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20230908 習作的文章

 エアコンに当たり続けるのはよくない。なにぶん私の安アパートは壁が薄いから、熱気と日光でホットプレートのようになった外壁の熱が内装まで伝わって、赤外線になって畳の万年床の上の私を焼く。そのくせ室内の空気はエアコンで冷たく保たれているから、体表面ばかり温まって、体の内部は冷えてしまう。これで自律神経がいかれないはずはなかった。
「もう仕事回せませんよ」
 暑い夏だった。外へ出るのが命取りになるような。私は日雇いの現場に出ることを厭うた。休みを乞う私のまいり切った魂に、恨みがましい上長の電話越しの一言が響いた。スマホを切って、汗をたっぷり吸って私以外の鼻にはひどい臭いに感じられるだろう布団の傍に放り出す。シミだらけの畳の上を、黒くくすんだ樹脂のボディが滑っていく。寝転がったままでは届かない位置まで行ってしまって、私は思わず悪態をついた。そのまま伸びをする。身体中が軋んで、40過ぎの凝り固まった身体中の筋肉と、死にかけた血管が、ぎりぎりと嫌味ったらしい叫びをあげた。
 とにかく気分が悪い。背中が痛む。もうずいぶん散歩のノルマを履行できていない。金もない。家賃滞納をした時の、あの現実から目を背ける態度特有の、倦怠感を伴うぬるい絶望を思い出す。今度は追い出されそうだ。生活保護の方がなんぼか楽だろう。
 私は天井を見つめた。そして、天井から自分を見下ろしてみた。そこにカメラが据え付けてあって、見下ろされている自分を想像してみるのだ。黄ばんだ敷布団で、掛け布団も毛布も蹴っ飛ばして、履きっぱなしのパンツ姿の、痩せこけた茶色い中年男性が転がっている。かびつつある畳と木造アパートの古い臭いの中で、貧困に焼かれながら福祉の誘惑に冷えている。ヒゲもずいぶん長い間剃ってない。体をボリボリ掻けば、すぐに爪が黒くなる。ああ、気分が悪い。深呼吸をしてみるが、肋骨が固まっているのか、ろくすっぽ息が吸えない。空気が足りない感じがする。自分の姿を想像するのをやめる。いつかの食い残しがプンと酸っぱく鼻をつくコンビニ惣菜の透明カップに残った爪楊枝を取り、爪の間の黒い垢を抉り出してみる。怠惰と貧困の中で私は、壊れつつあった。

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