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イングランドの強さの秘密と歴史をほぼ否定した決断

下馬評通りクロアチア×イングランド戦はクロアチアが勝利を勝ち取ったとはいえ、”無名”のイングランドがここまでやるのかと驚いた方々はきっと多いことだろう。

NHKBSでの中継解説を担当していた山本・藤田も指摘していたけれども、今までのイングランドのサッカーはウィンガーとDMFからの縦一本で放り込む高速サッカーが伝統で、かつその伝統を崩せず全く勝てなかった(ベッカムがプレースキッカーとしての能力が高かったのも、プレッシャーの少ない後ろからのロングフィード主体のサッカーを組み立てていたため)ところを、40歳のサウスゲート監督が4バックを放棄し、3-5-2/5-3-2の可逆なフォーメーションを採用し、中央をショートパスで切り裂く現代サッカーに大転換したことで勝てるようになった。3-5-2は最も洗練されたフォーメーションとしてベッケンバウアーが86Wcupで完成させたが運用が難しい。

今回のイングランド代表はU-17/20 wcupで2連勝した黄金世代と言われるのも、才能やプレミアの近年の盛り上がりによるポジティブな他国からの影響もあるだろうが、組織の完成度が素晴らしかったからこそ勝てた。今回のイングランド代表の年齢はほとんどU-23と変わらない。 U-23がA代表と互角に張り合っている、しかも組織の完成度でも全く引けを取らないイングランドがベスト4に入った。これが育成上示唆する意味は非常に大きい。

これがどんなに大きな決断だったことか、サッカーを知ってる人間ならわかるところだけれども、ほとんど自己否定をしているようなもの。昔のイングランドとは似ても似つかないサッカー。もちろんロングフィードとウィングからのクロスの攻撃ができないわけではないが、その頻度は極めて低い。

このようにスタイルを変えたことで、当然やる前から国内外のメディアからも叩かれまくる。今回も早い段階で負けたらさらに袋叩きにあっていただろう。なぜ成熟したスター選手を使わないんだ、だから勝てないんじゃないかと総攻撃を食らうのは目に見えている。

ベッカム・オーウェン・ルーニー・ギャラガー・ランパード・ジェラード・テリー、こういった誰もが知る大物が軒並み顔を揃え、史上最強と謳われた2006ですらベスト8止まりだった。どんなに個の能力が高くとも、組織のありようが時代にあっておらず、成長が止まっていれば簡単に劣化してしまう典型例でもあった。2010の日本代表もそうだった。"自由"の名の下に集まった当時集められるだけ集めたスター集団の結束は皆無だった。

サウスゲート監督は選手たちと育成世代の頃から付き合いがあり、子供が生まれた時も皆でパーティーを開いたりする。家族同様の付き合いをしてきたため非常に気心が知れている。他方でイングランドのラインのプレーは非常にクリーンだ。南米のように悪質な故意のファールで止めたりすることは決してない。そもそもそのような選手がメンバーにいることを許さない。まるで全員にリネカーのマインドセットが植え込まれているかのように正々堂々としている。

これは何でもそうだろうとは思う。愚かな人間ほど個の能力頼りで組織全体のパフォーマンスを引き上げるために労力を割こうとしない。個人単位で見てもモラルやルールに対する意識が非常に低い。それ以前に合意形成ができないしより良いものを自力で更新して作れない。

概して日本人は、サッカー選手に限らず、技術ばかりに目を奪われて、組織の運用能力が絶望的である。深い深度で互いに干渉しあう能力が低いためだ。訓練も受けていない。全体像を共有するどころか誰も把握しようとしないからだ。今回の日本代表は、この点だいぶ改善されたが、最後の最後で意思決定や合意形成で大崩れを起こすことは以前指摘した。

そして今だに育成世代の頃は技術だけ磨いていれば良いとする指導者や大人は山のようにある。これもまたサッカーだけに限らない。この時点で根本的に誤りを侵している。技術など組織を構成する上での手段であって、過度に複雑にする必要もなければ、見せびらかすような代物でもなく、最も重要な要素ではない。日本人はサッカー選手に限らずここが全く分かっていない。かつてのクリスティアーノ・ロナウドや、現在のハメス辺りがややこのきらいがある。そして早々に負けた。

日本代表ではこれを中村俊輔と遠藤保仁ができた。だが他の選手はほぼできなかった。これは全体像を共有している状態とはいえない。そして才能が必要。結局可視化された技術や体裁、すぐに答えの見つからない、常に相手やメンバーの意識を前提とした極めて流動的な戦術や戦略、組織の運用といった能力を磨く勇気がない何よりの証拠なわけである。これはまた日本人全般にも全く同様に言えることだろう。効率的に、かつ"堅実に"、勝手な"自由"とやらばかりを追いかけて、全体としてパフォーマンスを上げるために必要な、辛抱強い対話能力を引き上げることを放棄した結果がこれである。

ゴール前であの体格に恵まれたルカクが丁寧に股の間をスルーし、バルサとレアルの心臓であるラキティッチとモドリッチがあれだけハードワークをしていることを知った視聴者はさぞ驚いただろうとは思う。FCバルセロナや2006から2010にかけてのスペイン代表、今回のベルギーやクロアチアはできている。だからこそ最強なわけである。そしてこれは3-5-2のフォーメーションの実現難易度の数段上をいく難しさでもある。

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