私たちが聞かずにはいられない音とは何かーー「選択的聴取」を考える

放送の様子はこちら(下記サイトでは音声配信も行っています)。
「私たちが聞かずにはいられない音とは何か〜『赤ちゃんの泣き声』を考える」(Screenless Media Lab.ウィークリー・リポート)
2019.5/17 TBSラジオ『Session-22』OA

Screenless Media Labは、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、音が私たちの注意力や集中力に与える影響について考えてみたいと思います。

◾カクテルパーティー効果と選択的聴取

 電車の中でうとうとしていたのに、降りる駅の名前が聞こえた途端に目が覚めた。騒がしい街中を歩いていたのに、自分を呼ぶ友達の声はクリアに聞こえた。こんな経験をしたという読者も多いのではないでしょうか。

 騒がしいパーティの中でも自分の声が聞こえるというこの現象は、1953年に認知心理学者のコリン・チェリーが「カクテルパーティー効果」という名前を提唱したことでも知られています。
 
 カクテルパーティー効果のように、私たちが自分にとって重要な情報を聞き逃さないのは、実は物理的に聞こえる音の中から、自分が聴くべき音を脳が選択しているからです。これは「選択的聴取(selective listening)」と呼ばれるものですが、私たちの脳は無意識のうちに、多くの音を取捨選択しているのです。普段の生活では気づくことは少ないですが、私たちの脳は音に対して非常に敏感なのです。

◾赤ちゃんの泣き声は注意力を向上させる

 カクテルパーティー効果では、自分の名前など、各自にとって重要な音を選択しています。一方でほとんどの人が、一度聞こえるとそちらの音に聞き入ってしまう、つまり選択してしまう音もあります。その代表的なもののひとつが、赤ちゃんの泣き声です(こちらのサイトが参考になります)。

 ある実験では、赤ちゃんの泣き声と大人の泣き声、また猫や犬が苦しんでいる音を被験者に聞かせて脳内の磁場を計測しました。その結果、赤ちゃんの泣き声だけが早く反応を示しました。

 反応した部位は中側頭回(ちゅうそくとうかい)と眼窩前頭皮質(がんかぜんとうひしつ)と呼ばれるもので、共に感情処理に関わる部位でした。これらの部位は脳の中でも原始的な部分であり、「戦うか逃げるか」といった人間の根源的な注意力に関わるものです。また実験は子供がおらず、また子供をケアする立場にない成人28人だったのですが、全員が同じ反応をしています。このことから、赤ちゃんの泣き声に大人が反応するのは人間の基本的な能力だと考えることができるでしょう。

 別の実験では、赤ちゃんの泣き声を聞いた後にモグラたたきゲーム(Whack-a-mole)を被験者にさせました。結果、泣き声をきいた後の方がゲームの反応速度が向上しました。赤ちゃんの泣き声は人間に警戒や注意力を呼び起こすものだとすれば、この結果は納得が行くものです。

 このように赤ちゃんの泣き声が私たちに注意力を高めるものとすれば、注意力を必要とする作業の前に、赤ちゃんの泣き声を聴くことは効果があると考えられます。ただし、泣き声を聴きながらの作業だとそちらに注意が行ってしまい、作業に集中できません。ですので、聴きながらではなく、作業前に聴くのがいいでしょう。

 いずれにせよ、赤ちゃんの泣き声がなぜ私たちの注意を引くのかについて、一定の理由があることがわかります。また、日常生活の中で聞こえてくる音にも、様々な効果があることもわかりました。音と私たちの脳の関係について、さらなる研究が必要でしょう。

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