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ソニー・トルーペ・カルテット・アド2 「ルフレ・ダンス」 現代最高のグォッカ・マスター渾身の2ndアルバム

ソニー・トルーペは、今パリで最も注目度の高いドラマーの一人。フランス海外県グアドゥループで受け継がれてきた民族音楽グォッカ (gwoka)を継承し、今後発展させていく存在と目されている。

ソニーは、1978年、グアドゥループ生まれ。幼い頃から父の指導でka(カ) と呼ばれる現地のパーカッションとヴァイブラフォンを学び始め、6才の時にka奏者として父のバンドに加入してプロ活動をスタートさせた。10代のうちにグアドゥループのマルセル・ロリア・ミュージックスクールにて音楽理論を、テオメル・ウルスルにビギンやマズルカのリズムを学んだ。18才になりトゥールーズのアゴスティニ・ドラム・スクールに進学、ここではピアノでも優秀賞を受賞して卒業した。その後パリを拠点に活動し、これまでにケニー・ギャレット、ジャック・シュワルツバルト、リオーネル・ルエケ、アラン・ジャン・マリー、リンレイ・マルト、グレゴリー・プリヴァ、リサ・シモン、小沼ようすけ等と共演歴がある。日本には2016年にリサ・シモン・バンドのメンバーとして来日している。

ソニーの父ジョルジュ・トルーペはサックス奏者で、ジャズ、グォッカ、クラシック、ラテン、ズークと多彩な音楽性を持ち、自身のバンド名“キンボル”を冠した子供向けの音楽学校を30数年前に設立してグォッカの継承にも力を注いできた。当初はkaだけの学校だったが、今は鍵盤、管楽器など総合的な音楽学校になり7、8名のインストラクターが毎日子供たちの指導にあたっている。私も二度訪問したが、丘の上にある小さな学校で、車で子供を連れて通ってくる親が後を絶たない。この学校に、オリヴィエ・ジュスト、アーノウ・ドルメンという小沼ようすけバンドのメンバーも通っていたし、ボカンテのメンバーでスナーキーパピーに客演もしているモントリオール在住のシンガー、マリカ・ティロリエンも出入りしていた。

kaは、アフリカのジャンベをルーツに持つ楽器で、一本の木をくり抜いて胴をつくるジャンベに対して、もともと樽でつくられていたことから、今でもわざわざ樽を模して、加工した木材を張り合わせて作っている。

kaは二人一組で演奏するのが常で、一人が基本となるリズムを叩き、一人が即興する。今作でも「Yo」でソニーとオリヴィエ・ジュストの二人が息の合ったプレイを繰り広げている。実際にライヴで観ると、二人で一人かのようにシンクロナイズした動きをしていて圧巻である。

この曲では古典リズムと創作リズムが交互に行き来する上で、ソニーがアドリブを入れているのだが、曲全体は予め作り込んでいるという。ソニーによるとこのようなコンポジションが10作品ほどあるそうだ。

今作はカルテット編成の前作”Voyages et Rêves”の続編で、管楽器2本が追加されたのでバンド名がadd2となっている。

楽曲の完成度の高さは前作を凌ぎ、作曲家としても成長が窺える。現代ジャズミュージシャンは自らの音楽の中に自分なりの折衷を繰り広げていることと思うが、ソニーもまたファンク、R&B、西アフリカなどの要素をジャズとグォッカに織り交ぜている。私が見る限り、2006年にジャック・シュワルツバルトが「ソ・ネ・カラ」、2008年に「アビス」で取り組んだグォッカとジャズのモダンな融合をもうひとつ深化させたのが今作だ。

ソニーの音楽にはジャックのそれにはない思想的なクレオール化がある。ジャックの音楽は、アメリカン・ジャズの中にクレオール要素を持ち込むものであった。それがノーベル文学賞の代替賞ニューアカデミー文学賞を2018年に受賞したマリーズ・コンデやジャックの母で歴史家・作家シモーヌ・シュワルツバルトが、洗練されたフランス語にクレオール語を混ぜることでフレンチ・カリビアン文学を表現したやり方と同じ手法と考えるなら、ソニーの今作はパトリック・シャモワゾーがフランス語とクレオールを混ぜてまったく新鮮な独自の文体を創作したことと同様の試みと言えるかもしれない。

歴史という直線的な時間軸に乗る進化形としてのジャズではなく、アルバムの中で時間がまわっている。この時間感覚がクレオール化だ。クレオール語、英語、フランス語が混在し、グォッカのリズムやメロディ、異文化のグルーヴやジャズのハーモニー、新しい要素と伝統要素が、異なるパーツに組み込まれて呼応しあう。今作タイトルは、refletsは英語のreflections 「反射」、densesは「高密度の、密集した」という意味で、「高密度の反射」となる。(denseの発音は英語だと「デンス」だが、フランス語だと踊りのdanse「ダンス」と同音) ソニーは「あまりに密度の濃い反射が重なるとそれは違うリアリティになる。元からあったものと似ていながら、この音楽はそれとは違うものになっている」と説明している。

« Un reflet si dense qu’il en devient une autre réalité avec alors des ressemblances dues à ce réel et des différences dues au fait que c’est une autre entité. »

参加するミュージシャンもそれぞれが重層的な背景を持っている。

オリヴィエ・ジュストはkaひとつで渡り歩く一匹狼で、そのことをソニーも冗談めかして話すほど。小沼ようすけバンドのメンバーとしてJam Kaシリーズすべてに参加している。グレゴリー・プリヴァ(p)はマルティニーク出身、マラヴォワの元鍵盤奏者ジョゼ・プリヴァの息子。ラーシュ・ダニエルソン“リベレット”の2代目ピアニストとしても活動している。この二人にモーリシャス出身のマイク・アルムーガル(b)を加えた四人が前作からの継続メンバーとなる。add2の管楽器奏者、トマス・ケーニッヒ(sax, fl)は映画音楽などを手がける傍ら、フロレンス・ダヴィのバンドメンバーとして来日経験もある。彼はこのバンドの中では唯一カリビアンではない異分子、それがまたバンドに新鮮さをもたらしている。日本語を話すアルト・サックス奏者ラファエル・フィリベールはグアドゥループ出身で、サックスでジャズをやる以外にも、ドウデリンというエレクトロニカ・ユニットのメンバーでもある。このトリオではkaを叩きグォッカをベースにした電化クレオールミュージックをつくりあげて、昨年秋にアルバムデビューしている。ラファエルなにやってんの!?となるのでちょっと動画を見てもらいたい。

その他にゲストもジョナサン・ジュリオン(p)、ミシェル・アリボ(b)、クリスチャン・ラヴィソ(g)など、新旧のクレオール・ジャズの担い手がたくさん登場する。

ソニーやグレゴリーという新たな才能の出現で、ジャックが開拓した現在のクレオール・ジャズのムーブメントは、大きく前進しようとしている。


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