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ハリーポッターとおさななじみ

今日は休みだったから目覚ましをかけずにけっこう遅くまで寝てた。というか、11時くらいに目が覚めたけど14時までベッドの中でずっとぼーっとしてた。

最近休みがあると気分転換しようと頻繁に出かけてたのだけど、今日は身体があまりにも重くて疲れてたから一日中家にいることにした。普段は健康のために食事にもできるだけ気をつけるようにしてるけど(もう救急車には乗りたくない)、今日は好きなものを食べると決めた。のろのろと布団から出て一人用の鍋でお湯を沸かして出汁をとって、そこで冷凍うどんを茹でて卵を落としてゆっくり食べた。そのあとの夜ご飯はフライドチキンとポテトで、炭水化物+揚げ物の日を楽しんだ。

昨日が映画の日で、1000円だったから『ファンタスティック・ビースト』の新作を観たのだけど、ハリーポッターシリーズは最終作が公開されて以来、観なおしてなかったから「⁇?」ってなるところが多すぎた。それに、ハリーポッターが久しぶりに観たくなったから最初から観ることにした。
するとハリーポッター1作目、すっかり画面が古典仕様になっていてびっくりした。小学生のころ、洋画劇場で少し古い映画を観てる時の感覚と同じ。あんなに新しかったのに!
ハリーポッターが公開された2001年、たしか私は小学3年生くらいで、観た瞬間から頭がおかしくなるくらい興奮して夢中になったのを覚えてる。2001年ってたしかビデオからDVDになる移行期で、DVDデッキが家になかったからビデオを買ってもらって、紙のケースに入ったそれをすごく大切にしてた。あとハリーに恋をしてた。笑 ハリーの写真が載った下敷きをアカチャンホンポかどこかで買ってもらって、学校に持って行ってた。
私の洋画・初恋リストは複数(?)あるのだけど、最初は『キャスパー』の人間になったキャスパー、次は『マイガール』のマコーレー・カルキン、次は『ハリー・ポッター』のハリーかも。『キャスパー』は日曜洋画劇場、『マイガール』は夜中に親が寝てるときこっそりテレビを付けたら放送してて、夢中になって最後まで観た記憶がある。

とにかくハリーポッターを久しぶりに観てるとそんなことを思い出した。当時学校でも大人気だった。原作本もまだ今みたいに全作出てなくて、新作が出るたびに書店に徹夜で並ぶ人たちがニュースになっていたことも。今もあそこまで人気のある海外文学ってあるのかな。ちょっと思い当たらない。
そして1作目を観たとき、あの世界の中に入れない事実があまりに受け入れられず変に距離を取ったりしたことも思い出した。なんで入れないの?って時々今でも真剣に考えてしまう。でも大人になってみると、ああこれも作りものなんだなって嫌でも分かるところがある。あのころと同じ、ハリーの目線ではもう観れないのか…なんて少し残念に思ったり。ほんと、あの高揚感がいつまでも忘れられない。子供だけで暮らして冒険するのとか本当に憧れたよ〜。

そういえば、友達があまりいなくて本ばかり読んでた小学生時代、唯一仲良くしてたアメリカからの帰国子女の男の子がいたことを思い出した。というか、ハリーポッターといえばいつも彼のことを思い出す。翻訳版が出る前に原書でみんなより先に続きを読んでいたから「次どうなるの?」「いややっぱり言わないで!」なんて会話をしてたなって。彼からアメリカ生活の話を聞くのが楽しかった。骨折をしたら好きな色のギブスを選ばせてくれる話とか、今でも覚えてる。私のアメリカに行きたがる部分はもしかしたらこういうところに起因してるのかもしれない。

彼は地元に似合わないインテリ一家で、家族がすぐに地域のヤバさに気が付いて、本当に一瞬で違う地域に引っ越していった。羨ましかったな。今ごろ何してるんだろうか。少なくとも今の私よりはいい生活を送ってるんだろうな。そんなことを考えながら、また会うことができたらスネイプ先生の話がしたいと思った。

#日記 #エッセイ #フェミニスト #フェミニズム #ハリーポッター #ファンタスティックビースト #ファンタビ

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TSUKASA

92年生まれ、田嶋陽子先生「愛という名の支配」と同い年のフェミニスト。「ルーキーイヤーブックワン」の翻訳インターン参加をきっかけに「Sister Magazine」を立ち上げ、ライターとして経験を積む。2020年1月から俳優、映画監督を目指してカナダ🇨🇦へワーホリ出発準備中。
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