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(4)GDP統計をどう見るか

2023年6月20日
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利

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 さまざまな統計の中でも、最重要なものがGDP統計(正式には、「国民経済計算」)だと思います。GDP統計は、

  • 家計統計(家計調査)や法人企業統計のように、家庭や企業などに対して調査票を配布し、回収・集計するような一次統計

  • 建築物着工統計などのように、行政に集められた情報を集計した業務統計

を基礎資料とし、 それらを組み合わせ、加工して作成する「加工統計」です。時間が経過すると、利用できる統計データが増えていくので、GDP統計も修正されていきます。「1次速報値」「2次速報値」「年次推計」などとあるのは、そのためです。

三面等価の原則

 GDP統計では、生産、分配、支出という3つの側面から、経済活動を分析しています。

  • 企業や個人による商品やサービスの生産活動によって、付加価値が産み出され、

  • 付加価値が所得として分配され、

  • 分配された所得が、商品やサービスに対する需要として支出される。

ことになりますから、生産と分配と支出は、概念としては同額である(三面等価の原則)とされています。

 しかしながら、概念上はそうであっても、生産、分配、支出、それぞれ異なる統計を使って集計していくわけですから、実務的には同額になるはずがありません。このため、「統計上の不突合」というかたちで、数字が調整されます。

 ちなみに付加価値とは、付け加えられた価値ということになりますが、具体的に例示すれば、
鉱業A社            原料販売10億円・・・付加価値10億円
素材製造B社 原料購入 10億円 → 素材販売 40億円・・・付加価値 30億円
部品製造C社 素材購入 40億円 → 部品販売 60億円・・・付加価値 20億円
組立D社   部品購入 60億円 → 製品販売 90億円・・・付加価値 30億円
小売E社   製品購入 90億円 → 商品販売100億円・・・付加価値 10億円
A~E社合計                   付加価値100億円
ということになります。もし鉱業A社が国内で採掘しているのであれば、このままでよいのですが、鉱物を6億円で輸入しているのであれば、10-6=4億円だけがA社の付加価値となります。従って、A~E社合計の付加価値は94億円です。

景気の判断は支出統計で行われている

 GDP統計では、景気の状況は、主に「支出」によって判断されています。支出というとわかりにくいですが、具体的には、以下のような経済活動のことを言います(カッコ内が正式名称)。分類の仕方はほかにもありますが、ここでは最もよく使われる分類を示しています。

  • 内需(国内需要)

    • 民需(民間需要)

      • 個人消費(民間最終消費支出)

      • 住宅投資(民間住宅)

      • 設備投資(民間企業設備)

      • 在庫投資(民間在庫変動)

    • 官公需(公的需要)

      • 政府消費(政府最終消費支出)

      • 公共投資(公的固定資本形成)

      • 政府在庫(公的在庫変動)

  • 外需(財貨・サービスの純輸出)

    • 輸出(財貨・サービスの輸出)

    • 輸入(財貨・サービスの輸入)・・・控除項目

 生産と支出との関係では、以下のようなお約束に従って集計されます。

  • 生産されたもののうち、購入されていないものについては、在庫として投資された、ということにしてカウントされる。

  • 文房具など企業が消費した非耐久財は、素材や部品と同じ「中間消費」として扱われる。

  • 輸入されたものは、国内で購入されていても、国内で生産されていないので、控除される。

  • 輸出されたものは、国内で購入されていないが、海外で購入されたものとして、カウントされる。(従って、「内需」にはカウントされない)

四半期の「成長率」には3種類ある

 GDP統計では、

  • 実際の金額(実額)と、その増加率(成長率)

  • 集計された金額そのままの名目値と、物価が仮に変動していないものとして計算し直した実質値 

という4種類のデータが示されますが、この中で、最も注目されているのは実質の成長率です。

 成長率は、年単位では暦年や年度の「前年比」、すなわち前年のGDPの金額からの成長率ということになりますが、四半期ごとの集計では、次のような成長率が使用されます。

  • 前期比:直前の四半期からの成長率

  • 前期比年率:直前の四半期からの成長率が、仮に4四半期続いた場合の成長率

  • 前年同期比:1年前の四半期からの成長率

 一般的に統計データでは、前年同期(同月)比の増加率が一番重視されるのが普通です。消費者物価上昇率などは、その典型です。しかしながら、おそらく米国の影響だと思いますが、日本のGDP成長率については、「前期比年率」がマスコミでは一番大きく報道されています。

 これに対し、中国をはじめアジア諸国のGDP成長率に言及する時は、いまでも「前年同期比」を使うのが普通です。

 前期比年率は、前の四半期からの成長率が、「仮に4四半期続いたとしたらどうなる」という仮定に立った架空の数値です。数値自体はおおむね前期比成長率の4倍(厳密には4倍ではない)になりますので、誤差の範囲のような小さな変動でも、大きく見せるという効果があります。しかしながら、そもそも同じ成長率が、4四半期も続くなどというのは通常はありえないことです。

 2023年1~3月期の1次速報値と2次速報値を比べると、次のようになります。

  • 前期比年率成長率

    • 1次速報値(5月17日)1.6%

    • 2次速報値(6月8日)2.7%

  •  前年同期比成長率

    • 1次速報値 1.3%

    • 2次速報値 1.9%

 わずか22日間で1.6%から2.7%に改訂されてしまうようなデータは、常識的には、使い物になりません。1.3%から1.9%への改訂でも十分大きすぎますが、前期比年率に比べればはるかにましだと思います。ちなみに、1期前の2022年10~12月期の改訂状況は以下のとおりです。

  • 前期比年率成長率

    • 1次速報値(2月14日)0.6%

    • 2次速報値(3月9日)0.1%

  •  前年同期比成長率

    • 1次速報値 0.6%

    • 2次速報値 0.4%

 前期比年率のもうひとつの弱点は、暦年や年度の成長率とは関連性がない、ということです。たとえば、2022年度の実質GDP成長率は1.4%でしたが、2022年度中の四半期における前期比年率成長率5.6%、▲1.5%、0.4%、2.7%という4つの数値を並べても、1.4%とはまったく無関係です。前年同期比であれば、1.8%、1.5%、0.4%、1.9%ですので、この4つの数値を合計して4で割れば、近似値として1.4%を算出することができます。4つの四半期がすべて終わってからでは意味がありませんが、例えば、第3四半期の終了時点で、(1.8+1.5+0.4)÷3=1.2になるので、「ああ、ここまでは1.2%成長のペースなのだな」と簡単に理解することができます。

 前期比年率に限ったことではありませんが、GDP成長率の場合、改訂値では、「当期」の数値の改訂だけでなく、比較対象の期(前期、前年同期)の数値も改訂されます。従って、

  • 金額は上方修正されているが、成長率は下方修正。

  • 金額は下方修正されているが、成長率は上方修正。

という場合があるので、注意が必要です。GDP統計を見る場合には、前年同期比を中心として、金額や前期比に目配りをしていくということが、経済の動向を的確に把握するために重要です。

ゲタの問題

 たとえば四半期ごとのGDPの金額が次のように推移したとします。
前年 第1四半期 100兆円
   第2四半期 101兆円
   第3四半期 102兆円
   第4四半期 103兆円 年間406兆円
翌年 第1四半期 103兆円
   第2四半期 103兆円
   第3四半期 103兆円
   第4四半期 103兆円 年間412兆円

 この場合、「翌年」の成長率は、(412-406)÷406=1.5%です。
しかしながら、実は、「前年」の第4四半期以降、GDP金額は伸びておらず、まったく成長していない状況にあります。

 「前年」の「第4四半期」のGDP金額が、「前年」の「4四半期平均」のGDP金額に比べてどれだけ伸びているかを、「翌年」の成長率の「ゲタ」と呼びます。この場合、「前年」の「4四半期平均」のGDP金額は406÷4=101.5兆円ですから、ゲタは(103-101.5)÷101.5=1.5%となります。「翌年」のGDP成長率1.5%は、実は、すべて「前年」の期間中の成長であり、「翌年」はゼロ成長(1.5-1.5=0%)だったということになります。

 ある年の景気がよかったか、悪かったかは、単に成長率を見るだけでは判断できません。この例とは逆に、「前年」の「第4四半期」のGDP金額が、「前年」の「四半期平均」の金額よりも小さければ、「翌年」の景気は、成長率の数値よりもよかった、ということになります。

GDP統計はやはり重要である

GDP統計に対しては、

  • 日本は、もはやGDPの成長を追い求める状況ではない。重要なのは配分である。

  • GDP統計には表れない幸福度こそが重要である。

といった批判があります。

 しかしながら、生産性は自ずと向上していきますので、成長しない経済では、生産力に比べ、需要が相対的に少ない状況となります。生産力に比べて需要が少ない経済では、雇用が過剰となるので、賃金の下押し圧力が高まります。また、成長がなくても、企業は増益を図る必要があるので、結局、人件費を削減せざるをえず、この点も賃金の下押し圧力となります。一方で、増益が確保されれば、株主への配当や役員報酬を増やすことになります。成長のない経済では、賃金水準が低下し、かつ、格差が拡大することに留意しなくてはなりません。

 一方、「幸福度」については、現在、SDSN(持続可能な開発ソリューションネットワーク)の「世界幸福度報告」が一般的によく使用されています。ギャラップ社が行う、各国約1,000人に対するアンケート調査で、その質問は、

  • 階段を想像してください。それぞれの段には一番下が0、一番上が10までの番号が振られています。階段の一番上は、あなたにとって考えられる最高の人生を表し、一番下は考えられる最悪の人生を表しています。今現在、あなたは自分がその階段のどの段に立っていると思いますか。

というものです。(キャントリルの階梯)

 人々の幸福がGDPだけで測れないのは当然で、これまでも、たとえば日本では、経済企画庁が「国民生活指標」、「新国民生活指標」といったものを作成していました。ただし当然、幸福度の算出は容易ではなく、「世界幸福度報告」で見ても、最近5年間の日本の幸福度は、

  • 2019年(2016~18年平均) 5.886 (58位)

  • 2020年(2017~19年平均) 5.871 (62位)

  • 2021年(2018~20年平均) 5.940 (56位)

  • 2022年(2019~21年平均) 6.039 (54位)

  • 2023年(2020~22年平均) 6.129 (47位)

となっており、コロナ前に比べ、むしろコロナ以降のほうが幸福度が上昇しているような状況も見られます。日本人は「5」に近い回答を好む、という指摘もあります。

 いずれにしても、幸福度は短期的な動向に一喜一憂するような性格の指標ではなく、長期的な傾向を探る参考指標であり、GDP統計の重要性が変わるものではありません。

 ちなみに、2022年の国民1人あたりGDPは、購買力平価(注1)による比較で、日本は38位(注2)となっています。日本のGDPが世界3位だと思っているために、勘違いして幸福度との違いが際立つのであって、1人あたりは38位だと思えば、幸福度とかけ離れているわけではありません。

(注1)購買力平価は、米国と各国との物価水準がイコールになる理論的な為替レート。日米の購買力平価が1ドル=100円であれば、米国で1ドルで買えるものが、日本では100円であることを示している。

(注2)IMF(国際通貨基金)の統計による。

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