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まっすぐ縫えない!から「わたしらしい」へ


裁縫ができません。できませんでした。

8年前、「???」となったのは、娘の幼稚園準備でした。

サイズ指定のある靴をいれるための巾着袋や、給食のためのランチョンマット、スモックや体操服につけるためのゼッケン。

ミシンは、中学時代、上系と下系の調節がうまくいかず右往左往している間に授業がおわりました。
先生が嫌で2年生からは授業中、屋上にいたりしました。

高校は家庭科がありませんでした。

そんな私が裁縫!?

本をみて、作り方をみても設計図的なものに弱い私には難解でした。どうしてこれが巾着になるのかわからない。

「買う」ももちろんアリなのに、その時は選択肢になく「手づくりをすべし!」と思っていました。

どうやったら、巾着になるのか?
どうやってランチョンマットの角を縫うのか?
手順がわからず、YouTubeをみても、??な私に手を差し伸べたのは、パパでした。

「ミシンでなら作れそう」と。
頼れるツイママさんに使ってるミシンを教えてもらい、ネットで注文。

結局、巾着も、ランチョンマットも、ゼッケンもネームタグも、パパが作ってくれました。

家庭科でしかやったことないはずなのに、
生地にアイロンをかけ、試作品をつくり、
かわいいものができあがりました。

せめて1枚くらいランチョンマットを作りたいと私が選んだ生地はやわらかいガーゼ生地(今ならわかります。縫いにくい。切りにくい。)

生地の選び方さえ知りませんでした。

ミシンのセットは、パパがやったものをそのまま使うのであとは、切って縫うだけ。

•まっすぐに線がひけません。
•まっすぐに生地を切れません。
•まっすぐに縫えません。

1枚目、途中、道から外れ生地からも落ち、ガタガタな道のような糸。クタクタで左右非対称で四つ端あわせて畳めないものができあがりました。

しょんぼりとイライラ。
専業主婦でどんなに時間があろうと、
できないものはできない。

「なぜパパのようにできないんだろう」
「うまい人にやってもらえばそれでいいじゃない」
「パパが作れるんだからいいじゃない」
そう思っても、気持ちが晴れませんでした。

ミシンもガタガタ、手縫いは縫い幅がバラバラで汚い。

そこにあらわれたのが、「透明のミシン糸」と、
「裁ほう上手」!

裁ほう上手は、ボンドのようなもので、これを塗って貼り合わせ、アイロンをかけると、洗濯でも取れません。透明ミシン糸は、透明なので多少縫い目が汚くても目立ちません。

この2つのおかげで、私の「裁縫」に対する苦手意識が、和らぎました!!

仮縫いさえうまくいかない私ですが、ある程度「裁ほう上手」でくっつけてからなら、縫えますし、なんならくっつけるだけでもいい。

それでもやっぱり「パパが作った方が上手なのにな」
「私はダメだなぁ」と自分に✖️をつけまくり、極力裁縫からは逃げていました。

秋になって、幼稚園で手づくり作品をバザーにだす時期がやってきました。ネットで調べてプールのあとにかぶるタオルキャップを、パパに頼んで作ってもらいました。

下手でもいいじゃない!自分でやってみよう!という気にはどうしてもなれなかった。
理想が高すぎて、ガタガタの作品ができあがるのをみるのもイヤ。さらに、誰かが買ってくれる作品なんて作れないと。

そのくらい、苦手意識があった裁縫ですが、
娘のランチョンマットや巾着を少しずつ作って増やしていくうちに、わかったことがありました。

どこが綺麗だとうまくみえるか。
どこならガタガタでも大丈夫か。

手縫いなら極力表の糸は幅狭めに。
裏は広めで。

巾着はパパの作ったものを裏返して、
「要するに上が開いてぐるっと塗って、あとは紐が通る用に2本縫って、ピラピラするところは裁ほう上手で処理すればいいのか」とわかりました。

設計図どおりには作れないけど、似たようなものなら、自分がイメージしたものなら作れる。

生地にまっすぐ線をひけないという致命的なものについては、(気がつくとどうしても斜めになるのです)
「まっすぐに引けない」と話したら、裁縫得意なママさんが「工作用紙を切りたい生地の大きさに切って、それをのせてぐるっと線を引くと簡単だよ」と教えてくれました。

なるほど!
工作用紙なら線がもう書いてあるっ。

「ランチョンマットの角が苦手なら、生地2枚を裏で重ねて少しだけあけて、ぐるっと一周。あけたところから表にひっくり返して、今度はあけずにぐるっと一周。これが簡単だよ」

なるほどなるほど!
これで、私にもランチョンマットが作れるようになりました。

苦手意識から「やってみたい」に変わった私は、
娘のリクエストに応えて肩にかけられるバッグや、
キルティングで水筒カバーを作ったりしました。
(どれも、設計図とか手順が書かれてるものをみると固まるので、とにかくこんな感じにと。ざっくりと)

それでも、パパには叶わないな••
ゼッケンも名前を書く布も曲がったものを
娘が着ているのは嫌だな。
と、パパに頼んでいました。

娘が小学生になり、手作りのものを作る機会が減って、既製品のほうが喜んだりしはじめた中、
久しぶりにリクエストを受けました。
すみっこぐらしのランチョンマット。
生地の量からして二枚重ねは難しい。

苦手な角折りで縫わないといけません。

本当はパパが作るといって、買った生地だったのですが、そのまま手つかずになってたのです。

「ママでよければ作ろうか?」
「うん!作って!」
「ママ、パパみたいにできないけどいいの?
ガタガタになるかもよ?」

「いいんじゃない。ママらしくて」

このひと言が、私の心を溶かしました。
綺麗に作らなければとこだわっていたのは、私だけで、娘はできない私も含めて「ママらしい」と。

それと
「うまくないからやらない」じゃなく、
「私がやりたいか、やりたくないか」
まずそこが大事だなと。

作ってあげたいけどできない。のか、
本当は面倒で作りたくなくて、作らない理由を探してるのか。

わたしは、「下手でもつくりたい」と思いました。

裁縫も、ミシンも??だった8年前、そこから6年経ち、今度は息子が未満児で幼稚園に入園しました。

今は巾着やランチョンマットを作れます。
年中では、まっすぐにゼッケンをつけられるようになりました。

娘や息子が産まれなければ、きっとトライしなかった裁縫。作る楽しみを知りました。
それでも、マシカクなものじゃないとまだ作れませんが。(あ!コロナ1年目、マスクを作りまくりました。)

もちろん今でも、裁縫が上手なハンドメイド作品を出品できるような人と比べると••ですし、違う布同士を繋ぎ合わせるとかわかりませんが、
「やりたいな」と思って数をこなす。工夫する。誰かに聴いてみる。それは楽しいことで、「できない」で線を引いていたときより、ずっと自分の成長を感じれます。

たぶん、私くらいの「不器用さん」と思ってる人に、教えることはできるんじゃないかと。
(できる人には分からないことってたくさんありますよね)

今年は娘が5年生。家庭科で裁縫道具を買いました。
すこしは私が教えてあげられることあるのかなぁ。
「できな〜い」に寄り添うことはできるかな。

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