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ソ連のスポーツ 第3章 その他

 ソ連で最もポピュラーだったスポーツは、サッカーとアイスホッケーで間違いないだろう。本章ではそれ以外のスポーツについて、雑多にごった煮、略述していく。

 60年代には、フラフープやバドミントンが流行し、手軽かつどこでも楽しめる運動として定着していった。スキーは30年代にサンドスキーも含めて大いに奨励されたが、手軽さという点ではスケートに及ばなかった。

フラフープ

 (フラフープはスポーツなのか?という疑問はあるが、書き始めちゃったので御勘弁を)

 1958年にアメリカで流行し、同年、日本にも渡って一大ブームとなっていた。ソ連では1962年から流行し、女児の遊具として、健康のための体操器具として、また新体操の道具として定着していった。

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ソ連映画に初めてフラフープが登場したと思われるのが、1962年のコメディ「Королева бензоколонки(ガスリンスタンドの女王)」。外国の観光客と思われる団体(キャデラック62シリーズに乗ってやってくる!)の女性がフラフープを回し、それをソ連人のウエイトレスが不思議そうに見ている。

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1964年の児童向けコメディ映画「Добро пожаловать, или Посторонним вход воспрещён(ようこそ、あるいは部外者立入り禁止)」では、フラフープを華麗に回す女の子が登場し、友達が羨望の眼差しで見ているシーンがある。ブームの頂点はこの頃らしい。

 ただし、「フラフープ」という外来語は公式には使われず、競技会などでは「リング(露語ではオブルチ)」と呼ばれていた。

バイクスポーツ

 1960年代初頭にIZhからオートバイの「プラネータ」(惑星の意 単気筒13馬力)と「ユピーチェル」(ジュピター、木星の意 二気筒18馬力)シリーズが相次いで発売され、人気に。DOSAAF(陸海空軍後援会)系のクラブがスピードウェイ、モトクロス、モトボールなど、様々なバイクスポーツを奨励した。ソ連時代、自動車は極めて入手困難であったため、オートバイは若者にとって比較的手の届く憧れであった。


バスケットボール

 ソ連のバスケットボール史で最も鮮烈な1ページは、1972年のミュンヘン五輪、バスケットボール決勝でのソ連vsアメリカの一戦であろう。激戦、疑惑の判定、「残り3秒」のスーパープレーなど、波乱に満ちた劇的な試合であるが、詳細はロシア・ビヨンドの記事を参照して頂くのが良いだろう

 余談ながら、ミュンヘン五輪はパレスチナのテログループによるイスラエル選手団襲撃事件が発生し、選手団11人、警察官1人が死亡する大惨事となった。イスラエルと断交状態にあったソ連は、追悼式に選手団を参加させなかった。

 国内リーグの強豪はモスクワCSKAだが、80年代後半にはリトアニアのジャルギリスが一時代を築き、これにスパルタク・レニングラードを交えた三強の戦いは、バスケットボールへの関心を高めたと言われる。


空手

 世界的な空手人気は60年代にソ連にも伝播した。これには国外からの留学生が一役買ったとされる。ソ連国内にも空手道場が開かれるようになったが、この頃はまだ空手は半ば非公認で、その実態には不明な点も多い。1978年末になって、空手はようやく公認され、ソ連空手連盟が設立された。その人気は凄まじく、公式に認可された道場は200倍とも言われる高倍率であり、非公式の道場が乱立する事態となった。ピーク時の競技人口は600万人に達したが、この熱狂は官憲の不信を買ったようだ。

 やがてメディアでは反空手キャンペーンが始まり、空手の危険性を訴える記事が次々と発表されるようになる。非公認の道場は相次いで摘発され、1981年には刑法に「カラテの無許可指導」なる項目が追加されるに至る。累犯の場合は、最高5年の懲役。こうした空手迫害の原因としては様々な憶測があるが、ギャングが空手を習得することによる治安悪化を当局が怖れたという説が有力である。禁制は1986年まで続いた。

 一方、柔道と、ソ連独自の格闘技であるサンボは一貫して公認されていた。ソ連で空手が危険視された背景には、正規の教育を受けた指導者が不足し、護身術というより、むしろ次第に攻撃的に変化していった事も一因と考えられる。


ゴロトキー

 Городки - ゴロトキー ゴールエリアから棒を投げてピンを倒す遊技(コンサイス露和辞典)。

 ロシア独自のスポーツ。その歴史には不明な点も多いが、19世紀には既にかなりポピュラーになっていた。「陣地」エリアに円筒棒で組み立てた図形に向かって棒を投げ、図形に命中させて円筒棒をエリア外に打ち出す競技。ソ連時代もゴロトキーは人気競技の1つであり、国民的アニメ「ヌー・パガジー!」第4話(1971年)にも登場する。しかし80年代以降急速に廃れ、現在の競技人口は極々僅かである。

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国民的アニメ「ヌー・パガジー」第4話は、スポーツがテーマ。「陣地」に図形を組み立てるカバ氏。

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そして棒を投げる。今の世代の子供たちには、説明してあげないとこのシーンは意味不明だろう。

「ヌー・パガジー」を含む、ソビエト・ロシアのアニメについては、こちらの過去記事を参照。 

モスクワにある「ソビエトのアーケードゲーム博物館」は、このゴロトキーを基にしたゲーム筐体を所蔵しており、実際にプレイ可能。ソ連のアーケードゲームはその殆どが米国製のコピーだったが、ゴロトキーゲームは数少ないソ連オリジナル。同博物館のHP上でも、このゲームを体験できる。
http://gorodki.15kop.ru/game/

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リンク先、右上の硬貨のマークを押してゲームスタート。手元の投擲位置を←→で調整し、スペースキーで投擲して、上部の図形に命中させる。図形も左右に動くので、タイミングを合わせよう。巧く当てないと、図形の一部しか薙ぎ払えない。最大25回の投擲で、15の図形を全てクリアするのが目標。

複雑な図形を一発で巧く薙ぎ払えると、カイ・カン!(CV:薬師丸ひろ子)

スポーツについては、一応これで終了です。

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ロシアやソ連の文化とか生活とかについて、あれこれ。筆者はソ連生まれロシア在住のぐーたら翻訳家。ツイッターhttps://twitter.com/isiken78 ではロシアもソ連も関係なく、基本的にロクなことを書かない。

なにソ連?おいしいの?

主にソ連、時々ロシアの生活とかデザインとか博物館とか、そんな話題をお届けしたりしなかったり。
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