千原こはぎ歌集『ちるとしふと』を読む
千原こはぎさんが先日出版された歌集『ちるとしふと』。
ご本人による装丁・挿画が綺麗で可愛らしい。
こはぎさんの歌は概ね平明で、すっと入ってくる読み易さがあるのだけれど、その中に込められた感情の深さというのが非常にあって、それは普段の歌からも勿論、今回初めてらしい職業詠にもよく出ているように思えた。
タブレットドライバはいつも不機嫌で慣れた手順でまずはなだめる
十月の本屋に積まれるわたしの絵 年賀状素材集の隅っこ
声すらも知らない顧客 四度目のメールの語尾に浮かぶ七彩(しちさい)
おそらくは比較的近い仕事をしている身と思われるので、わかりすぎるぐらいわかってしまい、それゆえ読んでいて状況がありありと見えてしんどいのだけれど、なんとなく、このしんどさは読んだ人皆が共有できるのではないかなという気がしている。
最初にこはぎさんの歌に出会ったのは、おそらく彼女が出していた一連のネットプリントからだったのではないかなと記憶しているのだけれど、そのときから今でも好きな歌。
この街にいつもの場所がふえてゆきふたりで付けるおかしな名前
日常はありふれていて、でもそこに「ふたり」でしか知りえないものがいくつもできていく感じ。そういったものを掬いあげていくこはぎさんの感覚に、いつもはっとさせられている。
以下、読んでいて好きだった歌をいくつか引いてみる。
初めての小籠包の食べ方を教えてくれた人になるひと
真っ白なショートケーキのどのへんを崩せば好きになってくれますか
はげしさを秘めて笑えば穏やかな人と言われて人なんてのは
絶対にわたしが触れることのないドアをくぐって会いにくるひと
たまたま「人」「ひと」という言葉が出てくる歌を多く選んでしまったけれど、それぞれの言葉の持つ意味合いは同じ歌の中でも違っていて、それは自分と他者であったり、同じ人が自分の心の中で違う位置に置かれるさまであったり、さまざまな意味を持つ「ひと」である。
「ひと」という言葉だけに限らず、ごく一般的な名詞の中に深い意味合いが込められており、ふわっとしているようでいて、その実緻密に歌の世界が造り上げられている。そんなことを改めて考えながら『ちるとしふと』というタイトルの持つ意味などを考えてみていたのであった。
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