くまがい

社会への怯えを書いてます。 https://twitter.com/SeaOfLove…

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社会への怯えを書いてます。 https://twitter.com/SeaOfLove8817

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  • よく書けたと思うもの

    こちらを読んでいただくとはやいです。

最近の記事

潜入! リアル・キッザニア新橋

二〇二〇年九月、オリンピックの昂奮冷めやらぬ東京に〈キッザニア新橋〉がオープンした。年々早まる就職活動を受けて、より幼ない頃から本格的な労働体験をさせたいという保護者らのニーズに応えている。 この日、筆者は六歳になる息子を連れて〈キッザニア新橋〉を訪れていた。建て替えのあったニュー新橋ビルの地下二階に、それはある。 階段を降りると早速、駅の改札口を模したエントランスが待ち構えていた。予約番号を伝え、持参した源泉徴収票を提出する。子どもの受けとる貨幣・〈キッゾ〉の額は、保護

    • 元カノが婚約した夜、じいちゃんが死んだけれど

      それらはすべて、去年の暮れごろに起こった。僕は残業終わりの満員電車でなにげなくひらいたインスタグラムによって、その夜、高校時代の元カノが婚約したのを知った。 とんでもないことが起こった、という災害時の不謹慎な昂奮にも似た感情が湧きあがってきた。いまさら未練など感じるわけでもないが、かつて交際のあった女性が婚約をするのははじめてだったから、どうすればよいのか全然わからなかった。 僕は帰りの電車を落ち着かない心で過ごし、どうするもなにも、僕にはどうすることもできない、という当

      • リモートワークは「帰れない」

        サラリーマンになって約一年が経つが、仕事中に帰りたいと願わなかった日は一日たりともない。その思いは会社に着いた途端、いや、前日に退勤した時点で既にはじまっている。土曜日の昼にすら月曜日の退勤を願う僕の生活は、もはや帰りたいという祈りを中心にまわっている。 だからこういう情勢になって、リモートワークが導入されると聞いたとき、正直にいうと喜びを禁じえなかった。会社に行かない。それは無上の祝福であり、人生の豊穣である。 労働である以上嬉々として、というわけにはいかないが、平素よ

        • 職場とゾンビ

          オフィスをゾンビの群れが徘徊している。かれらはカタカナことばを好み、枕詞のように「逆に」「とはいえ」「それで言うと」を多用し、尻上がりのイントネーションで「御社」と言う。定時を迎えてもそれが定時だと気づかないで、夜の十時ごろにぞろぞろと会社を出てゆく。見ためは人間と変わらない。それでもかれらはれっきとしたゾンビである。なぜならかれらは一度死んでいるからだ。 企業カルチャーとはウイルスだ。ひとたびそれを違和感なく受け容れれば、それまでのかれはたちまち葬られて、ゾンビとなる。感

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        • よく書けたと思うもの
          7本

        記事

          社畜を買う、社畜を飼う。

           年末のセールで社畜が値下げされていたから、ものは試しと買ってみた。ペットショップの狭いゲージに押しこめられたそれらは人間と獣を足し合わせたような風貌で、大きさもまちまちだった。  開発の過程にあらゆる試行錯誤があったせいで、肥えた山犬のようなものからほとんど人間の姿をしたものまで、様ざまな社畜が世に出まわっているという。私が飼うことにしたのは羊ほどの大きさで、街なかを歩くあいだもぴょんぴょんとよく跳ねた。  夕刻を迎えると社畜はしきりに喉を鳴らした。手つかずになっていた

          社畜を買う、社畜を飼う。

          サラリーマン・メロス

           メロスは承服しかねた。必ず、かのパワハラ部長に懲戒処分を行なわねばならぬと決意した。メロスにはビジネスがわからぬ。メロスは、第一営業局のプロパーである。夜な夜な接待をし、資料作成ばかりして暮らしてきた。けれどもハラスメントに対しては、人一倍に敏感であった。  テッペンをまわった頃にメロスはフロアを出発し、エレベーターのボタンを新卒に代わられながら、六階はなれた此の第三クリエイティブ局にやって来た。競合コンペが間近かなのである。メロスは、それゆえ、先ず担当者と最終的なすり合

          サラリーマン・メロス

          元号が変わったぐらいじゃ、日々の単調さもお前の退屈さも変わらない。

          ぼくたち6年4組は、あしたから6年5組になるそうです。 校長先生がかわって、4は不吉な数字だから使わないようにしようといったからです。 前の校長先生はやさしそうなひとでした。でもたまに集会でしゃべるくらいで、ふだんどんなことをしているのかはよく知りません。 あたらしい校長先生がどんなひとなのかも、よく知りません。 今日は6年4組としてすごす最後の日です。でも数字がかわるだけなので、あしたになってもクラスメイトは同じままです。 みんなは放課後になると、校庭に出て、砂に

          元号が変わったぐらいじゃ、日々の単調さもお前の退屈さも変わらない。

          大学が終わった、青春が終わった。

          青春は、過去を二度と戻れないものとして振りかえったときに立ち現れる。あれが青春だった、と今更のように気づかされる。そしてそのとき、青春が終わる。 旅行や合宿を懐かしむことはこれまでに何度もあった。サークルのイベントや学園祭も、ひとつが終わるたびに淋しい心地がして写真を見返した。でも大学での四年間を、あるいは小学校からはじまって連綿と続いた「学生」の日々を、二度と戻れないものとして思いかえすことはなかった。 昨日、大学での最後の授業があった。一週間ぶりに訪れるキャンパスを歩

          大学が終わった、青春が終わった。

          男がショッピングモールの下着屋の前を通るときの、懐旧。

          小学生のときママチャリを買ってもらったのが嬉しくて、ちょっと遠くまで漕いでみたことがある。あっという間に知らない町に出た。町というより、田園だった。埼玉県は10分も自転車を漕げば田んぼに出られるようになっているのだ。 さわやかな風を浴びながら一面の緑を見渡していると、あぜ道を歩く中学生の三人組が目にはいった。揃いもそろって腰パンをしていた。あわてて目を逸らした。おれはなにも見ていない、と内心で唱えた。 なに見てんだよ! と荒あらしい声が飛んでくる。まったく知らない人間に怒

          男がショッピングモールの下着屋の前を通るときの、懐旧。

          ロジカルシンキングでひとを殺す方法

          世には流行りすたりというものがあるけれども、ロジカルシンキングの人気はなかなか根強くて、いまだに熱烈な支持を集めている。そろそろ飽きてもいい頃だと思うが、こればっかりは珍しく勢いが衰えない。 元来が飽きっぽい上に信仰をもたない日本人であるのに、ここまで熱中するとは何ごとか。 ここに、石川論理(46)という男を呼んだ。名前の通りみずからの命よりもロジカルシンキングを大切にするような男で、「ロジカルでなければ生きている意味がない」という彼の名言はロジカルシンキング信仰者のあい

          ロジカルシンキングでひとを殺す方法

          内定と死

          おれはまだ死んだことがない。だから死ぬのがこわい。けどひとにはいずれ死が訪れるということは知っている。 頭ではわかっていながら実感がないのだ。人間にはひとしく死が訪れるが、もしかしたらおれにだけは訪れないかもしれない。そんなことはあり得ないのだが、あまりにも想像がつかないのでそんな感じがしてしまう。 おれは眠るのがすごく下手で、授業中と電車に坐っているあいだはぐっすり眠れるのだが、ベッドに入ると途端に目が冴える。寝なければいけない、と考えて緊張してしまうのだ。 そんなと

          内定と死

          [掌編]独裁国家=セブンイレブン

          どこまでいってもセブンイレブンしかなかった、この町には!  いったいファミリーマート(テレレレテレン・テレレレレンのメロディが頭のなかを渦巻いて、とまらない!)はどこへいったか?=おれはもう二度とファミチキを食えないということだろうか? 家々の玄関にはちいさな旗が掲げられていた、赤とオレンジで描かれた神聖なる【7】の字が! 食卓にならぶ揚げ鶏、揚げ鶏、揚げ鶏――。 そうだ、ファミリーマート(テレレレテレン・テレレレレンのメロディが頭のなかを渦巻いて、とまらない!)はどこへい

          [掌編]独裁国家=セブンイレブン

          0歳からはじめる就職活動

          平成42年7月24日 朝日新聞 朝刊 29面[教育] 分娩室に産声が響きわたった。太田憲一さん(31)は複雑な面持ちで我が子の誕生を見守っていた。 「元気に泣いていますよ、と看護師さんはおっしゃってくれました」と太田さんは振り返る。「でもあの子が泣いたのは悲しかったからなんです」 太田さんは高校を卒業すると、練馬の食品工場に就職した。二十七歳のときに知人の紹介で妻の文江さんと知り合い、一昨年の春にめでたく結婚。稼ぎは少なかった。それでもどうにか夫婦で支え合って、この日の

          0歳からはじめる就職活動

          [掌編]御國の爲のボランテイア地獄

          猛暑にすつかり參つて居間でスマアト・フオンを弄つてゐると、インタア・フオンが鳴りました。私は戀人との連絡に忙しく、母親の應ずる聲を背中に聽いて居りました。最初は全然穩やかな樣子で居りましたが、不意に泣き聲が聽こえてくるので愈愈此は只事ぢやないらしいと思はれたのです。 母親は私を呼んで玄關に向かふやう云ひました。くすんだ緑色の制服を着た男が、御目出度うございますと云つて一葉の赤い紙を差し出しました。 「臨時招集令状」の文字が見てとれます。「ボランテイアヲ令セラルニ依テ當該日

          [掌編]御國の爲のボランテイア地獄

          [掌編]エントリーシートの男

          夕方になると私が帰ってきた。高校生のときにサッカーで全国大会に進み、大学に入ってからは海外ボランティアにも取り組んだ私は、黒いスーツの埃を払いながらただいまといった。 「今日は三社もはしごしたから、さすがに疲れたな」 鏡の前で着替えながら私がいう。大学に併設されたジムに毎日かよっているだけあって、二の腕がたくましい。 「今日は森ビルだっけ?」 「そう、森ビルのグルディス。そのあと旭化成とトヨタのリク面。やっぱりふつうの面接がいちばん楽かもしれないなあ」 私の後ろを通る

          [掌編]エントリーシートの男

          就活のやり方で恋愛をやってみた。

          実は就活って、恋愛と似てるんです――。 就活生時代に腐るほど聞いた言葉だ。腐るほど聞いたので「実は」もクソもない。就活と恋愛。好みの相手にいかに自分の想いを伝えるか、という点で近いものがあるのだという。 まあ、いいたいことはわかる。いいたいことはわかるが、これは至って中身のない薄っぺらいアドバイスだ。いまどき話したこともない異性にいきなりラブレターを送るような人間などなかなかいない。 結局そういったアドバイスは「恋愛のやり方を参考にして就活に臨むべし」という結論に落ち着

          就活のやり方で恋愛をやってみた。