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器用になりたい

 中学受験塾のバイトが楽だと聞いて、面接を受けに行ったことがある。模擬授業を度胸で乗り切って、教室長とのやりとりもほぼ採用の雰囲気。これでこの時給、社会ってチョロいぜ。完全に油断しきったところで適性検査が始まった。この適性検査というのはいわゆる性格診断で、これが原因で落とされることはまずないそうだ。「正直に答えてください」と言われ、各質問に対して「とてもそう思う」「ややそう思う」……当てはまるものを選んでいく。数日後、教室長から困惑したような電話がかかってきて、「適性検査で何を書いたんですか?」と訊かれた。社会は厳しかった。
 何を書いたかと言われれば思い当たる節があって、「子どもが苦手」「人前に立ちたくない」などの項目で、「とてもそう思う」に丸をつけてしまった気がする。子どもが苦手で人前に立ちたくなくてもお金がもらえるなら頑張れますよ、これが正直な気持ちで、しかも選択式だったものだから、つい。私は小心者なのに、度胸先行で生きている。不思議な話だ。適性検査であんな回答をしたのも、良く言えば度胸の表れなのかもしれない。しかし度胸だけでは、バイトの面接にすら受からない。
 演技においては、度胸と制御を保ち続けることが求められると私は思っている。度胸なしでは舞台に立っていられないし、制御なしに台詞を発することはできない。舞台に立ち、台詞を発することができるようになっても、度胸と制御は互いににらみ合いを続けていて、バランスが崩れると役者の中に余計な緊張と混乱をもたらす。自分で演技をして、他人の演技を見て、どうしたら器用に生きられるんだろう、と考える毎日だ。

月について

 月は太陽の光なしには輝けない存在だ。誰かに輝かせられる月になりたいか、自分で輝ける太陽になりたいか。こう書くと、太陽一択だろ、って感じだよな。ここで月って答えるのは逆張り過ぎて、一周回って無理。衛星だけに。
 身の回りに目を向けてみると、自力で光を放っているものは、そうでないものに比べて圧倒的に少ない。だから電灯とかで照らしてあげないと、ほとんどのものは視認することができない。机も、布団も、人間だってそうだ。みんな月と同じだ。夜空に瞬く光の点のほとんどは、自力で輝いている星なんだそうだ。だとしたら、夜空の何もないように見えるところに、自力で輝かない星がたくさんあるはずで、その密度を考えるとなんだか怖いような。怖いけれども、その存在に思いを馳せる時間が、輝かない存在にとっての希望であると信じたい。

高橋敏文

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