の反抗に同調してくれたが、所詮、私の味方ではなかった。ただ、面白かったから乗っかっていたのだ。反抗する前と同じように、机に座って、教科書の表紙を眺める。私はやっと、私には友達がいなくて、味方がいないことに気がついた。

廊下を歩いていると、校長先生に声をかけられた。
「お前、最近、おとなしくなったらしいな」
なんだ、ずっと前から知っていたのか。そうなら、私が暴れているときに話しかけてこいよ。頭の中で罵った。

学期末、私の成績表は全ての教科が一ランク下がっていた。テストの点数が落ちたわけでもないのに。私の成績は中の上から普通になってしまった。膝下のスカートを蹴飛ばしながら、家に向かう。イライラとムカムカが自分を支配して、早く時が過ぎればいいのにと願った。


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生きながら10代に葬られ〜正しい青春を送れなかった人へ〜

いじめ、学級崩壊、全く幸せじゃなかった10代。恋愛したり、友達と海に行くとかそういったことができなかった人に読んでもらいたい。
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