000裏表紙_16pnoteyo

まきまき③(終)

病院に着いた2人。
長いスカートをはいた長身の千軸がかけてくる。
「須波さん!・・・・・・ごめんなさい!私が側溝側歩いてれば~!杖つこうとしたとこがちょうど側溝で、バランス崩して」
「いえ、いえいえ、千軸さんのせいじゃないです。妻は?」
千軸に病室まで案内してもらった。
「ごめーん、夕くん」
頭にガーゼとネットを被せている都がベッドに座っていた。
「今日、富士Qだったのに~、ごめんね、私が世話焼けるせいで」
「いや、いやいや、大丈夫なの?脳出血って」
「あ、もう頭に穴開けて血ぃ抜いて貰ったから大丈夫みたい・・・・・・落ちた時はたんこぶ出来ただけで大丈夫って思ったんだけど、段々気持ち悪くなってきて、千軸が救急車呼んでくれたんよ・・・・・・一週間は入院みたいだけど、処置が早かったから後遺症も無いし、大丈夫だって」
都は笑顔で須波を安心させようとしている。
「そう、良かった・・・・・・本当に良かった・・・・・・」
須波が大きく息を吐く。
「千軸さん、本当にありがとうございます」
「いや!いやいや!私はただついてきただけなので」
「いや~、千軸がいなかったら危なかったよ~、ほんとありがとう~」
都がユダの方を向く。
「林さん・・・・・・今日、本当にごめんなさい」
「・・・・・・いいえ、七瀬さんが無事で良かったです。お大事にしてください」

病院の廊下。須波はトイレの前のソファに身体を預けている。
ユダがトイレから出てきた。
「ユダくん、送ってくれてありがとう。あと、今日はごめん」
「だから謝る事じゃない。いい。また別の日に会おう」
「やっぱり無理だ」須波が顔を手で覆う。
「仕事もそうなんだけどさ、人間関係でも、僕はマルチタスクが出来る人間じゃないんだよ・・・・・・僕と付き合ったら多分僕は君を傷付けると思う。器用じゃないし、気遣いが出来る方でもないし、色々」
ユダが須波の手を握り、正面から目を見据える。
「優先できないとか傷付けるとかそんなのどうでもいい。生きてりゃ他に優先する事があったり傷付けたり傷付けられたり、そんなのは普通にある事だろ。未来の俺の気持ちを勝手に推測して勝手に離れるのはやめてくれよ。そんなに俺といるのは億劫か?」
「いや、思ってたよりそうでもない・・・・・・でも、大事なものを増やしたくないんだ。失う時の事を考えたら」
「失った時の事は失った時に考えろよ。どうせ生き別れるか死に別れるかの二択なんだ」
「・・・・・・高校の時、僕も君を好きだと思った事があった」
須波が目を伏せながら笑った。
「じゃぁ、それを思い出してくれ。お前の人生に俺を関わらせてくれよ」ユダも笑う。
「関わらせてくれるだけでいい。あんまり難しく考えるなよ」
「うん、そっか・・・・・・うん、分かった・・・・・・君は昔からかっこいいよな」
「・・・・・・これから沢山分かる。俺がそんなにかっこよくないって事も」
ユダは握りしめた須波の手にキスをした。

須波が都の病室に戻ってきた。
「林さんも帰った?」
「うん、帰った」
「ねぇ、夕くん、私と離婚しない?」都が爪見ながら言った。
「げぇー!なんでだよ馬鹿野郎!なんでだよ!絶対やだよ!馬鹿!何言ってんの!?」
「いやさー、前から思ってたのよ、君が一番落ち込んでる時に私つけこんじゃったなって・・・・・・あ、プロポーズの時の話ね」
じっと爪を見つめたままの都。
「私アセクシャルだし、誰とも恋愛したくないし、でも大好きな友達が次々結婚していく度に思ってたのよね。どうして友情では永遠の誓いを立てられないの?って」須波がベッドの手摺を固く握る。
「実際は永遠なんて何処にも無いけど、でもやっぱり側で心配してくれる人間が欲しかったのよ。本当に君には私の世話を焼かせてばかり・・・・・・」
都が顔を上げ、須波の目をじっと見る。
「私の人生に巻き込んじゃってごめんね、夕くん。こんな、どたばたした人生に」
須波は都の顔を見ながら「お前の人生に俺を関わらせてくれよ」と言ったユダの事を思い出していた。
「ううん、巻き込んでくれてありがとう」
須波は都の背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。
「僕は君といて、本当に幸せだよ」

「ごめん、疲れてなかったらでいいんだけど、絵のモデルになってくれない?」
「えー、私、今頭こんなダサいネット付けてるんだけど」
「いいからいいから、眼力が、眼力が描ければいいから」
「が、がんりき?」
須波はいつも持ち歩いているクロッキー帳を開いた。

自宅。スカイプで千軸と話している須波。
「千軸さん、こんばんは。すいません、ちょっと今送ったやつ見て欲しいんですけど」
「あ~、須波さーん!その後、都さんは大丈夫ですか?」
「あ、はい。ぴんぴんしてます。大丈夫ですよ」
「この前OK頂いた後、またちょっと変えたんですけど、変える前とどっちが良いか見て欲しいんですよ・・・・・・年齢も性別もはっきりしないっていう登場人物の部分をもうちょっと自分で考えてみたんですけど」
須波は宙を見つめたまま話す。
「つまりそれって登場人物のイメージが読者によって違うって事じゃないですか……自己と他者の境界の不明瞭さ、それに読者も巻き込まれてしまう……それがこの作品の肝かなと思って、そう思った上でまた描いてみたんですけど」
「・・・・・・いいと思います。これ、いいですよ、凄く・・・・・・いやぁ、編集の癖に語彙が少なくてすいませんね。いいですよ、須波さん。私、この絵見て、何度もこの本読んだはずなのに、また読みたくなりました・・・・・・須波さん、これ良い本になりますよ!」
「・・・・・・少しでもその手助けになれれば幸いです」
須波はユダと都のクロッキーをぱらぱらとめくりながら安心した。

高校時代。夏。
「日直~!これ社会科準備室まで持ってって!」
「あ、は~い」
「いいよ、これ俺一人で持てるから」ユダが女の子に向かって言う。
「え、ごめん、ありがと」
段ボールと大きな地図の筒を抱えながら廊下を歩くユダ。
「ゆだくん!」後ろから声をかけられた。須波だ。
「君、湯田くん?でいいんだよね?」
「あ、ああ」
「それ半分持つよ。社会科準備室まででしょ?」
「え、あ、ああ、あー、いや」
「大丈夫、僕結構力あるから」
須波は地図の筒をユダからもぎ取り脇に抱えた。
「この前はありがとう」
「何が?」
「僕がホモだって言われてる時、かばってくれただろ」
「聞いてたのか・・・・・・別に、俺は」
「ま、実際ゲイなんだけどね」
社会科準備室に入ったところで須波は何でもない事のように告白した。
「・・・・・・それ、俺に言っちまっていいのか?」ユダが段ボールを床に置く。
「いいよ、だって言いふらしたりしないでしょ?湯田くん、優しいよね」
「・・・・・・そんなん初めて言われたわ」
「えー、うそ。ほんとに?・・・・・・はっ、皆、見る目が無いな~」
ユダは笑う須波の顔をじっと目に焼き付けるように見つめた。
一生忘れないだろうと思った。

ユダが煙草をベランダで吸っている。
スマホが鳴る。ポンポロロンポン
「はい、林です・・・・・・・・・・・・え?何ですか?誕生日会?・・・・・・それ、姉ちゃん連れてっても大丈夫ですか?」

「夕くん、誕生日おめでと~!」
須波は玄関に入った途端クラッカーをパンパン鳴らされた。
「おめでとうー!」追加で紙吹雪もまかれる。掃除が大変だ。
「・・・・・・え?」
「あと、私、退院おめでと~!まあ、とっくに退院してるけど~!」
都が万歳をして踊り出す。
「あと、ついに本が出来ました~!これ献本です。はいこれ皆読んでSNSに感想上げてくださ~い」千軸は本を配り出す。
「わ~い、やった~、夕くんの絵だ~」
「おめでとうー」
「・・・・・・まず、僕、誕生日、今日じゃないけど」
「再来週の平日じゃん!?皆集まれるの今日しか無かったの!」
「あと、僕、サプライズ苦手なんだよね・・・・・・」苦笑いの須波。
「え!?そんなのサプライズする前に言ってよね!ケーキも作ったんだよ!はい、こっち座って!フーッして!フーッ」
「け、ケーキ??都ちゃん、ケーキとか作れたっけ??」
「いや、林さんと林さんのお姉さんに手伝って貰った~」
「ええ!?」
「都ちゃん、駄目だよ、ユダくんは君の部下なんだから、上司がこんな休日に呼び出してそんなの。パワハラになっちゃうでしょ」
「え、嘘、しまった、そうか・・・・・・ごめん、林さんごめん・・・・・・職場での力関係を考慮していなかった・・・・・・」シュンとする都。
「え?いや、これ家族ぐるみの付き合い的なアレじゃないんですか?そのつもりだったんですけど。姉も呼んじゃったし」
「姉のイエスです~、いつもユダがお世話になって~」
モヒカン頭のふくよかな女性がクラッカーを片付けながら挨拶をした。
「イエスさん、ケーキ屋さんなんですって~」
千軸は紙吹雪をチリトリで集めている。
「えー!ケーキ屋さん!?じゃぁお金払わないと!都ちゃん!駄目だよ!プロの人に無料で仕事させちゃぁ!」
「ああー!そっかー!そうだね!ほんとだ!うわ!私って色々駄目だー!ごめん、皆、私が頭ぱっぱらぱーなせいで!お金払います私!」
都はおもむろに財布を取り出す。
「いやいやいやー、今日は好きでやってますからー、それより早く火ぃ消して食べましょう~」
「ああ、ごめんなさい、パワハラ&技術泥棒な企画をしてしまって・・・・・・」
「いや、七瀬さん、気にしないでください。好きでやってますから・・・・・・おい、須波、いきなり駄目出しし過ぎだろ。七瀬さん、何日も前から企画してたのに」
「いや、だってさ」
「須波さん!もういいじゃないですか!食べましょうよ!はい!火ぃ消して!」千軸はケーキを切り分ける気なのか出刃包丁を逆さに構えている。
須波がふぅっと火を消した。
「夕くん、35歳か~、若いな~、私もう42よ~」
須波はユダの隣に腰を下ろした。
「まだ60年くらい人生あるじゃないですか」
ユダが千軸からケーキを受け取り、それを須波に渡しながら言った。
「えーっへっへっへ?私、100年生きる感じ?」
「生きるよ、都さんは生きる生きる」
千軸がケーキを都に渡しながら言った。
「うん、で、僕らが看取るよ」須波が笑いながら軽く言った。
ユダは驚いたように須波を見つめ、そして須波の膝に手を置いた。
須波はその手をぎゅっと握った。
「そっかー、そりゃぁ良い人生だなあ~」
「つかぬことお伺いしますけど、林さん姉弟ってどうしてイエスとユダなんですか?」
一通りケーキを配り終わった千軸は持参してきたチキンを皿に出している。
「あー!死んだ父母が『最後の誘惑』好きだったみたいで!」
ユダの姉のイエスが笑いながら言う。
「最後の誘惑?」須波が聞き返す。
「映画だよ」都が言う。都は映画に詳しい。
「え、姉ちゃんそれ俺初めて聞くんだけど」
「聞かれなかったし~」
「そういえば、ちょっと前に言ってた『まきまきまきまきって映画』って何ですか?」
「あー、それはねー、大林宣彦の映画で、そういう呪文が出てくるのがあんのよ。おじいちゃんと孫が空を飛んで過去に飛ぶの」
「『あの、夏の日 とんでろ じいちゃん』」
「目ぇつぶれぇ!息を止めぇ!」都が突然台詞を叫び、須波の手を握った。
「まきまきまきまきまきましょう、まきまきまいたら夢ん中」
須波も呪文を唱え出す。
「まきまきまきまきまきましょう、まきまきまいたら・・・・・・」
「なに、なになにこれ」
「何かが始まってしまった」
「皆さん、これ、チキン、チキンも食べてくださいね、チキン」

終わり

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