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ジョブ型雇用は、いい意味で「名ばかり」となることは避けられない(1)

2023年5月16日
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利

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新しい資本主義実現本部事務局より「三位一体労働市場改革の論点案」が示される

*2023年4月12日、内閣官房の「新しい資本主義実現本部事務局」より、「三位一体労働市場改革の論点案」が示されました。
・リ・スキリングによる能力向上支援
・個々の企業の実態に応じた職務給の導入
・成長分野への労働移動の円滑化
・多様性の尊重と格差の是正
を4つの柱としており、このうち職務給の導入については、
・本年6月までに三位一体の労働市場改革の指針を取りまとめ、構造的賃上げを通じ、同じ職務であるにも関わらず、日本企業と外国企業の間に存在する賃金格差を、国毎の経済事情の差を勘案しつつ、縮小することを目指す。 ・指針では、職務給(ジョブ型雇用)の日本企業の人材確保の上での目的、ジョブの整理・括り 方、これらに基づく人材の配置・育成・評価方法、ポスティング制度、賃金制度、休暇制度などについて、先進導入事例を整理し、個々の企業が制度の導入を行うために参考となるよう、多様なモデルを示す。この際、個々の企業の実態は異なるので、企業の実態に合った改革が行えるよう、指針は自由度を持ったものとする。 ジョブ型雇用(職務給)の導入を行う場合においても、順次導入、あるいは、その適用に当たっても、スキルだけでなく個々人のパフォーマンスや適格性を勘案することも、あり得ることを併せて示す。
・6月までにまとめる指針に基づき、年内に、個々の企業が具体的に参考にできるよう、事例集を、民間企業実務者を中心としたWGで取りまとめてはどうか。
とされています。

政府が職務給導入を推進する理由が示されていない

*「論点案」を見ても、企業がなぜジョブ型雇用、職務給を導入する必要があるのか、政府がなぜそれを推進しているのか、理由が示されていません。

*唯一、「構造的賃上げを通じ、同じ職務であるにも関わらず、日本企業と外国企業の間に存在する賃金格差を、国毎の経済事情の差を勘案しつつ、縮小することを目指す」としているので、政府は、職務給なら賃上げができる、と考えているのかもしれません。たしかに、いわゆる成果主義賃金制度が中高年層の賃金水準引き下げをもたらし、「同じ職務であるにも関わらず、日本企業と外国企業の間に存在する賃金格差」を生み出したことは明らかです。だからといって、職務給にすれば賃上げしやすい、というわけではないと思います。

*わが国の賃金水準低下の原因は、
①バブル崩壊以降、わが国経済の供給力に比べて需要不足の状態が続き、雇用削減圧力が強まるとともに、企業にとっては、低成長・デフレ下においても増益が至上命題であることから、利益確保のための賃金引き下げ圧力が強まったこと。
②冷戦終結以降、経済のグローバル化が進展し、途上国・新興国が日本の競争相手となったが、日本企業がその低賃金を過度に恐れ、高賃金・高付加価値・高利益をめざすのではなく、低賃金・低付加価値・低利益構造に向かってしまったこと。
③こうしたことから、一定の年齢に達すると多くの従業員について、定期昇給をゼロもしくはマイナスとする成果主義賃金制度が導入され、このため中高年層全体として賃金水準が低下したこと。(なお、成果主義賃金制度が、従業員それぞれの「成果」に見合った賃金を支払う仕組みでないことは、ご承知のとおりです)
④物価が上昇しないので賃上げの必要性が薄れるとともに、物価上昇時にも、労働組合が物価上昇を根拠に賃上げを要求すると、経営側から物価下落したら賃下げ、と反論されてしまうので、物価上昇を要求根拠とすることに躊躇し、賃上げ要求が抑制的となったこと。
⑤「同一価値労働同一賃金」の原則が確立されないまま、「雇用のポートフォリオ」の名の下に、正社員の仕事を賃金水準の低い非正規雇用や間接雇用、外国人の労働者が担うようになったこと。
といった理由によるものです。⑤については、職務給への転換によって改善の可能性がないわけではありませんが、①~④は、職務給で解決する問題ではありません。

中高年層の賃金水準引き下げが職務給導入の第一の目的

*実は、「新しい資本主義実現本部事務局」が2023年2月に提出した「基礎資料」では、「日本企業がジョブ型雇用(職務給)を導入する理由」を掲げています。
①処遇の適正化・・・年齢が高いだけで高い処遇を得ている社員に対して、報酬面での適正化を図る(仕事や成果に応じた処遇への見直し)
②高度専門人材の獲得・・・最先端の知見を有する人材(デジタル等)など、専門性を持つ人材が採用できる報酬の仕組みへ
③若手の優秀人材の抜擢・・・有するスキルと職務登用に一定の連動があるため、従来では重要な職務に就けることができなかった若手を、適材適所の観点から抜擢可能
④将来有望な社員のリテンション・・・従来の制度では高い処遇を得ることができなかった、若年ながら高いポテンシャルを有する社員に相応しい処遇を与え、社外への流出を防止
⑤グローバル化への対応・・・日本以外の先進国では、ジョブ型雇用が一般的となっているところ、国や地域を越えた全世界共通の報酬体系に向かわないと、社内に人材を維持することが困難
の5つです。

①処遇の適正化については、まさに中高年層の賃金水準をさらに引き下げようということにほかなりません。子どもの教育費をはじめとする生計費が最もかさむ中高年層の賃金水準引き下げが、若年層の将来不安を招き、エンゲージメント(仕事に対するポジティブで充実した心理状態)やモチベーションを損なうことにつながることが、理解されていないようです。

*成果主義賃金制度が導入されたのは1990年代後半以降ですが、すでに30年近くに達しようとしている中で、そもそも「年齢が高いだけで高い処遇を得ている社員」などというのがどれだけ存在しているのか、きわめて疑問です。また、仮に現時点で、賃金と貢献が見合っていない社員が存在するとしても、その社員は本来、その賃金を得るだけのスキルを持っているはずで、賃金と貢献が見合っていないとすれば、企業が社員のスキルを生かし切れていないだけであり、その理由は、成果主義賃金制度によってエンゲージメントやモチベーションを損なってきたからである、と言えるのではないでしょうか。若年の労働力が長期的に減少していく中で企業のなすべきことは、中高年層のスキルを最大限発揮させることであり、中高年層の賃金を引き下げている場合ではありません。

②高度専門人材の獲得に関しては、高度専門人材に特別な賃金体系を設ければ済むことであって、全社的に同じ賃金体系を導入する必要はありません。産業医を雇用している企業も少なくないと思いますが、「医務職」というようなかたちで、一般の事務職はもとより、研究開発職などとも別建ての賃金体系になっているはずです。

③若手の優秀人材の抜擢については、「有するスキルと職務登用に一定の連動があるため、従来では重要な職務に就けることができなかった若手」という表現がありますので、スキルはないけれどポテンシャルのある若手を抜擢して、重要な職務をやらせてみる、ということだろうと思います。そうした経験を積ませることは、幹部社員育成のために重要です。しかしながら、職務給を導入し、職務と賃金を連動させないと抜擢できない、ということではないと思います。本来ならその職務につかせるだけのスキルがない若手を抜擢するわけですから、むしろ職務と賃金が連動していないほうが、周囲とのあつれきが少なく、うまくいかなかった場合に本人が受けるダメージも避けられると思います。現行制度で「有するスキルと職務登用に一定の連動がある」のであれば、若手を抜擢する場合には、それをいったん切り離し、抜擢が成功した場合に、職能等級を職務に合わせていけばよいのだと思います。

④将来有望な社員のリテンションについては、ポテンシャルのある若手に高い賃金を提供し、転職しないよう引き留める、ということだと思います。しかしながら、職務給はむしろ転職をしやすくする賃金制度です。「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」(2022年10月閣議決定)でも、「職務給中心のシステムへの見直しなど労働市場改革を通じて、 スキルアップと成長分野への労働移動を同時に強力に推進する」とされています。社員の引き留めを職務給導入の理由にあげるのは、明らかに見当違いです。

*数年で一応のスキルが修得できて「転職あたり前」の業界、企業が人を入れ替えることによって低い人件費を維持し、利益を得ている業界では、職務給が相応しいかもしれませんが、企業の競争力にとって、従業員のスキルの蓄積が重要な産業では、将来有望な社員を引き留めるためには、将来にわたる活躍と処遇の道筋を示し、産業全体、企業全体の賃金水準を高めるしかありません。仮に若手社員の目先の賃金水準を引き上げたとしても、中高年層がスキルを発揮して活躍し、かつ処遇される姿を見せることができなければ、若手を引き留めることは不可能です。

⑤グローバル化への対応については、海外事業拠点の人材を日本の事業所に異動させたり、日本の事業所で外国人材を雇用した場合に、日本の職能給や役割給という賃金制度が理解を得づらい、という指摘があります。

*しかしながら、ある国の賃金制度は、その国の社会環境を反映し、賃金制度以外の諸制度とともに形成されてきているので、賃金制度を「全世界共通の報酬体系」にすることは不可能であり、仮に、共通にしてしまえば、各国ごとにさまざまな歪みが生じることになります。

*外国人材が高度専門人材であれば、高度専門人材に適した特別な賃金体系を適用することによって解決できます。高度専門人材でなければ、まずは日本全体の賃金水準を、日本の経済力に相応しいものに高めることによって、日本国内で働くことの魅力を高めることができるはずです。

*そもそも「全世界共通の報酬体系」をめざしているのに、「日本型の職務給」を掲げている(基礎資料)のも奇妙です。米国では、脱職務主義、職能給化が進んでおり、「成果主義化した日本の制度と相互に接近する方向性」にある(石田光男・樋口純平『人事制度の日米比較』ミネルヴァ書房、2009年)ということなのですが、その方向性を「日本型の職務給」と位置づけるのは、ミスリードだと思います。

*このように見ていくと、職務給導入の目的は、結局、中高年層の賃金水準引き下げしかない、ということになります。ただし、「新しい資本主義実現本部事務局」の「論点案」や「基礎資料」には記載されていない、もうひとつの目的、すなわち「解雇規制の緩和」があると思いますが、その点については、またあとで触れたいと思います。

日本の社会環境、諸制度との関係

*賃金制度がその国の社会環境を反映し、賃金制度以外の諸制度とともに形成されてきているものであることからすれば、仮に職務給を導入した場合には、賃金以外の諸制度についても、整合性を図っていかなければなりません。この点については、あまり認識されていないように思われますが、大変影響の大きい問題だと思います。

*たとえば、多くの企業に存在する定年制ですが、日本において定年制が認められているのは、「停(ママ)年制は、一般に、老年労働者にあつては当該業種又は職種に要求される労働の適格性が逓減するにかかわらず、給与が却つて逓増するところから、人事の刷新・経営の改善等、企業の組織および運営の適正化のために行なわれるもの」だからです(秋北バス事件最高裁判決1968年)。
・老年労働者の労働の適格性が逓減する。
・老年労働者の給与が逓増する。
という2つの要件が満たされなければ、定年制は「不合理な制度」ということになります。また、欧米諸国では年齢による差別が禁止され、定年制がないわけですから、もし
・グローバル化への対応
・日本以外の先進国では、ジョブ型雇用が一般的となっている
・全世界共通の報酬体系
ということで職務給を導入するなら、同じ観点から定年制を廃止しなければ整合性がとれません。

*所定外労働についても、幹部社員は別として、一般従業員の恒常的な所定外労働というのは、グローバル的にはあり得ません。職務給制度の下で、たとえばAという職務において、作業aを50、作業bを30、作業cを20行うことになっている場合、これを所定内労働時間で処理することが不可能な場合には、職務Aの行うべき作業について、aの作業を30に減らすとか、cをやめるとかの見直しを行い、職務Aに従事する人の数を増やしたり、他の職務の人に作業を委ねたりしなくてはなりません。職務給制度を導入しても、高度プロフェッショナル制度の適用範囲の拡大によって、健康を損なわない限りいくらでも働かせることができるだろう、と考えている人がいるかもしれませんが、職務給といわゆる「無限定な働き方」とがそぐわないことは明らかです。

*所定外労働は突発的な対応の場合に限定されるため、景気の調整弁の役割を果たすことができなくなります。景気後退により作業量が減少する場合には、一時帰休で対応しなくてはなりません。リーマンショックやコロナ禍といった大不況の際には、これまでも一時帰休が行われてきましたが、職務給制度の下では、ごく一般的な雇用調整手段ということになります。

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