風力発電_風車_のコピー

【須賀川・玉川】風力発電所計画で高まる事業者への不信

法律の「未整備」が招く弊害 

 

 須賀川市小倉字東山地区の丘陵地で風力発電所の建設計画が進められている。現在、事業者による環境影響評価が行われているが、風力発電機(風車)が民家等に近接するため周辺住民から建設反対の声が上がっている。原発事故で甚大な被害に遭った福島県において、再生可能エネルギーの普及は重要課題だが、それにより住民が不幸になっては本末転倒だ。風力発電所の問題点を探る。

 風力発電所の建設予定地は別掲の地図の通り。同所は須賀川市中心部から東に約10㌔、玉川村に隣接する同市小倉字東山地区の丘陵地で、対象面積約64㌶。県に申請している事業名は「(仮称)須賀川・玉川風力発電事業」という。

対象事業実施区域-地図のコピー


 事業者は日立グループで再生可能エネルギー事業を行う日立サステナブルエナジー㈱(茨城県日立市、以下日立と略)。同社は連結子会社11社が全国27カ所で風力発電所を運営し、現在、須賀川市を含む3カ所で環境影響評価を行っている。

 須賀川・玉川風力発電事業では高さ約119㍍、直径約82㍍の風車を8基建設し、最大出力23㍋㍗を見込んでいる。生産した電気は東北電力に売電する予定だ。

 今年2月8日付の福島民友に記事が掲載され「2022年着工、2023年稼働を目指している」「事業費は数十億円に上る」などと報じられたが、実は、計画自体は今から8年前の震災直後に浮上していた。

 「当初は平田村も加えたもっと広いエリアに15基の風車を立てる計画で、事業名も『(仮称)沢又山高原風力発電事業』と言いました」

 こう話すのは平田村在住の津川治江さん。「田舎暮らしがしたい」と夫の隆信さんと一緒に同村に移住したが、震災後、自宅近くで風力発電所計画が進められていることを知り、反対運動に携わるようになった。

 「家から目視できるほどの近さに風車が立つことを知り、このままでは平穏に暮らせず、健康を害するかもしれないと危機感を抱きました。そこで、周辺住民にも呼びかけて建設阻止に動いたのです」(津川さん)

 事業者は沢又山風力発電㈱(福島市)という会社だったが、日立グループの企業が技術サポートを行い、住民説明会にも同行するなど深く関わっていた。

 津川さんが風力発電所に反対する理由――それは、さまざまな健康被害や日常生活への支障が各地で報告されているからだった。

 風力発電所をめぐり取り沙汰されるのが「低周波音」の影響だ。音には高低を表す「ヘルツ」という単位がある。1秒間に1回の周波数を1ヘルツと言い、ヘルツ数が多いと高い音、少ないと低い音になる。一般的に人間の耳は20~2万ヘルツまでを聞き取ることが可能とされ、これを可聴域というが、可聴域の範囲外の音、すなわち20ヘルツ以下の聞こえない音を「超低周波」、2万ヘルツ以上の聞こえない音を「超音波」という。一方、専門家によって「低周波音」の範囲は40ヘルツ以下とか80ヘルツ以下などと異なっているため、概ね100ヘルツ以下を低周波音と言って差し支えないようだ。

 この低周波音に暴露し続けると、不眠、だるさ、頭痛、動悸、イライラ、肩こり、耳鳴り、手のしびれといった自律神経失調症を思わせる健康被害が生じることが、全国の風力発電所近くの住民から報告されている。被害を訴える住民宅で騒音測定を行うと、100ヘルツ前後の低周波音が確認されるという。

 問題は、低周波音の被害には個人差があることだ。例えば同じ住宅に暮らす家族でも、親は健康被害を発症しているのに子どもには一切症状が見られない。夫婦でも、夫は辛さを訴えているのに妻は何ともない。低周波音に敏感か否かで、健康被害の有無に差が出てくる。

 距離の問題もある。普通、騒音は発生源から離れれば気にならなくなるが、低周波音は近くても健康被害が出ない人もいれば、逆に遠くても症状を訴える人がいる。

 事業者は「風車はギアレスで音がしない」とも説明するが、風の向きや強さによって風車からは風切音が発生する。太陽によって生じる影も、その角度や地形により2~3㌔先まで伸びる。風車が回るたびに影の有る・無しが繰り返されるせいで、目の前が常にチラチラした症状を訴える住民もいる。

 被害は人間だけにとどまらない。風車近くの牛舎では、風車が回っているときと止まっているときで牛の行動に変化が起きたり、発情期に狂いが生じて種付けに影響し、廃業に追い込まれた畜産農家もいる。海外ではミンク養殖農家で奇形の胎児や死産が頻発し、農家が事業者と自治体に損害賠償請求した事例もある。

 津川さんは、各地の事例をつぶさに把握する一方、関連書籍を読んだり専門家の講演を聞くなどして風車の弊害を知り得るようになった。

 「自分で実態を調査しようと、風車から1~2㌔離れた場所に自宅がある田村市在住の方に直接話を聞いたことがあります。その方も、家族によって健康被害を訴える人と、何の症状も出ていない人がいると話していました。脳みそが常に揺れているような感じで、不眠に陥ったため別の場所にアパートを借り、夜はそこで寝ているそうです。もちろん家賃は自腹です。事業者に苦情を言っても風車は止めないし、家賃も負担してくれない。対策を求めても窓を二重にしたり、遮音カーテンやエアコンを取り付けてくれる程度。『他にも辛い思いをしている人はいるはずなのに、なぜ声を上げないのか』と尋ねると、事業者から地域に〝協力金〟が支払われているため、不満に思っても文句が言えないんだそうです」(津川さん)

 津川さんがその人から言われたのは「風車が立ってから反対しても手遅れ。だから、絶対に立てさせてはいけない」という実体験に基づいたアドバイスだった。

 「住民の中には、風車が立てば観光地になるかもしれない、道路がよくなるかもしれない、草刈りなどの仕事がもらえるかもしれない、電気代がタダになるかもしれない、などと考えている人もいるようです。その可能性は否定しませんが、一度立ってしまえば撤去するのは簡単ではなく、風車がそこに存在し続ける限り健康被害や日常生活に支障を来すことになります。目の前の誘惑に負けて、その後の人生が台無しになっては元も子もありません」(同)

絶対つくらせてはいけない

 記者も実際の被害がどの程度なのか知りたいと、阿武隈山系の某風力発電所近くに自宅がある初老の夫婦に話を聞くことができた。風車は自宅から1・3㌔の場所に立っているが、記者が訪ねた日は悪天候で、その姿を見ることはできなかった。

 「この辺りには二十数戸あるが、半数近くが何らかの被害を訴えています。私と妻は風車が止まっている間も常に耳鳴りがしています。風切音も酷く、秋から春にかけて西風が吹くと、家の中にいてもはっきり異音が聞こえます」(ご主人)

 この地域では、被害を訴える住民が集まって組織をつくり、事業者に対応を求めたが、期待した成果は得られなかったという。

 「専用機器を使って室内と玄関先で騒音調査を行ったが、(環境省が定める)基準値内でした。しかし、低周波音の感じ方には個人差があるので、基準値内でも健康被害を訴える人は大勢います」(同)

 奥さんもこう話す。

 「私たちは『せめて部屋のガラス戸を二重にしてくれないか』と求めたが、事業者は応じてくれませんでした。事業者がしてくれたことは遮音カーテンを取り付けただけ。しかも寝室のみで、実際には遮音効果なんてありません」

 地域住民を対象に、建設前に開かれた説明会は「記憶にある限り一度だけ」(ご主人)で、事業者や規模を紹介する程度だった。風車に対する知識を持たない住民は特段反対することもなく、つくられた電気を引くための電柱を立てる土地も20年契約で賃貸したという。

 「電柱の地権者は『こんなことなら貸すんじゃなかった』『20年契約が切れたら土地を返してもらう』と後悔しています。風力発電所は稼働後にいくら反対しても無駄です。肝心なのは、絶対につくらせないことです」(ご主人)

 沢又山高原風力発電事業をめぐっては2012(平成24)年12月、県が公聴会を開いて住民から意見を募

った。津川さんによると、県には毎年、環境影響評価を伴う事業が複数申請されるが、公聴会が開かれるのは稀有だという。津川さんらの懸命の反対が県に「住民の意見をきちんと聞いた方がよさそうだ」と思わせ、異例の公聴会開催につながったと津川さんは理解している。

不誠実な対応に憤りの声

 最終的に、事業者の沢又山風力発電は津川さんらの訴えに理解を示し撤退した。ところが安堵したのも束の間、2017(平成29)年、事業者が日立に変わり、平田村を建設予定地から外し、風車の数も15基から12基(最終的には8基)に減らした新たな事業(前述の須賀川・玉川風力発電事業)を推し進めようとしたから、建設予定地周辺では再び反対運動が起きたのだ。

 津川さんと一緒に反対運動を展開するのは、実際に風車が立てば1~2㌔の範囲内に自宅がある須賀川市上小山田東山地区や玉川村四辻新田地区の住民だ。

 須賀川市の同地区在住・佐藤正子さんはこう話す。

 「この辺りで賛成している人は誰もいません。ここより標高が低く建設予定地から離れている地区では賛成しているが、無責任極まりない。いつだか開かれた住民説明会では、事業者に『健康被害のリスクがあるのに、どうしておたくらの金儲けに協力しなければならないのか』と厳しく文句を言ってやりました」

 玉川村の同地区在住・野本政雪さんは、自身の健康以上に気に掛けていることがある。それは、自宅隣で運営されている児童養護施設で暮らす子どもたちの健康だ。

 「縁あって児童養護施設は私の土地で運営され、私も運営法人の理事を務めているが、ここにはさまざまな事情から親と離れて暮らす子どもが十数人います。もし子どもたちに健康被害が出たら、事業者はどう責任を取るのか。低周波音の影響には個人差があり、もしかすると健康被害は出ないかもしれない。しかし、出る・出ないは実際に風車が立たないと分かりません。健康被害が出たら即撤去してくれるならいいが、そんなのは非現実的である以上、絶対に認めるわけにはいかない」

 野本さんが暮らす四辻新田地区では、日立が事業計画を表明した直後に風力発電を所管する経済産業省や県に反対要望書を提出した。このとき、風車の数は12基だったが、新たに今年示された事業計画では8基に減らされ、風車から民家までの距離も若干遠くなっていたという。

 ただ、野本さんに言わせれば「そんなのは小手先の変更で、事業者は住民が抱く疑問や不信感に正面から答えようとしない」。

 日立が行っている環境影響評価は現在、事業者が提出した環境影響方法書に知事意見が発出され、7月には経産省環境審査顧問会風力部会での審査を経ている。しかし、これらの前段に行われた方法書縦覧の際に住民から上がった質問に、同社は真摯に答えていないと野本さんは憤る。

 「質問の中身を見ると『低周波音による健康被害にどう対応するつもりか』『騒音や影の影響が心配だ』『風車の数を減らしたり、民家から距離を離すことでどの程度影響が軽減されるのか』と心配の声が多数寄せられていたが、事業者は『今後検討する』『情報収集を進める』『周辺住民との対話に努める』という決まり文句の回答しか行っていません。具体的な質問には具体的な回答をすべきなのに、これでは不信感しか募りませんよ」(野本さん)

 前出・津川さんも、日立の姿勢を厳しく批判する。

 「事業者は環境影響方法書の県とのやりとりで、周辺住民の様子を質問され『反対している人はいない』と大ウソをついたんです。(反対運動を行っている)私が傍聴している目の前で、そういうウソを平気で言うから信じられない」

 日立は住民説明会を地区ごとに開いているが、それだと参加者が少なく、反対意見を述べたくても述べづらいため、津川さんは複数の地区をまとめて住民説明会を開くよう求めている。しかし、同社は頑なに拒否し、今後も地区ごとの開催を続けるとしている。

 「事業者は、反対住民が束になったら厄介なので、参加者の数が一気に増える合同説明会を絶対に開こうとしません」(同)

 そんな津川さんらが心配するのが建設予定地の行方だ。というのも同所は国有林で、風力発電所の建設に当たっては国(林野庁)が日立に貸し付ける形を採る。津川さんによると、同社は経産省環境審査顧問会風力部会の中で林野庁と協議していることを明かしたが、具体的にどこまで進展しているのか。

 関東森林管理局福島森林管理署白河支署の担当者はこう話す。

 「(国有林の)貸し付けに関する協議をしているのは事実だが、事業者には『周辺住民の理解と協力がないと(建設は)難しいのではないか』と伝えています。周辺住民との間に溝が生じているのだとすれば、それを埋める努力をしてほしい。稼働してからのトラブル発生は最も避けなければなりません」

 日立に取材を申し込むと「社長と担当者は全国各地を出張しており、返答は難しい」として、親会社である日立キャピタルの広報担当者が応じた。しかし、いくら質問を変えても戻ってくる回答は同じだった。

 「現在、環境影響評価を行っていますが、その結果が出ないと事業の今後の行方は定まらないと考えています。周辺住民への説明も、きちんとした結果に基づいて行うべきと考えています。事業を強行に進めることは決してありません」

「福島方式」の規制つくれ

 取材を通じて感じたのは、なぜ風力発電所を規制する法律がないのかということだ。例えば、風車と民家の距離は最低何㌔離すとか、周辺住民にはこのような形で理解を求めるとか、健康被害への対応など、法律に明記されていればトラブルは減るのに、現状は事業者任せの対応になっている。

 法律がないから行政も強制力を伴う指導ができない。国(経産省)は電気事業という位置付けで各種申請を受け「トラブルは極力回避しなさい」という程度の指導にとどまり、県も環境影響評価に基づき「こういうことを求める」と意見を述べるだけだ。極端な話、悪質業者なら「法律がないのだから強引に進めて構わない」と住民を無視して建設することだって可能だ。

 県環境共生課も次のような見解を述べるにとどまる。

 「住民から寄せられたさまざまな意見はすべて事業者に伝えている。ただ、それは法律、条令、規制等に基づいた行為ではなく『トラブルがないように努めてほしい』という要請にとどまるのが実情です」

 原発事故で甚大な被害に遭った福島県において、再生可能エネルギーの普及は重要課題だ。しかし、普及を急ぐあまり、建設予定地周辺の住民が不幸になっては本末転倒だ。法律がなければ、内堀雅雄知事が先頭に立ち「福島方式」と呼ばれる独自の規制をつくればいい。事業者任せでトラブルは見て見ぬフリ、そのくせ、声高に脱・原発を叫ぶなんて虫が良すぎる。


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