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モンブランはマチュアな味

 私にとってモンブランはオトナのスイーツ。マチュアな女性、つまり成熟したレディが好むイメージ。

そしてモンブランは母を連想させる。それはきっと、母が大の栗好きでモンブランに目がなかったから。幼い頃の私は、モンブランの魅力を理解するには時間がかかった。フォークで丁寧にひとくちずつ口に運んでは、満悦な様子の母を眺めながらぼんやりと考えた、私もいつかはそれを美味しいと感じるようになるのだろうかと。当時の私には、あまーいチョコレートケーキやイチゴがちょこんと座るショートケーキの方が魅力的だった。時は流れてふと気づけば、いつしか秋になるどうしてもモンブランを食べたくなるようになった。子供だった頃の疑問を思い出しては、気づかぬうちに私も大人レディの仲間入りを果たしたのかなと、ボルドー色に塗られた口元の両端が無意識に少し上がる。

 そんな秋がまたやって来ては早くも過ぎ去っていった。今年は2つのモンブランと出逢った。

1つはモンブラン発祥のお店、パリの『アンジェリーナ』のもの。1903年の創業以来、ココシャネルを始めとする錚々たる著名人や社交界など、パリの貴族階級の華と呼ばれた人々はもちろん、世界中の人々に愛されてきた一流サロン。

たっぷりのマロンクリームと生クリーム、そしてその下に隠れたとびっきり甘いさくさくのメレンゲ。タルトやスポンジは入っておらず、濃厚なクリームを官能できる一品。せっかくモンブラン発祥のお店だものと思い、モンブランのお紅茶も一緒に。マロングラッセの甘く優しい香りを纏った、上品なフレーバーティーはアンジェリーナならではのもの。

店内のインテリアも風雅な趣に富んでいる。20世紀始めにデザインされた店内は、高い天井にエレガントな装飾が施されていて、煌びやかであった良き時代ベルエポックを物語る。古くは幅広い帽子と品格のあるドレスを着飾った淑女たちが、この空間で優雅なひと時を過ごしたのだろうと、不思議にも容易に想像できる。

 2つめは、私が住むフランス北部の街 リールのサロン『Meert』のもの。1761年の創業以来、2世紀以上にわたり地元の人々に愛される老舗。11月から季節のメニューとしてショーケースに加わった可愛らしいモンブラン。フランス語で「白い山」を意味する名前の通り、秋色に彩られた山の上にしんしんと降りつもる雪を思い起こす見た目に胸がきゅんする。



濃厚なクリームはもちろん美味。その下に潜むふわふわのメレンゲと香り好いバニラクリームの、面白いコンビネーションに恍惚。甘すぎず後を引かないマロンの濃厚さが、冷え込んだ晩秋の日暮れに御誂え向きだった。お紅茶はほんのり甘いポムダムール。フランス語ではりんご飴という意味だけど、直訳すると「愛の林檎」。私はどうもこういう可憐な名前に弱いらしい。


  モンブランの他にも、この秋はフランスならではの食を愉しんだ。記憶に残る味は、ゴルゴンゾーラやゴーダなどのチーズ類、そしてロゼと解禁されたばかりのボジョレーヌーボー。これらも近年美味しいと感じるようになった『大人の味』のものばかり。幼い頃は魅力を感じなかったものが、いつの間にか好物になっている。10年、20年の間に自分の好みがガラッと変わっていて、遡ってみると面白い。子どもの舌は味を感じる器官の数が大人よりも多く、5倍近くも味を敏感に感じるそう。例えばピーマンやワインなど、昔は美味しさが理解できなかった物をいつの間にか克服していたという人も多いでしょう。自分の身体が成熟するについれて、自分の好き嫌いも変化していた。気づかぬうちに大人の仲間入りをしていたらしい。ひとくち食べれば大人ノ甘さが広がるモンブランに、来年の秋もうっとりするのだろう。



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