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22 ハザードマップの意味

サイエンスエッセイ 22
ハザードマップの意味
 
 ある博物館で来館者と対話する仕事をしている。対話のネタのひとつに「あなたの家のハザードマップ」がある。ハザードマップはその地域の地震や噴火、地すべりなどの予測被害状況を示したものだ。自分が住んでいる土地の自然災害に対する知識を持とうと行政が見ることを勧めている。
 対話の時は、家が特定されない範囲で居住地域を教えてもらいその地点の地震のハザードマップを見る。予想震度、液状化の可能性、津波の情報などが示され、多くの方がちょっぴり緊張感を高めてくださる。もちろんいたずらに緊張感を煽るのが目的ではないから、「知ってて下さいね~」というスタンスだが。
 そんな折、参加されたのはお年寄りの女性。海に面した土地で背後に崖を背負っている。ひとたび地震が起きれば、目の前の駿河湾で津波が発生する。内閣府の想定では最短2分で陸地に到達する。高さは5m以上。お年寄りは息を飲んだ。家は倒壊するかもしれず、裏の崖を駆け上る体力もない。「地震が起きたら、その時はその時だねぇ」と笑った。残り少ない余生。引っ越し、家を立て直す余力はない。ハザードマップは、「地震が起きたら十中八九死にます」という宣告でもあった。そして近い将来必ず南海地震は起きるとされている。
 
 能登で倒壊した家々はどれも古い瓦屋根だ。最新の耐震基準が設定される前の建築と思われる。数年来の多発する地震で家が歪んでいたこともあるだろう。だからといって高齢化が進む土地では家を新築する余裕もない。「その時はその時だねぇ」と言っていたかもしれない。そして「その時」が来てしまった。
 
 どう考えたらいいのだろう。小手先の対策は難しい。ドラスティックな変化が必要だ。大きく見るなら、例えば自宅で生活できなくなったお年寄りは安全な施設に入居できるようにしたらいい。北欧の方法が参考になる。高福祉で知られる北欧では老後の生活が保障される。これは日本では地震対策にもなる。
 いずれにせよ、「起こる前に対策を」が必須なのだ。起きることはわかっているのだから、時間との競争である。
 
 
 
 

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