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【SCC2021開催レポート】スポーツコーチングの最前線と未来を考える

本イベントレポートは、2021年1月30日(土)に開催されたカンファンレス、Sports Coaching Conference2021の中で、「スポーツコーチングの最前線と未来を考える」と題して行われたセッションの内容をお届けいたします。現在、公益社団法人日本プロサッカーリーグ常勤理事である佐伯夕利子さん、来シーズンからBリーグに参入する長崎ヴェルガGMでヘッドコーチをつとめる伊藤拓摩さん、一般社団法人スポーツコーチングJapanからは理事である今田圭太をモデレーターにスポーツコーチングの最前線を知り、これからのコーチングに何が必要なのかをディスカッションしました。

それぞれの経験から得た、コーチだからこそ「自分を知ること」の大切さ

── 国内外で素晴らしい経験を積まれてきたおふたりに、まず伺いたいのが、スペインとアメリカでコーチや指導者に今求められていることってどういうものがあるのでしょうか。

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佐伯夕利子氏:Jリーグ常勤理事
1973 年10月6日生まれ/イラン生まれ
92 年にスペインに移住し、93 年から指導者の道を歩み始める。レアル・マドリードのスクールをはじめ、スペイン男子3 部リーグ、アトレティコ・マドリッド女子チームなどで監督経験を積む。08 年からビジャレアルに在籍し、男子U19のコーチ、レディースの監督、女子部統括責任者などを歴任。18 年に公益社団法人日本プロサッカーリーグの特任理事(非常勤)に選任され、2020年3月からJリーグ常勤理事。

佐伯夕利子さん(以下、佐伯):私はスペインで28年間指導者として活動してきました。強豪チームがいくつもある国ですが、指導者の指導方法が素晴らしいかというと、一概にそうとはいえないと思っています。今までの指導スタイルではないかたちが求められていると感じます。

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伊藤拓摩氏:長崎ヴェルカ GM
三重県鈴鹿市出身。中学を卒業と同時にアメリカに留学。モントロス・クリスチャン高校を卒業。4年生の頃に選手からマネージャーに。そして卒業後に同校にてアシスタントコーチ。そして、その後バージニア・コモンウェルス大学入学・卒業。2009年よりトヨタ自動車アルバルクのアシスタントコーチ就任。2014年にアソシエイトヘッドコーチ。2015年にトヨタ自動車アルバルク・ヘッドコーチに就任。2016年B . League開幕と同時に、アルバルク東京にヘッドコーチに就任。2017年〜2018年、日本代表サポートコーチ兼、通訳。2018年よりアルバルク 東京・テクニカルアドバイザーに就任、と同時にNBA Gリーグに所属のテキサス・レジェンズにて研修、アシスタントコーチを務める。2020年9月に来シーズンよりB3リーグ参入予定の長崎ヴェルカのGMに就任。

伊藤拓摩さん(以下、伊藤):アメリカに限らずなのですが、僕は「自分を知ること」が求められていると思います。実は去年、書籍「コーチとは自分を知ることから始まる」の監訳をしたんです。その書籍には、タイトルにもあるように、よりよいコーチングをするためには「自分を知ること」が大切だと説かれていたんです。20代後半の私は、自分を知ることよりも、どれだけ新しい情報を得るかに重きを置いていたので、まずは『自分を知ること』の大切さを説かれたことは目から鱗でした。

佐伯:実は私も伊藤さんと同じように「自分を知ること」が重要だと思う経験をしました。2014年、ビジャレアルに在籍したときチーム内で指導改革が行われたんです。

── 指導改革、ですか。どういった背景があって、なぜ指導改革を行うことになったのですか。

佐伯:チームがある街は5万人しかいない人口が少ないところで、周りに産業も限られており、発展にしにくい土地にあります。そこにヨーロッパランキング上位のビッグクラブがあるわけです。ご覧になられた方、皆さん奇跡だっておっしゃるんです。そんな中、30年間ちかく継続してチームが存続している理由にビジャレアルの「不幸な選手を増やさない」というビジョンが存在します。そのため、特に育成に力を入れているんです。これには理由があって、サッカー界は一見華やかに見られますが、プロになれる人はほんのわずかです。またトップリーグでプレイをした選手が引退をして、5年以内に自己破産宣告をしなければならないケースも高い割合で起こります。だからこそ、選手の個や価値を高め、他クラブから求められる選手を育てていく。お金で解決したほうが早いという見方もありますが、それでは継続性や持続性がないことを理解しているんですね。全国からスカウトして集めてきた選手を、選手寮にいれて育てる。かかる衣食住、寮のスタッフの雇用費も合わせると相当な投資額になります。でも、チームとしてはそこに対価が生まれると考えています。不幸な選手を増やさないというビジョンを実現していくためには、指導者が「育てる」ことに対して勘違いしないように、指導者自身が成長し選手との向き合い方を改めていかなければならなかったんです。

── クラブとして、いい選手を育てるため、いい指導者も育てていなかければならないという認識があったんですね。具体的に指導改革はどのように進んでいったのでしょうか。

佐伯:120人ほどの指導者が一年間、週に一度、二時間ほどのディベートを行いました。ディベートを行うためにメソッドディレクターという方が来て、指導者が各々の現在地の確認、つまり「自分を知る」作業をしていきました。具体的には、試合時、ビデオカメラを自分に向けてコーチングの様子を撮影しました。加えて、自分の胸にアクションカメラをつけ、見えている景色をカメラ撮影します。撮影した映像を週一のディベート時に、他の指導者と見ながらディスカッションを行っていくんです。メソッドディレクターの方が「今の指導はどうだった?」と問いを投げかけ、それぞれのコーチが意見を述べていきます。他者から徹底的にフィードバックもらう体験は痛みを伴いました。しかし、痛みを伴う学びは永続性があるといいますか、自分の中にきちんと残っていくんだということを同時に私たちは学んでいきました。

── お話を聞いていると、コンフォートゾーンから引きずり出されるような感覚だったではないかなと思います。

佐伯:そうですね。お恥ずかしい話、自分の指導を疑うことなくきちんと機能している気になっていました。それが他のコーチや指導者からのフィードバックによって、自分がどういう指導者であるかと知れたことは、その後の指導者人生において大きな財産になったように思います。今までの指導とは、全く違う捉え方をすることができるようになりましたから。この経験を通して思うのは、今指導者に求めらていることは自分の指導方法やスタイルが現代の社会にそぐうものなのかを、自分なりに確認作業することなのではないかということです。

プロセスに重きを置く思考法グロースマインドセットで失敗を学びに変える

── おふたりは最新の知識や情報をどうやって得ているのでしょうか。また、得た知識を活用するときに、心がけていることはありますか。

伊藤:アメリカの場合、YouTubeやポッドキャストのように誰しもが手軽にインプットできる機会は多いです。コーチがいけるようなクリニックがいろんなところにあるので、そこでインプットしたりもします。地域の高校や中学のコーチがコーチングクリニックを行っている場合もあって、とにかくインプットの場はたくさんあるという印象です。ただ、フィードバックをしあえる環境や学び合いの場は少ないような気がします。もっと、自分を知るための仕組みがほしいなと常々思っています。

佐伯:確かに、情報は溢れていますね。セオリーやシステム、トレーニング方法の知識を世界中どこの指導者も同じくらいの量を持っているといえますよね。ではどこでコーチングの質が変わってくるか。それは指導者が得た情報や知識を自分のものにして、選手に的確に伝えられるかが重要になってくると思います。

伊藤:そうですね。選手に伝える前に、まずコーチとして自分は何を学びたいのか、どうして学びたいのか動機を知ることが大切だと感じています。動機を明確にできると、具体的な行動をプランニングしやすくなるし、数ある情報を取捨選択して選手に伝えていけると思います。

── 選手の立場にたってみると、膨大な量の情報をインプットされても困惑してしまいますね。一方で、指導者やコーチのプレッシャーを感じる場面も多そうだなと。というのも、自分の選んだ情報が選手の行動を左右することになりますから...。指導者やコーチがストレスを感じずに、選手に向き合うにはどうしたらよいのでしょうか。

伊藤:コーチって、そもそもストレスフルな仕事だと思います。まずそこを理解する必要があるのかなと。自分だけがこんなにもストレスフルな状態なのでは?と感じてしまうこともあり、他のコーチとストレスレベルを比較したりしてしまう時もありますが、そこは比べれるものではなく、それぞれのコーチがストレスを抱えていると思います。じゃあ、どうすればストレスを軽減できるのかというと、物事に対する考え方を変えることです。僕はヘッドコーチに就任した頃から「グロースマインドセット(成長型マインドセット)」というのを取り入れています。これは、スポーツ界だけではなく世界のトップ企業や大学なども注目していると当時の情報にはありました。

── 「グロースマインドセット(成長型マインドセット)」とは、どんな考え方なのでしょうか。

伊藤:スポーツ界でいうと勝ち負け、結果に一喜一憂するのではなく、日々のプロセスや自分の失敗から学び、常に学んでいこうとする考え方です。能力は努力によって成長させることができ、常に今の自分は成長の過程にあると考えます。すると、失敗や課題に直面しても逃げることなく学習の機会と捉えることができます。

── 思考を変えるだけなのに、ポジティブに物事に取り組めそうですね。グロースマインドセットを醸成するにはどうすればよいのでしょうか。

伊藤:自分の志を理解することだと思います。まず自分の気質や考え方を含めて見つめ直し、自分を知る。そして、自分がどこを目指しているのかはっきりさせる。そうすると、そこにいたるまでの過程はすべて学びとなり、挑戦であると前向きに考えられるようになります。

良い指導者=学びの機会を創出するファシリテーターであること

── 結果に左右されない考え方を取り入れるのは、指導者にとってストレスフルになりづらそうですね。とはいえ、スポーツは必ず勝ち負けの結果がついてきますよね。世の中的には勝った人が優秀とされたり、出資クラブから代表が何人も生まれることで名門クラブであると評価されがちです。おふたりは、結果主義であることに関してどう思われますか。

佐伯:まさに指導改革時、メソッドディレクターにその問いかけをされました。「勝つってなんだ?」と。そこで考えたのは、選手と指導者で、「勝つこと」への向き合い方が違うのではと思いました。選手にとって勝つことは最高級のモチベーションです。また感情のピークに達することができるといった、いい面がたくさん挙げられる。指導者は試合の結果をうけて、選手にどう学びを創出していくかというところが重要だと思います。

伊藤:そうですね。勝ち負けにこだわるのは悪いことじゃないと思います。勝ち負けを意識せずに練習するのは、ただの型になってしまいますから。人を高めるきっかけのひとつに、競争することはあると思います。

佐伯:でも、選手が勝ち負けだけに執着した状態に陥ってしまうのはよくない。結果から何を学んで、次に生かしていくのか。選手が努力を重ねられる機会をつくることが指導者のやるべきことだと思います。

── 最後にお伺いしたいのですが、ずばり、おふたりが考えるよい指導者ってどういう人なんでしょうか。

佐伯:私は選手のニーズにコミットしている人だと思います。

伊藤:僕は自分を知ることを怠らない人、柔軟性を持ち合わせている人ですね。

佐伯:2014年の指導改革以前は指導者たるもの、チームや選手を引っ張るために指示や命令をし、すべての責任は自分にあると考え、悩みがあっても相談せず一人で考え抜くものだと思っていたんです。でも、一年間話し合い続けた結果、コーチや指導者は「学びの機会を創出するファシリテーターであれ」という考えにいきつきました。どういうことかというと、あくまで選手にとって、指導者は伴走しながらサポートする人なんです。私たちは選手に対して、学ぶことを強要できません。学んでいくかどうかを決めるのは選手次第。私たちができることは、学習者(=選手)が必要としているものやことを、一人ひとりに合わせてカスタマイズし、提案していくことだと思います。そのために、選手自身の考えや解釈を理解すること。そして、選手が選択肢のなかから決断することに対してしっかりリスペクトすることが重要です。選手のニーズにコミットすることによって、結果いいパフォーマンスにつながり、勝ちにつながると思っています。

伊藤:本当にそのとおりですね。佐伯さんがおっしゃったことにくわえて、コーチは「今チームに対して何が求められているのか」、「チームがどんな状態なのか」を客観的に把握し熟考した上で、選手に提案する選択肢を柔軟に選んでいくことも必要だと思います。

佐伯:確かにそうですね。クラブスポーツであれば、クラブとしてどういうクラブになりたいかというビジョンをはっきりさせることが肝心ですね。ビジョンがあきらかになって、どういう人材がほしいか、どういうふうに育っていってほしいのかを考えられると思いますから。

── 今日のお話を通じて、勝った負けたの結果だとか、指導者がどれだけナレッジを持っているのかは重要ではないと改めて感じました。それ以上に選手のニーズを汲み取り、成長の機会を創出すること。また自分と向き合い、探求し、自分を知ることによって、柔軟にチームに貢献していけるんだなと思いました。「スポーツコーチングの未来を考える」と本イベントのテーマをかかげましたが、いくら考えても未来はわからない。だからこそ、いかに自分たちが自分たちの未来を作っていくのかという示唆にとんだお話でした。おふたりともありがとうございました!

佐伯 夕利子さんの最新本「教えないスキル: ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術」は2021年2月1日発売!

伊藤 拓摩さんが監修した書籍「コーチとは自分を知ることから始まる Know Yourself As A Coach」発売中!


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