001.「そのほうが自然だから」ってなに?

「そのほうが自然だから」
という理由付けが嫌いである。

この理屈を振りかざすと
「ヒトは生まれたとき裸なのだから、
裸で過ごすほうが自然である」
なんていう暴論だって振りかざせるから。

さて、なんの話かというと…

ゴールデンカムイの二次創作の
現代パロディにおいて「アシ(リ)パ」の名前を
「明日子」と和名表記する件について
思うところがあったため筆をとった次第である。

あらかじめ表明しておきたいのですが、
私はアイヌでもなければ二次創作もしない、
ましてや専門家でもありません。
そのため、SNSなどで見られる様々な意見について
逐一取り上げてあれこれ論じることはしません。

ただ「現パロにおいては和名呼びが自然だから」
という考え方に対して拭い切れない違和感があるので
私なりの視点で言語化してみようかと思いまして…
うまくできるかわかりませんが…

そもそも「そのほうが自然だから」ってなんだよ、と。

「アシ(リ)パ」が不自然だというのであれば、
(現パロ二次創作読みまくってるからもう慣れたけど)
私としては現代の世界観で
「百之助」とか「源次郎」とか「音之進」みたいな
当時風の名前も自然とはあまり思わないんですよね。
でも普通に明治軸の名前が使用されていますよね。

世界観も人物名も現代風な作品にしか
触れてこなかった人であれば、
少なからず私と同様の違和感をおぼえたかたも
いないことはないと思うのですが…

でも違和感があるからと言って、
わざわざ現パロ作品を創作するときに
現代風の名前に変えたりはしてないよね、と。

試しに「百」、「源」、「音」のつく
男の子の名前を名づけのサイトで検索して、
出てきたそれっぽいやつをつけてみました。

「尾形 百也 (おがたかずや)」
「谷垣 源 (たにがきげん)」
「鯉登 直音 (こいとなおと)」

いやもうなんのこっちゃわからん…
谷垣にいたっては星〇源かよ…
タニガッキーだけにってか!わはは!

はい。

じゃあさ、たとえば私が
「現代風の名前のほうが自然だから」という理由で
この名前表記を現パロ二次創作で使用するようになったとしても、
「明日子」表記を「自然だから」という理由で使用している人は
批判することってできなくない…?

日本古来の名づけ文化の美しさを軽視してるし
野田先生が愛情込めて考えた名前を改変するなんて
作品を侮辱している!って怒られたらどうしよう。
という冗談はさておき…

私は「明日子」表記をやめろなんて言いません。
そんなこと言うような立場ではないので。

「そのほうが自然だから」ではなく、
ちゃんとした信念を持って呼んでいるのなら
それはそれでいいじゃんと思うし、
それをむやみに攻撃するのはどうなの?とも思います。
当事者でない私はそれでいいと思っています。

ただ、なぜこういう論争が起きているのか?
という理由は常に考え続けなければならないなと思います。
同様に、和名表記を悲しく思う人の気持ちも考えて
理解を示せるよう努力し続ける必要があると思います。

だってそういう作品じゃないですか、
ゴールデンカムイって。

みんなで一緒にチエトイを囲んで
まだらの金貨を作るような
ハッピーな世界になることを願って…

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