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我が子の髪型で検証する価値観の変遷

約15年前の夏に撮った、無邪気に笑う長男の写真。

急になにかを思い出したかのように、妻がLINEで送りつけてきた。

15年前の夏の、小さな挑戦

当時、ぼくは、何を血迷ったのか、子供の髪の毛を切るくらい、自分で出来るのではないかと思い、息子のヘアカットに挑戦してみたことがあった。

ハサミを使って何かを切るという、幼い頃から慣れ親しんできた作業なのだから、きっと出来るだろうと思ってしまったのである。

いま考えれば、息子には申し訳なかったが、そして世の中の美容師・理容師さんには大変失礼な話だが、なんの予備知識もないのに、ただただ、できそうだと思ってしまったのだから、仕方ない。

こうして、週末の夜、当時住んでいた公営住宅の小さな風呂場で、ぼくのささやかな挑戦は、始まった。

いざ息子の髪を切りはじめてみると、これがどうして、なかなか難しい。頭の形に対して、どうハサミを入れればいいのか、全くわからないのである。

試行錯誤をしながら、ハサミをいれていく。バランスだけは崩さないようにと、右と左を交互に切るのだが、なぜか全くバランスが取れない。いや、切れば切るほど、バランスが崩れていく。しまいには、自分が息子の髪型をどうようとしていたのかすら、わからなくなってしまった。

「もういいよ」

そう言い出す妻を、

「どうしてもダメなら、翌日に床屋でなおしてもらえばいい」

と制し、完全に開きなおって、さらにカットを進めた。

が、しばらくして、このままでは、せっかく伸びた我が子の髪の毛が本当になくなってしまうと感じたぼくは、これ以上傷口を広げまいと、仕上がってもいないのに、無理矢理、最後の仕上げに突入することにした。

前髪である。

前髪のカットは、その人の髪型のイメージの大半を決めてしまうほど、大切な作業だ。いくら素人のぼくでも、長年、プロにカットしてもらってきた経験から、それくらいはわかっている。

前髪を切る頃には、すでに完全に自信を無くしていたぼくは、恐る恐る、前髪を切った。だが、前髪ですら、揃えるだけなのに、切っても切っても、キマらない。

そうこうしているうちに、我が息子の前髪は、みるみると後退していった。

その結果が、冒頭の写真だ。よく見ると、左耳の上には、不揃いに髪の毛がかかっている。前髪は、生え際ギリギリまで迫り、むき出しのおデコが哀愁を誘う。前髪をギザギザにしたのは、「パッツン」ではかわいそうだと思って、ハサミを盾に入れたものだ。

こんな髪型にされていながら、何も知らずに、満面の笑みで得意げに笑う息子が、なんとも言えず、愛おしい。

翌朝、近所のママたちが、我が子を見て

「そうちゃん、どうしたの、その髪型〜」

と言って笑っているのを見て、ぼくは

「息子よ、すまん」

と心の中でつぶやいた。

同時に、ママたちにも笑ってもらっているし、息子自身もよくわかってないみたいだし、“まあ、いっか”と思って仕事に向かったのだった。

僕の価値感を一変させたある芸能人の出現

もちろん、この時のことは、時が経っても、心のどこかでずっと引っかかっていた。

そんな時、救世主のごとく現れたのが三戸なつめさんだった。特に「NEWクレラップ」のCMは、広いおデコをむき出しにした髪型が、今の時代の中でこんなに新鮮に映るなんて思ってもいなかったから、ちょっとした衝撃だった。

彼女のような特徴的な前髪を持つ芸能人が出現してくれたことで、ぼくの大失敗は、ようやく救われることになり、こうして当時の失敗を公開することができるまでになった。

面白いもので、当時は「かわいそうだな」と思って見ていた髪型も、いま見てみると、「なかなか」のものである。

いや、そうでもないか。

「なかなか」とは言わないまでも、「まあ、これもいいか」と思わせてくれたのは、少なくとも、三戸なつめさんの出現が大きく影響しているのではないか。

息子のヘアカット失敗が僕に教えてくれたこと

いずれにせよ、当時のカットの失敗は、その後の今の僕に生かされることは、なかった。

唯一、得た気づきは、「時とともに価値観は変わる」ということくらいだろうか。

日本人の価値観は、戦争の前後で、180度変わったと言われている。ジャーナリストの田原総一郎さんは、第二次世界大戦での敗戦直後のことを以下のように語っている。

先生はそれまで、この戦争は世界の侵略国である米英と戦って、植民地となっているアジアの国を独立させ、解放させる正義の戦争だと言っていた。(中略)ところが、二学期になって先生の言うことが百八十度違う。実はあの戦争はやってはいけない悪い戦争、侵略戦争だと。新聞もラジオもガラッと変わった。大人、とくに偉い人の言うことは信用できない、国家は国民をだますんだという気持ちがあって、それが今も続いている。

人の価値観は、社会の中で強く植えつけられる。

十数年前の息子は、社会の価値観に左右されず、こんな髪型にされて笑顔を振りまいてくれていた。子供とは、無垢で自然で、尊い存在である。

そんな息子も、いまでは高校2年生になった。

あの時の息子のように、社会に左右されない部分を、少しでも残しながら生きていけたら、最高だ。

15年前のあの夏に乾杯。

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瀬川 泰祐

ライター。東洋経済オンラインやITメディアビジネスオンライン、OCEANS、キングギアなどで執筆中。スポーツ・アスリート交流会も主催する。最近の取材テーマは「Beyond Sports」。スポーツと社会の接点からスポーツの価値を探っている。
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