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小説書きの絶対ルールを相対化するバタイユ

昨日からバタイユの作品を読んで検討していますが、読めば読むほど驚かされる事ばかりです。今回はいくつかの例を挙げてその書き方の特質を見ていきたいと考えます。

  • 読書向けに細かく描いていない

  • 修飾がほとんど無い

  • キャラクター設定が無い

  • 前提条件が身勝手

  • ストーリーが身勝手

昨日、性描写がどのように書かれているかを知りたくてバタイユの作品を読んでいましたが、ふと気付くと性描写ばかりか、小説として一般に言われている条件を全く満たしていない事に気付きました。それでは、バタイユの作品が小説ではないのかと言われますと、「いや、確かにこれは小説でしょう」と言うことができます。

そこで、ではまず何がどう違うかを簡単に見ていきたいと思います。

・読書向けにわかるように細かく描いていない

 この件は前の記事読んでいただけるとわかり易いです。性的な行動を書いているのに通常その手の文章で使われているディテールを描くというのをまるでしていません。主人公は男性ですが、主人公が初めて見た女性器をとても簡単な言葉で表現しています。自分自身の性器は単にさお(翻訳では)と玉で、その部分の形状、起伏も色も書いていません。
 その他、部屋やそのレイアウト、景色、道、登場人物の服装詳細ではありません。この事は、小説書きのアドバイス中で言われる「描写」ですが、軽視されているというよりも無視されていると言うべきでしょう。描写は小説の絶対条件のように思いがちですが、そうでもない事が示されています。

・修飾が無い

参照した「マダム・エドワルダ」の方は「目玉の話」よりはこの点でマシです。それでも手薄で、例えば「鏡の間」でエドワルダを指名する時に、「身ぶるいするほどの美しさ」程度で終わりです。美しさの中身はわからないのです。エドワルダの女性器は「毛むくじゃらで、ピンクの、いやらしい蛸のような」(光文社) となっていて、海外新訳文学叢書では同じ部分が「最も外側を、縮れた毛の茂った肌色のふくらみが囲み、その内側には、沈んだ赤茶色の襞が、左右で異なる形の複雑な境界線を作りながら、指で引っ張られて緩やかな菱形を描き、最も内側の部分は、普段は肌と襞とで二重に隠されて見えない内奥から露わにさせられ、新鮮な桃色に輝き、濡れ光っていた。そこには、ぬるぬると動くいやらしい蛸のような、生命の生々しさが溢れていた。」となっています。ですが、これが一番マシな部分です。
 「目玉の話」は初期に書かれていることもあり、ほとんど修飾は行われていません。前の記事でも触れましたが、女性器は「ピンクで黒い肉」で終わりです。

 修飾と言いますと、小説では花形のテクニックで、読み応えある見事な文章を書く高等技術です。中でも三島由紀夫はその手腕が抜きん出ている事で有名ですし、小説を書く方はそれを目指して書こうともします。

そうしたものがバタイユにはありません。

・キャラクター設定が無い

 これも先日の記事で触れていますが、なかなか謎です。「目玉の話」の中でシモーヌの別荘に集まってきた若者達が単に若者で、かろうじて男女の区別はされていますが個性はありません。どんな若者達かがわからないにも関わらず長時間どんちゃん騒ぎをして大きな問題を起こします。無名のハレンチな若者達がどうして選ばれて呼ばれたのか、どんな服を着てどんな話し方や表情をするのかもわかりません。
 これをもし自分で書くとしたら、ここの個性をきちんと書き分けるはずです。そうしなければお話が読書にわかってもらえないと考えてしまいます。

 主人公の2人、私とシモーヌは書かれている文字数が多いのとお皿にお尻のインパクトも強いのでなんとなく納得ささられてしまいそうになりますが、どうしてそんな行動をする人間なのかはわかりません。最初のお皿のすぐ後に母親が登場した時、私は母親の目を盗んでシモーヌのお尻に触っていますが、きっかけはきっかけとしても大胆な行動です。その時点でわかっている私のキャラクター設定から見て納得できる展開でしょうか?

 同じようにマルセルもおかしな設定です。純真でウブなと言いながらその後に大胆な性行為をしますし、引っ込み思案な振る舞いの後、我慢できずに自慰を始めます。
 こうした展開の前提としてのキャラクター設定がどうしてもめちゃくちゃに見えます。自分でこれを書ける気がしません。

 マルセルが閉じ込められていた病院には医師も看護婦も事務員も門番も登場しません。キャラクター設定どころかキャラクターすら設定されていないのです。しかもそこを訪問する機会は2回ありますし、見つからないか警戒もしているのにです。誰出てこないのは小説としてはとても大胆に感じられます。

 エドモンド卿も謎の人物です。「かつてシモーヌを愛人として」連れて行こうとしていたとの前置きで突然登場し、特に理由なくシモーヌに加えて「私」も一緒に行かせます。しかも愛人であるシモーヌには指1本触れません。そうした性癖があるのは読んでいてわかりますが、私とシモーヌの行為はエドモンド卿の目前のみで行われるわけでもありません。また、教会で突然饒舌になりセリフが多くなり、しかもシモーヌに殺人を指示して目玉は自分で抜き取ります。

 普通に読んでいますと、とても理解しにくい人物です。それバタイユは平気で書いてしまいます。なかなかこうした大胆な書き方はできないのではないでしょうか。

・前提条件が身勝手

 マルセルの幽閉された精神病院について「ある晩、十分な情報を集めた」となっています。私とシモーヌはシモーヌの家にいて、何をどうして突然、「ある晩」なのか、「十分な情報」を集める事ができるのかが全くわかりません。そして「自転車」に乗ってそこへ行きますが、その2人分の自転車がいったいどこから出て来たものかも不明です。

精神病院では鉄格子にシーツが結びつけられるのですが、他の患者の事はまるで無いですし、タイミングも良すぎます。どう見ても夢の中の出来事を書いているようにしか感じられません。(後から完全な創作だと種明かしはあるにしても。)

・ストーリーが身勝手

 シモーヌは家にいる時に玉子を使った行為を覚えます。これが後々の牛の金玉、目玉に繋がりますから重要なものではありますが、なぜそこで玉子なのかがわかりません。ただ、玉子を使った性行為の記述部分はかなり長いのです。
 ですが、その玉子から言葉遊びを通じて目玉に繋がります。その目玉が死んだマルセルの目玉、闘牛士、司祭の目玉に繋がります。ただ、このような言葉遊びはこの時が最初で最後でした。伏線と言うよりもそれは明らかな前置きのようです。わざとらしいと言えます。

 私とシモーヌが実際にセックスをするのは、何と、後半になっからです。前半部分ではいろいろな遊びとして性的な行為をしていますから、すぐにでもしてしまって構わないように感じられますがそうではありません。ストーリーとしてはとても不自然に感じられます。

いろいろと不自然に感じられるストーリーですが、これは読書にその流れになる必然性や自然さを感じさせる意図が全く無いからです。

 ストーリーの自然さより上位に「私の思い」があり、その思いは著者の「思想」に繋がります。先程書いたように、なかなかセックスをしない事に関しては本文中に「そんな主婦みたいなことはしたくない」と書かれています。つまり、単なる肉体の欲望を満たす為の性行為は無意味なのであす。
 逆に言えば、このお話全体はストーリー重視してはおらず、理想の心理的状態を保つように進むように思われます。簡単な言い方をしてしまうと、主人公の不安な状態を補償するように主人公が行動するものと考えられます。不安を感じるとき、羞恥心を超える行為をする。それをずっと続けていく。途中でいろいろな手違いがあり、それが重大事件になってしまったとしても続けるために、そして不安に対処するためにできる限りの行為をするのです。
 そして、個々の行為の後は登り詰めては反転し、登り詰めて反転を繰り返す。だからそれ永遠に続けなければならないのです。


 こうして見てみますと、一般に言われている小説を書く為のコツやルールは、このバタイユ作品の上では全く意味を持ちません。そんな優等生的なやり方はどうでも良いのさ、俺は勝手に書くよ、と言ってるようです。全部がそんなの小説の絶対条件じゃなかったんだよ、実はね。という感じでしょうか。

 全くもって驚きです。とは言いましても、過去の偉大な作品や作家にはそうしたものが多いのも事実ではあります。皆、自由ですから。(だって、あの人たち、変人だよね・・・みたいなのもありますし。)

 今回は、エロの書き方の解析から始まったバタイユの検討でしたが、いかがでしたでしょうか? 実際のところ、未だ読んでいてわからない事が私にはいくつもあります。そして、ここは重要ですが、文章の中でも最も重要な部分、つまりkindleの機能を使ってセンテンスに赤や青でマーキングしている部分には全く触れていません。(私は実際にしている。)でも、それをやっていると長くなり過ぎてしまうので今回はここで終わりにします。少しでも何かの参考になれば幸いです。


 ところで、私は過去にもこうして、主に小説の構成をチェックしてそれをもとにスタディで書くような事をしています。(そんな事ばかりやってるから1万円作家から浮上できないんだとは分かっていますけど・・・) 直近の「60 in Blue」もその要素が入っていて、変わった書き方をしています。よろしければ参照していただければと思います。

これ、恋愛小説ですが、普通は恋愛小説では扱わないタイプの人が主人公になっています。おかしいと思われてしまうはずですが、これからの時代はこれが本当に普通になるだろうと考えて書いています。(意味わからないかも知れませんけど。)

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