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『ダニング=クルーガー効果』

「ライティング・ソフトウェア」(Juval Löwy著『Righting Software』(Pearson Education, 2020)の邦訳版)を再読していたところ、「ダニング=クルーガー効果」という言葉が目についた。
「ライティング・ソフトウェア」については、システム・デザインとプロジェクト・デザインの双方向から構造工学を用いてアプローチし、ソフトウェア開発を成功に導くための指南書として個人的には捉えている。邦訳版が出版されてから、まだ2年だが、案件でつまづいた時や環境の変化が大きく変わろうとしているときに読み返すとその都度色々と発見や気づきがある。
この本自体は、何度も読み返しているのだが、今回はなぜか、「ダニング=クルーガー効果」が、やけに気になった(今回の発見か...)のでnoteに書いておこうと思った次第である。

「ライティング・ソフトウェア」では、2章の「分解」「2.3.変動領域の見つけ方」の中で突然「ダニング=クルーガー効果」が出てくる。

そこには以下のように記述されている。

ダニングクルーガー効果
ある分野のスキルを持たない人間は、その分野の複雑度、リスク、需要を過小評価し、その分野を軽視する。デビット・ダニングとジャスティン・クルーガーが、このことをはっきりと示す研究成果を発表したのは1999年のことだった。この認知バイアスは、他の分野での知識や専門知識とは無関係である。スキルのないものに対しては、実際よりも複雑だと考えることができず、逆だと思ってしまうことが避けられないだ。

と、記されている。

そこでもう少し、「ダニング=クルーガー効果」について深堀してみようと思う。

ダニング⹀クルーガー効果( Dunning–Kruger effect)とは、能力の低い人は自分の能力を過大評価する、という 認知バイアスについての仮説である。
能力の足りない人々による誤評価は、自身についての誤り(自身を過大評価する)から生じており、能力の高い人々による誤評価は他人についての誤り(他人を過大評価する)から生じているということである。

この効果は、優越感の錯覚という認知バイアスに関連しており、自身の能力の欠如を認識できないことによって生じる。

メタ認知についての自己認識がなければ、人々は自分の適格度を客観的に評価することができない。

人は、社会の中で生活をしていると、あらゆる場面で自分を評価する。(あるいは評価される)
そうした場面における思い込みや錯覚などが認知バイアスを引き起こす。

そして、自己評価が高い人は、「承認欲求が強い」という関連した説もあるようだ…

では、「ダニング=クルーガー効果」はどのようにして認知されたのかについて少し見てみる。

「ダニング=クルーガー効果」は、学生を集めて行った実験で見いだされた現象である。
ダニングとクルーガーは、米コーネル大学の学生に対して、「ユーモア」「論理的思考」「英文法」の3種目のテストを実施し、さらに自分の成績が全体のうちどの程度なのかを予想した。
本人の自己評価と実際の評価を照らし合わせていった結果、3種目すべてにて実際の評価が低い学生ほど自己評価が高く、実際の評価が高い学生ほど自己評価は低くなったという現象が起こったのである。

「ダニング=クルーガー効果」 では以下のような「ダニング=クルーガー効果曲線」と呼ばれる曲線図がよく取り上げられる。

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「ダニング=クルーガー効果曲」は自信と知恵を表現するもの(縦が自信、横が知恵)である。

この曲線から知恵の成熟度が増加するにつれて、自信が変動していることが把握できる
①最初に少しの知恵を得た時は、完全に理解したような気持ちになって「私は優秀だ!」と自身に満ち溢れる。
これをこの曲線では、「馬鹿の山(Peak of “Mount Stupid”)」とも呼ばれる。

②少し学びを進めると、全体の大きさを知って「自分にはまだまだ足りなかった」と自分の能力不足を悟り、自信を失っている。
これを「絶望の谷(Valley of Despair)」と呼ぶ。

③更に学びを進めると、徐々に成長を実感して「少しわかってきた」と自信を持ち始める。
これを「啓蒙の坂(Slope of Enlightenment)」と呼ぶ。

④更に学びを進めると、知恵が成熟して「自分の得て、不得手を認識」し、正確な自己評価が行えるよ。
これを「継続の大地(Plateau of sustainability)」と呼ぶ。

ここで、「ダニング=クルーガー効果」で特に取り上げられているのは「馬鹿の山」の状態である。
知恵や経験、能力が低いにもかかわらず、周りが見えずに自信に満ち溢れている状態は、自身を過大評価してしまっている状態である。

『自分が「そのことについて知らないという事実」を知っていること』(無知の知)が重要だということである。

ダニング=クルーガー効果によって引き起こされる影響は過大評価だけに止まらず、社会性にも大きく影響する。
以下のように様々な部分で認知バイアスによる非合理的な言動や行動に影響を及ぼすことを知っておきましょう。

❶自身を過大評価してしまう
自身の能力以上に自身を評価してしまうと、集団の中での自身の立ち位置を誤ることにつながる。
ビジネスシーンにも影響を及ぼし、能力以上の仕事を請け負ってしまい処理できないなるケースも少なくない。

❷成長の機会を失ってしまう
自身の能力が優れていると満足し、不足している部分に気づきづらくなる。
また、仕事においても足りない部分を補う努力をしなくなることがある。

❸自他の評価ができなくなる
自分の方が優れていると一貫して錯覚しているため、自分や他人を評価できなくなることにつながる。
集団の中で「他人の立ち位置に納得しない。」「自身の方が優れているのに評価されない。」「上司に嫌われているから評価されないだけ。」など、自身の評価を絶対として、集団としての評価を受け入れられなくなる可能性がある。
成果の数字や過程の状況などを加味せずに、ダニング=クルーガー効果特有の非合理的な思考になりがち...

❹問題を他責にしてしまう
問題が発生した時に、自身の能力は優秀なので解決できると思っていても、自身を過大評価していた場合には問題の解決が難航することにつながる。
とくに、「自身の能力は問題を解決するにあたって十分優れているはずだ。それなのに解決できないのは関わっている他の人の能力が低いから」など、自身の能力を否定せず、他人の能力を否定してしまうケースは少なくない...
また、問題が発生した時に、対処できる能力がないことに気づけず解決が遅れる点も注意する必要がある。

❺コミュニケーションが難しくなる
集団の中の立ち位置や評価が正確に行えず、正しい自己評価ができないと会話がかみ合わなくなることにつながる可能性がある。
この「ダニングク=ルーガー効果」によって、自分と他者との間に評価のズレが生じると、コミュニケーションに問題が出てくる。
たとえば能力が低い人に皮肉を言っても、「ダニング=クルーガー効果」によって、相手は皮肉を皮肉と捉えられない。
純粋に褒め言葉として皮肉を受け取ってしまう。
また、日常会話であっても、他人の努力や成果を評価できずに上手に会話に参加できない、突拍子もない意見で会話の流れを遮ってしまうこともある。

❻騙されやすい
自己評価が高すぎる人ほど、詐欺被害に遭いやすく騙されやすい傾向にある。
若くして成功を納めた人が、詐欺にあって大金を騙し取られたという話も珍しくない。「成功した自分は優れているので騙されるわけがない、自分の判断は正しい」と自意識過剰になっているからこそ、このようなことが起こる。

ダニングクルーガー効果の反対語「インポスター症候群」
ダニングクルーガー効果の反対語として「インポスター症候群」と呼ばれるものがあります。
「インポスター症候群」とは、自分の能力で何かを達成して周囲から高く評価されても「自分の成功は周りの環境に助けられたおかげ、運が良かったから」「自分にはそんな能力などない、評価されているのは間違っている」と過小評価し、認識の錯覚を起こすこと。
男性より女性に多く起きやすいとされています。女性管理職や社会で活躍する女性が「自分が選ばれたのは数合わせのため」「女性という理由だけで選ばれただけで、自分の能力ではない」と自分を卑下し、本来の力を発揮できない場合もあるようです。

この「インポスター症候群」については、以前の記事でも書いているので、参考にしていただけると幸いである。

最後に、「ダニング=クルーガー効果」の対処について考えてみようと思う。

「ダニング=クルーガー効果」に陥った人に必要な要素は「認知する能力」であるとされている。
他人を認知して評価する、自分を認知して評価するなどといった訓練が大切である。では、その訓練はどんなものか

1.メタ認知
よく『「ダニング=クルーガー効果」となっている状態であることを公表し、自身を考察する機会を与える事で改善への糸口を作れる。』
とあるが、これは結構難しいと思う。本人は「ダニング=クルーガー効果」に陥っていると気付いていないからである。こういう人は、他人からのアドバイスを受け入れないだろう...

ただ、「メタ認知」を理解しておくことは重要である。
メタ認知とは「客観的に自らの認知を自覚すること」。
つまり、自分が物事について理解しているということを客観的に把握することを意味する。
客観的に判断する場合は、「自身の認知」と「周囲の認知」に乖離がないと判断できている状況であれば、メタ認知ができているといえる。

2.数値の明確化
成果や過程を数値化して結果に繋がったかどうかを明確化する。
細分化してどこの数値が足りないのかを理解することで、自身の評価がより客観的・正確に把握できるため、改善につなげられる。

3.原因の特定と振り返り
「なぜ成功した・なぜ失敗した」といった原因を特定し、振り返る事で十分だった能力・不十分だった能力が認識できるようになる。
また、次の行動の改善を促すことが可能である。

4.他社の意見を聞き入れる
社内でフィードバックの機会を増やす、客観的な評価を行える場を設けて事実を明確化することで錯覚と現実とのズレを改善できる。
より多くの意見を取り入れるようにすることで、個々の偏見をなくした客観的な見方ができるようになる。

ということで、「ダニング=クルーガー効果」を取り除いて対処することは結構難しいと思う。しかし、この「ダニング=クルーガー効果」ということを知っておくことによって少しは対処できるようになるのではないだろうか?

また、自分自身が「ダニング=クルーガー効果」に陥っていないかということも「ダニング=クルーガー効果」を知っていることにより、客観的に捉えられるようになると思う。

おしまい

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