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初エッセイ

沖縄県に「うさぎ」という北谷町を中心に運転代行を行ってる業者がある。
沖縄県は車社会で車がないと生活に支障がでるほど車は必需品だ。また、沖縄ではお酒をコミュニケーションの1つとして仕事終わりや休日は飲みに行くことが多い県でもある。

そんな時に運転代行はとてもありがたいサービスである。なぜなら、お酒を飲んだあと車を自宅まで届けてくれるからだ。なので、運転代行の数は全国1位で700社ある。2位の福岡で400社沖縄の代行業者は生存競争が激しい県である。だから、お客さんの取り合い、居酒屋と契約(名刺を置く)と激しく行われている。

しかし、突如コロナによって業界の流れが一気に変わり始めた。居酒屋は廃業になりお客さんは一斉に外出をしなくなった。町や市街地はまるでゴーストタウンのような光景がひろがっていた。代行業者もこの流れにのみ込まれ廃業や休業、共存の流れに移行していった。

そんな中コロナの影響をうけず営業を続けている業者があった。それがうさぎ代行である。
うさぎ代行はコロナ禍でも客数は減ってるが営業は稼働できている。なぜ、うさぎ代行が営業を継続できているのかというと個人との繋がりを凄く大切にしている。どのような所を大切にしているのか。それはお客様の車と名前を全て覚えている所、他にも自宅も全て把握している。さらに、夕方17時から北谷町周辺の居酒屋(コロナ前)お客様の自宅の見回りをはじめる。なぜなら「〇〇さんはここで飲んでる、〇〇は誰といる」と代行を使う可能性があるお客様を把握し備えを行っている。
そして、頃合いをみてお客様に連絡し待機していると伝え常にお客様に寄り添うあり方をとっている。さらにうさぎ代行は簡単に連絡先を教えたりしない、居酒屋にも名刺を置かない姿勢を徹底している。理由はお客様の繋がりを通しお客様を作るあり方であるからだ。

だから、コロナ禍でも積み上げたお客様との信頼で営業を行う事ができている。
別の代行業者からうさぎ代行に移転した人達が口を揃えていう事がある。それは「お客様の質が高い」と。
移転前では態度が悪かったり、罵声を言われたりと大変な環境であった。

普段ただ当たり前のように使っていたうさぎ代行、コロナ禍になり多くの業者が廃業していくなかみえないところの努力がフッと表に現れたようにみえた。そして20歳から利用していたお客様にお子さんができ従業員に抱っこさせにきた、お話を聞いた時さらに応援しようと思った。

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