現時点で判明している前世

まっつんです。
お読みくださり、ありがとうございます。

今回は、わたしの前世のうち、現時点で、確定している(=ほぼ間違いないと考えている)ものをご紹介しておくことにします。これらの前世が判明するに至るプロセスは、それぞれに異なるので、別の機会を設けて、そこで個別に綴りたいと思っています。

ホレス・ウォルポール

ホレス・ウォルポール(Horace Walpole、1717年9月24日 - 1797年3月2日)は、18世紀のイギリス人男性です。イギリスの初代首相として知られるロバート・ウォルポールの末息子として生まれました。下院議員、小説家。

日本では、あまり知られていない人物ですね。もし、「セレンディピティ」という言葉をご存知であれば、その言葉を造った人物と言えば、少しは近く感じられるでしょうか。彼はイギリスの下院議員であり、一方で自宅をゴシック風に改築したり、アンティークの収集家でもあったりと、趣味人としても知られています。また、非常に多くの手紙を書いた人物で、面白いことに、送り先に手紙を破棄しないように依頼し、意図的に自らの文章を後世に残しました。それらの手紙は、当時の政治の様子などを現代に伝える貴重な資料として、研究者の間で重宝されているそうです。また、前述のゴシック風の建物や、ゴシック小説『オトラント城奇譚』が大ヒットしたりで、後のゴシック・リバイバルの先駆けとなった人物です。

ホレスの顔つきは、今のわたしと非常に似ています(ウィキペディアに貼られているのは、そうでもないですが。当時の肖像画は、実物より見栄え良く手直ししたりしていたそうです。今の芸能人の写真などと同じですね。)。私たちの姿や顔立ちは、生まれ変わっても似てくる傾向があります。もちろん、そうでもないことも、ままあるのですが、ホレスとは典型的に似た顔立ちになるパターンでした。

このnote以外にも、わたしはブログを書いています。プロのブロガーほどではありませんが、やはり、よく書く人だという印象を周りの方々は持っているようです。SNSでの発信も多いですし。わたし自身の感覚としては、やはり手紙を書いているようなものがあり、この点でも似ています。

他にも、挙げればもっと出てきますが、詳しくはまたの機会に譲ります。やはり、今世と比較的、近い時代のものですので、情報が多めに残っています。

武藤景頼

武藤景頼(むとう かげより、1204年 - 1267年8月24日)は、鎌倉時代の武将です。北条家に実権が移った頃の鎌倉幕府の一員でした。評定衆などにも任命され、今でいえば国会議員のような立ち位置に近い人物です。

武藤は、特に文化的な側面についての動きが多かったようです。ご存知の通り、鎌倉幕府は、史上初の武家政権です。そのため、それまでの貴族風の文化ではなく、武家に相応しい、新しい文化の在り方を鎌倉幕府は模索していました。その一環で、幕府による一切経編纂事業で責任者になったり、日本各地を巡ったりもしたようです。名古屋の熱田神宮に伝わる古文書に、彼の名前を見つけることができたりします。

中国の女性

こちらは、残念ながら、名前は分かっていません。生きていた時代も何とも言えませんが、今の時点では11世紀くらいではないかと考えています。ここまで男性の前世を紹介しましたが、性別が入れ替わることもあるのです。

普通の主婦です。現在の弟が、この時は夫でした。纏足で、歩くのには非常に苦労しましたが、家族にも恵まれ、概ね幸せな人生だったようです。夫は寡黙(今世でも寡黙です。)で、あまり言葉を交わしませんでしたし、恋愛結婚ではなく親同士の紹介でしたが、何だか好感が持てて、この人の夫で良かったと思えたのでした。子供も2~3人は儲けたようです。

これは、夢で判明した前世です。この夢を見た頃、わたしは実家暮らしで、弟もまだ結婚前で一緒に暮らしていました。親は共働きで日中は留守がちだったので、わたしが弟の分の食事も作っていたのが、当時を連想させます。あまり言葉を交わさないが、一緒にいると好感が持てるというところも、現在のきょうだいの関係性と似ているところがあります。

カムト

これも、夢を基に判明した前世です。古代の出雲に生きたカムトという名前の男性です。古代出雲には「カムト」という部族がいましたので、もしかしたら、個人の名前ではないかもしれません。或いは、当時は、個人の名前と部族の名前が、現代ほど明確に別れていなかった可能性もあります。

カムトは、部族を代表して大陸へ派遣される大役を担いました。大陸の文化を吸収してきて、自分たち部族を更に発展させようという意図があったようです。ホレスのように留学していることや、武藤のように新しい文化の礎となることに、共通項が見て取れます。

また、わたしの父方の家系は出雲の出です。カムトの子孫が、実はわたしの家系に繋がっているのかもしれない、なんてロマンもあります。実際、同じ家系に生まれ変わるということは少なくないようです。特にアジア圏では。先祖を大切にする文化圏では、そういうことが起き易いようです。

検証中の前世

以上の他に、まだ検証中で、確実とは言えないものもあります。検証中ということで、紹介しづらいのですが(上記の確証に至っているものでも、実は、このように公表することに抵抗を覚えています。)、こういったプロセスを残すことも重要と思い、名前を挙げておきます。

源経基(? - 961年12月25日)

太田道灌(1432年 - 1486年8月25日)

井上円了(1858年3月18日 - 1919年6月6日)

ここでは名前だけ挙げておきます。

日本人ばかりですね。やはり日本で暮らしていますので、日本人の情報が手に入りやすく、候補に挙がりやすいこと。もう一つは、前世と同じ国や地域に生まれ変わりやすい傾向があることが、ここに日本人が挙がることに繋がっています。

なお、本稿を綴っている時点では、源経基の検証が非常に進んでいます。ほぼ確実と言っても良いくらいの手応えがあります。ただ、この1か月程で突如浮上してきた名前なので、まだ慎重になっているというのが、正直なところです。

いずれにせよ、こういった現在進行形で検証が進んでいるものについても、ライブ的に確証へのプロセスを書き残せたら面白そうだな、なんて思ってます。(候補から下ろすことも含めて。)

まとめ

自己紹介の延長として、わたしの確証に至っている前世について書きました。今後の記事を読んでいくことで、今回の内容が、より立体的になっていくのが感じられると思います。

ここに書いたところだけでも、新しい時代に相応しい文化の先駆けとなることや、見聞を広げるための留学をしていること、文章をよく書くことなどが挙げられます。こういったところが、私の魂(本体)の傾向や役割と言えるのでしょう。

次回をお楽しみに。

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まっつん@前世探求録~サイキックにできるだけ頼らず、フ...

1970年代中頃の鎌倉出身。20代の頃から、自分の前世というものに関心を寄せ始める。同時にサイキックに極力頼らずに自分の前世を探求し、いくつかの前世を特定。ここでの発信は、そのプロセスを書き残し、かつ、今後の探求に繋げるものです。
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