物の行き先

私は、子供の時から凄く困る質問があった。

「なにか欲しいものはある?」

誕生日や特別な日に尋ねられるこの質問が何よりも難問だった。それに比べて七つ上の兄、彼にかかれば、「待ってました!」と言わんばかりに欲しいものの名前がポンポンでてくる。スゴいなと思ったのを記憶している。

私は、店中をみてもカタログをみても決められずにいた。お店に飾ってあるものは、どれも素敵に見えた。
ただ、私の元にくるべき子たちなのかな?と考えると、もっと必要としている人がいるなぁと考えたりしてしまうのである。
そんなことを考えていると二時間ぐらいがあっという間に過ぎ、母が「欲しいものはなかった?」と残念そうにきくので、申し訳なかった。
私は、いつも通り一冊の絵本を買って貰い、嬉しい気持ちで帰ったのを憶えている。

私にとって物とは、最も必要としている人、あるいは、相応しい場所にあれば良いのだと考えている。

例えば、私が持っている物を相手が気に入ったとしよう。そして、私もまたこの人が持ち主であるべきだと感じたなら、その人の元へ送り出す。

人の心も物も、時を刻めば変化するもの。
最期の時まで側にいてくれる物もあれば。
新しい持ち主とともに歩む物もいる。

私は、その繋がりの川の流れに身を任せたい。そう、想っている。


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