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経済情勢をどう見るか・・・消費者物価(2)

2022年10月25日
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利

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 2023年春闘のポイントが物価の上昇にあることは、誰しも認めるところだと思います。賃上げの要求策定や団体交渉において、消費者物価上昇率はきわめて重要な材料となりますが、今回の物価上昇局面では、コストプッシュインフレによる生活の苦しさが顕著となってる中で生活防衛を図り、それを通じて、企業行動、消費行動におけるデフレマインドの払拭を図ることが課題となっています。

<ポイント>
・今回の物価上昇の特徴は、コロナ禍に端を発した素材・部品の供給制約、ロシアのウクライナ侵攻に伴う資源価格の高騰という、コスト要因によるもの、すなわちコストプッシュインフレであり、そうした意味では非常事態である。
・一方で、経済の持続的な成長、産業の健全な発展、国民生活の継続的な向上にとって、適度な供給力不足・需要超過の状態を維持することが不可欠であり、そのためには、消費者物価上昇率が2%程度となっている必要がある。
・今回のコストプッシュインフレは、これまでのデフレマインドを変化させるきっかけとなる可能性があるが、実質賃金が維持できなければ、需要は縮小せざるをえず、供給力過剰・需要不足が拡大し、景気の底割れ、デフレへの逆戻りも懸念される。
・労使双方とも2014年以降の賃上げパターンから脱却し、コストプッシュインフレという非常事態の下で、まずは従業員の生活防衛の観点に立ち、最低限、実質賃金の維持に努めるということで、認識を共有していく必要がある。

需要拡大による2%の物価上昇をめざして

 「経済情勢をどう見るか・・・消費者物価(1)」でも触れましたが、今回の物価上昇の特徴は、コロナ禍に端を発した素材・部品の供給制約、ロシアのウクライナ侵攻に伴う資源価格の高騰という、コスト要因によるもの、すなわちコストプッシュインフレであり、非常事態であるということです。日本銀行は2013年以来、消費者物価上昇率の目標を2%としてきましたが、これはあくまで需要拡大による物価上昇をめざしたものであり、コストプッシュで2%を超えているとしても、それで目標が達成されたわけではありません。
 足元の消費者物価上昇率が3.0%に達し、生活の苦しさが顕著となっている時には、物価上昇率は低ければ低いほどいいんじゃないの、という感覚に陥りがちです。しかしながら、コストプッシュインフレではなく、需要拡大による2%の物価上昇がやはり必要なのだ、ということはしっかりと押さえておく必要があります。
 2%の物価上昇の必要性に関する説明としては、一般的には、
*消費者物価上昇率は短期的な変動が避けられないため、マイナスに陥ることがないように、ある程度幅をもって、目標を2%程度にしておく必要がある。
*2%は、中央銀行のインフレ目標として、国際標準である。
ということになると思います。しかしそれだけでなく、経験則上、「GDPギャップ」が安定的にプラスであるためには、消費者物価上昇率が2%程度となっている必要がある、ということがあります。

 GDPギャップというのは、日本全体の供給力と実際の需要との差を比率で表したもので、プラスであれば供給力よりも実際の需要のほうが多く、マイナスであればその逆、ということになります。
 GDPギャップがマイナス、すなわち供給力過剰・需要不足の状態では、
*そうした状態でも、企業は利益を確保し、増益を図らなければならないので、人件費に対する削減圧力が高まる。
*需要不足で低成長にならざるをえないが、低成長に見合った賃上げすら困難となり、労働分配率が低下して、さらに需要不足となる。
*生産年齢人口の減少に伴う人手不足により雇用が維持され、若年層の賃金が引き上げられたとしても、中高年層の賃金に対する引き下げ圧力は強まる。消費性向の高い中高年層の賃金低下は、需要を一層縮小させる。
*供給力の削減により、いったん需要と供給を均衡させることができたとしても、物的生産性は継続して向上していくので、需要が拡大しない限り、再び供給力過剰に陥り、供給力過剰・需要不足と人件費削減とのスパイラルが続くことになる。
*一方、企業の利益が確保されれば、配当が拡大し、役員報酬や成果主義賃金制度で上位ステージに属する幹部社員などの賃金が引き上げられたりするので、社会的な格差が拡大する。
というような問題が生じてきます。
 GDPギャップを一定程度のプラスで維持する、すなわち適度な供給力不足・需要超過の状態で維持することは、経済の持続的な成長、産業の健全な発展、国民生活の継続的な向上にとって不可欠です。
 長期的にGDPギャップと消費者物価上昇率の関係を見ると、GDPギャップはおおむね消費者物価上昇率を下回っているため、GDPギャップをプラスで維持するためには、消費者物価上昇率が一定程度の幅、たとえば2%程度のプラスとなっている必要があります。
 GDPギャップがプラスであることが大事なのであって、物価上昇はその結果ですから、それならGDPギャップの数値を目標にすればいい、という考え方もできますが、消費者物価上昇率がナマの調査データから直接算出されているのに対し、GDPギャップは色々な経済指標を統合して算出されるものであること、前者が毎月発表されるのに対し、後者は4半期ごとであることからすれば、消費者物価上昇率を目標数値とし、GDPギャップの数値で確認していくのが現実的ということになります。

これまでのデフレマインドに変化の兆し

 すなわち、 
 適切な金融政策 → 適度な供給力不足・需要超過 → 2%程度の物価上昇
という経路をたどることが望まれるわけですが、2013年以降の量的・質的金融緩和は、確実に需要拡大とデフレの終息をもたらしたものの、長年にわたるデフレマインド、デフレが続くことを前提にした企業行動、消費行動を払拭することができず、金融緩和の規模に比べ効果が小さかったことは否定できません。そしてその要因には、2度にわたる消費税率引き上げとともに、賃上げが必ずしも十分ではなかったことも、当然含まれると思います。
 しかしながら今回のコストプッシュインフレは、こうした状況を変化させるきっかけとなる可能性があります。
 「経済情勢をどう見るか・・・消費者物価(1)」では、9月16日の東洋経済ONLINEに掲載されている大和証券の分析によると、2022年7月の消費者物価上昇率(生鮮食品を除く総合)2.33%のうち、
*現地通貨建ての輸入物価要因が0.95%
*為替要因が0.54%
*GoTo・通信料要因がマイナス0.09%
*その他要因が0.93%
となっていることをご紹介しました。その他要因は、コストプッシュ以外の要因とみなしてよいと思いますが、年初(2022年1月)には0.21%だったのが、7月には0.93%となっています。半年で0.72%ポイント上昇し、データが掲載されている2017年1月以降では最高の水準です。コストプッシュ以外の要因の拡大は、デフレマインドの変化を示しているものと思われます。

まずは非常事態の下での生活防衛を最優先し、実質賃金を維持して需要の底支えを図ることが不可欠

 ただし、デフレマインドに変化の兆しが見られるとしても、2023年春闘において賃金が物価上昇に追いつけず、実質賃金が維持できなければ、当然、需要は縮小せざるをえません。円安への批判が強まっている中で、日本銀行も追加の金融緩和に動きづらい状況となっていますから、供給力過剰・需要不足が拡大し、景気の底割れ、デフレへの逆戻りも懸念されるところです。

 厚生労働省「賃金引上げ等の実態に関する調査」において、データの発表されている2016~2021年における製造業の賃上げ実施状況を見ると、
*定期昇給込みの賃上げ率が1.5%以上となっている労働者の割合は、7~8割に止まっている。
*賃上げ(ベースアップ)率の推計値は、平均して0.2~0.4%の範囲に止まっている。
という状況になっていますが、2023年春闘では、労使双方とも2014年以降の賃上げ(ベースアップ)のパターンから脱却し、コストプッシュインフレという非常事態の下で、まずは従業員の生活防衛の観点に立ち、すべての企業において、最低限、実質賃金の維持に努め、需要の底支えを図るということで認識を共有していく必要があります。

定期昇給込み賃上げ率が1.5%以上の労働者の割合(製造業・企業規模計)
 
年    1.5%以上   うち2.0%以上
2016年     81.4%       51.7%   
2017年     78.1%                50.4%
2018年             82.1%                     59.3%
2019年             80.9%                     53.3%
2020年             73.2%                     36.2%
2021年             72.5%                     42.7%
資料出所:厚生労働省「賃金引上げ等の実態に関する調査」より一般社団法人成果配分調査会で作成。

賃上げ(ベースアップ)率の推計(製造業・企業規模計)
 年  1人平均賃金  1人平均  ベースアップ率 消費者物価上昇率
     改定率①  定期昇給率 ②    ①-②   (総合・過年度)       
2016年    2.0%     1.8%       0.2%         0.2%
2017年    2.1%     1.8%       0.3%      ▲0.1%
2018年    2.2%     1.8%       0.4%      0.7%
2019年    2.0%     1.7%       0.3%      0.7%
2020年    1.8%     1.6%       0.2%      0.5%
2021年    1.9%     1.7%       0.2%     ▲0.2%
(注)1.ベースアップ率は、1人平均賃金改定率から1人平均定期昇給率を差し引いて推計した。1人平均賃金改定率は引き下げを含む加重平均、1人平均定期昇給率は回答のあった企業の加重平均である。
2.消費者物価上昇率は過年度であり、従って2016年に記載の数値は2015年度の上昇率である。
3.資料出所:厚生労働省「賃金引上げ等の実態に関する調査」、総務省統計局「消費者物価指数」より一般社団法人成果配分調査会で作成。

*この記事に関するバックデータは、会員向けの記事において、随時、提供していきます。

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