生きている間に一度は言いたいセリフの話

人には誰しも「生きている間に一度は言いたいセリフ」がある。
以下、黒太字部分。 

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「道端に生えている草を引っこ抜いて食べる」

間違いなくマイノリティのはずだった俺のこのライフワークが、世間の注目を集めだしたのは数年前のことだった。

やれ「究極のエコ」だとか「雑草に新たな存在意義を与えた」だとか流行の理由は色々と言われているようだが、そんなことどうでもいい。俺がいる、草がある、金になる。この事実だけで充分だ。俺は一躍時の人となった。

流行が始まった直後は深夜の怪しいバラエティにしか呼ばれなかったが、今や朝の情報番組のレギュラー。お茶の間の顔である。草を食べているだけで文化人扱い、ほんと草生える。あ、こんなこと言っちゃダメだ。

街ロケに出ればすぐに人だかりができ、子供達からは「草のお兄さん」で親しまれ、そっち方面のやんちゃな人達からも「草に理解がある人」と好意的な目で見られている(俺はクリーンです)上梓した新書「草っても鯛」は飛ぶように売れ、講演会にも引っ張りだこ。
自宅は三鷹台の1K から南青山の3LDK通称「草御殿」にグレードアップし、某人気ゲームのナゾノクサにそっくりな可愛い彼女もできた。まさに順風満帆。心地よい風が草と共に、財布の札束を揺らす。

そんな回想をしているうちに今日の仕事現場へと俺を乗せた緑色のタクシーが颯爽と滑り込む。今日はファンクラブ会員向けのフィールドワークイベント。実際に街に生えている草の試食会だ。
手を泥まみれにしたファン達が思い思いの場所で収穫した草を片手に俺の元へやってくる「先生、この草は食べられますか?」俺は心の中で呟く、食べられない草などない、雑草という名前の草がこの世にないように、と。

若いファンの女性が、摘んだ草にソースをかけて食べようとしていた。
俺は優しくそれを制し、そして告げる

それはね、ぜひ塩で試してみて。


両手いっぱいに集めた草を鼻に押し当てる。
真っ青な海のような青い青い匂いがした。

もうすぐ夏がやってくる。

シモカワ

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