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無罪、免罪、成城石井

20:00。横浜駅のルミネにある成城石井は帰宅時のOL、品のいい夫婦、サラリーマンなどでごった返している。地下を下ってすぐ見える、あの成城石井で夕飯を買って帰るのが、今の私のトレンドだ。

三十路も間近に見えてきて、老化を感じるのは手、口もと、そして腹回り。昔は人の腹が出ていることが全くもって意味不明だった。つい、2年くらい前まではそうだった。しかし最近の私はというと、数日節制したくらいでは、お腹の丸みが解消されなくなっていた。

自炊をしない私の策は、コンビニで糖質を買わないことだ。毎日夕飯時、セブンイレブンのお惣菜やらフライヤーやらを3つほど買ってレジに行く。700円くじの期間であれば、1枚のくじを引ける程度の金額を毎回支払い、2〜3段階目のサイズのビニール袋を手にする。「ちゃんと食べているのか」と私に尋ねる母の顔や、インスタグラムに毎日手作り料理を上げるハイスペック主婦のことが少し頭をよぎる中、割り箸で購入品を摂取する。

成城石井の惣菜には、やたらとオリーブが入っている。私のお気に入りはキノコとオリーブのマリネだ。大きめのプラスチックに、2〜3人が取り分ける程の量、マリネが入っていて499円。無論私は1人で食べるのだが、2回に分けて食べるので一食あたり250円と考えると、コンビニの買い物と大差がない。本来は洒落た皿にもりつけて、ホームパーティにでも出すようなそのマリネを私はプラスチックのまま食う。舞茸、しいたけ、オリーブが各々の食感と共に細かくなって、食道を通過していく。オシャレな味がするが、なにせ量があるので米を食うようにどんどんかき込む。まるで牛丼を食べているような感覚だと思う。途中、タバスコを大量に投入する。そうしてキッチリ半分までを摂取する。

そうこうしているうちに、稼働していた電子レンジが音を鳴らして私を呼ぶ。本日の二品目も、これまた成城石井で買ったものだ。野菜と生肉が乗った商品を電子レンジで6分ほど温めると、温野菜になるという代物だ。これも確か499円であったが、よく見て欲しい。気づいただろうか。赤く輝く10%引きの、"勝者のシール"が貼ってあることに。

そう、20:00の成城石井は割引きシールが散見される、いわばゴールデンタイムなのである。単価が高いので、10%引きでも充分お得だ。そのシールが貼ってあるか貼っていないかで今夜の夕飯が決まると言っても過言ではない。今晩の成城石井は、温野菜のコーナーに10%引きの商品があと1つしかなかった。私はその商品を、入店時のまだ夕飯を吟味したい段階で迷いを断ち切り素早く手にすることで勝利を獲得することができた。
悪いな、OL。悪いな女子大生。お前らの糖質制限を邪魔しちまって。だが恨むならお前の、デザートコーナーにふらふら行ってしまったその足を恨むことだ。
そう思いながらレジで引かれた金額に満足し、戦場石井、もとい成城石井を後にした。

この温野菜は色鮮やかだ。カボチャと、ヤングコーンと、ネギの色がいかにも健康の色をしている。実際には薄いカボチャ一切れが私の健康にどれほど作用するのかはわからないが、何せ罪悪感がない。"生肉に熱を通して食べている"というのも、自炊をしない人間を強い力で肯定してくれる。肉の色を変えたらそれはもう「料理をした」と主張してもいいくらいだ。

そういった、なんとなく感じている罪の意識を払拭してくれるのが、成城石井の惣菜たちなのである。「なんとなく健康そう」に加えて「成城石井で買ったし」が付与され、私の自炊コンプレックスは無に帰する。成城石井で買ったし。キノコ食べたし。豚も、ナントカ豚って、大層な名前がついてたし。糖質もとってない。オリーブも食べてなんかオシャレだし、大丈夫。大丈夫…

私は今日も地下の階段を降りる。あそこの成城石井には、「大丈夫」が10%オフで売っている。

#日記 #エッセイ #成城石井

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