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戸田市教育委員会のトライ&アプローチ~リーディングスキルテスト導入について~

「AI vs.教科書が読めない子どもたち」、この見出しが目を引く本が、教育界のみならず広く反響を呼んでいます。AIに係る議論が活発になる中、改めてその重要性が論じられる「基礎的読解力」ですが、戸田市教育委員会では、3年以上前からその課題を認識し、「基礎的読解力(リーディング・スキル)」を測るテストを導入し、対策を講じてきました。この度、戸田市の戸ヶ﨑教育長、新井指導主事、根本主事補にインタビューをさせていただく機会を得ましたので、今後、何回かにわたり、戸田市の先進的な取組み、そこに至るまでの悩みや現在抱えている課題等を発信いたします。
 なお、新井指導主事は、戸田市教育委員会で、リーディング・スキルを担当されています。
 また、根本主事補は、この4月に戸田市が全国で初めて教育行政プロ採用(後述の⑤の資料を参照)を行った際に採用された第一号職員です。この3名からじっくりとお話を伺うことができました。

 (写真右から戸ヶ﨑教育長、新井指導主事、根本主事補)


 また、資料としては、①戸田市リーディング・スキルテストの取組について②平成29年度戸田市教育研究集録③平成30年度指導の重点・主な施策④文部科学省平成28~29年度委託事業教科等の本質的な学びを踏まえたアクティブ・ラーニングの視点からの学習・指導方法の改善のための実践研究実施報告書⑤教育行政のプロ採用はじめました、の5つの資料をいただきましたので、ご参照いただければ幸いです。
 今回の対談をお読みになって、もっと聞きたい!ここはどう乗り越えたのだろう?等がもしあれば、コメント欄もしくはメッセージでお知らせください。戸田市に対する応援メッセージも大歓迎です。


【きっかけはB問題】
○事務局 では早速ですが、戸田市教委が子供のリーディング・スキルについて問題意識や危機感を感じたり、RSTの導入を決めたりした、きっかけについて、具体的に教えていただけますか。
○新井指導主事 きっかけは2つあります。1つ目は、全国学力・学習状況調査において、A問題はそこまで悪い成績でもないにもかかわらず、B問題について伸び悩みを感じていたことです。このことから、一見子供たちが理解しているように見えても、ただ機械的に「覚えて」いるだけで、応用力が無いのではないか、との懸念を感じていました。この懸念と新井紀子先生が仰る「教科書が読めていない」子供がいるのではないかとの問題意識が合わさり、RST導入に向けた議論が開始されました。また、二つ目のきっかけとしては、新井先生と戸ヶ﨑教育長が以前から親交があり、新井先生から、RSTというと基礎的読解力、つまり国語というイメージがあるが、国語というよりも、数学の出身である戸ヶ﨑教育長にぜひお願いをしたい、というお話があったということもあります。リーディング・スキルは国語にだけ求められるものではなく、全ての教科等に通じる基盤的な力であるとのお考えから、あえて数学の戸ヶ﨑教育長にお話があったものと思います。このような背景を受け、戸ヶ﨑教育長が着任した直後から、具体的な導入について検討を開始しました。
○事務局 なるほど、子供との直接の対話等を通じてリーディング・スキルの必要性を肌で感じた、というよりも、B問題の結果を見て、と当時からエビデンスに基づいた実践をされていたのですね。
●教育長 そうですね。確かに当時から、B問題の成績が芳しくないということは、教科書の意味をしっかりと理解しているということではなく、形式的な暗記に留まるなど、生きて働く知識になっていない、本当の意味では理解できていないということではないか、という問題意識を持っていました。


【初めて可視化された集団】
○事務局 戸田市がB問題の成績を通じて事前に感じていた問題意識や危機感と、RSTを通じてエビデンスが提示された後でギャップを感じたことなどがあれば教えてください。
●新井指導主事 教科書を読めている子供たちばかりではないことはなんとなく感じていましたが、そうした仮説が、RSTを通して確信に変わりました。

 例えば、資料②の5ページ、青色のまるで囲っている部分に含まれている子供たちは、学力テスト (埼玉県学力・学習状況調査「2年数学」)の数値が高いにも関わらず、RSTの偏差値は平均よりも高くはありませんでした。この子供たちは、学力テストはできているが、文章をしっかりとは読解できていない可能性があると考えられます。つまり、学力テストも、キーワードを拾って、AI的に解いていた、真に理解して解いていた訳ではなかったということです。このような可能性が考えられるということは、ギャップと言って良いかはわかりませんが、RSTを通して可視化された現実です。
 学力テストの点数はある程度取れているこの子供たちが、今後どのような場面で躓くのか、どういうところに気を付けて授業を行う必要があるのか、ということへ繋げていくことが必要です。

 また、もう1つの例ですが、資料①の16ページ、「速さを求める問題」、です。この題材では、距離、速さ、時間の関係を数直線図などで表し、目には見えない「速さ」という概念を数値化することを学びます。既習の数量関係等に関わる学習で身に付けた、数学的に考える資質・能力を活用し、問題を解決していきます。しかし、数量の意味を考えず、公式を暗記しそれに当てはめて求めるだけの学習ではいけません。
 速さの意味を正しく理解していることと、問題が解けることは全く違います。キーワード(数値等)を拾って問題が解けていても、この意味を正しく理解していないことは、多々あります。真に理解している子供は、1つの公式を応用して、別の問題の解決にも繋げて考えようとすることができるのです。これまで、こういった理解度を定量的に分析することは難しかったのですが、RSTの導入により、そのことが可能になるかもしれないと感じています。
 リーディング・スキルの育成を授業の目的とすると、授業において、本来目指すべき目標と、2つの目標が存在してしまうこととなります。まずは、ダブルスタンダードを作るのではなく、その授業での学習内容(当然ながら教科書の内容を含む)、文言の意味が正しく理解できるよう、リーディング・スキルの視点から授業改善を考えていることを心掛けています。
●教育長 こうした例からわかるように、RSTを通じて、学力テストの点数にはこれまで現れなかったけれど、子供たちが真に理解していない可能性があることが可視化されました。このように、RSTを通して改めて価値づけられたことは他にもあります。
 場面が代わっても理解できる、少なく教えて多くを理解する、など、リーディング・スキルという視点で授業を見直すという授業改善が起きています。結局は、RSTを受けて終わりではなく、RSTの結果を授業改善にどう繋げるかが重要なのです。
 ただ、RSTがどこまでできていれば教科書は読めるようになるのか、どこまで達していれば良いのかは、まだまだこれから検討していかないといけない課題であると感じています。

○事務局 いまお話いただいたようなRSTを授業に繋げていくために必要な結果などは導入1年目から目に見えていたのでしょうか。
●教育長 1年目は雲の中を歩く感じでした。当時は、ランダム率や優位性をどう設定するかといったテスト側の事情もあったし、また、テストを受ける子供たちも、CBTに慣れていないのではないかといったこともありました。そのため、1年目はとりあえず試験をやった、というところもあります。
 しかし、取組を進めれば、他のものとは違う何かいいことがあるのではないかと感じることはできました。それが先にお話ししたこれまで見えなかった部分の可視化の可能性などです。試行接近の中にほのかな可能性が見えたので続けることにした、という感じです。
 私は、教育という分野では、トライ&エラー(試行錯誤)ではなく、トライ&アプローチ(試行接近)が大切であると感じています。結局、この取組を続けていくことで、真の授業改善に近づいていけるのではないかと確信できたので、1年目は、授業に繋げるために必要な結果は見えない中ではありましたが、翌年以後も続けることにしました。
 また、研究のための研究ではなく、授業のための研究であると思えたことも大きな理由です。学校現場で行われる研究は、実践家である我々としては、理論よりも、授業改善という形で結果を出すことに繋げることが必要であると思っています。RSTは、研究のための研究ではなく、RSTという視点で授業を見直すことができる、身近な子供たちの変容に繋がると確信できたからこそ、試行接近を続けました。

  (つづく)


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