推しの前では不可抗力 2話
「この声聞く限り絶対に本人。くまPがJKとカラオケデートしてた。彼女いないって言ってたのは嘘だったんだね」
7000いいね……300件拡散されてる。さっきまで快適だった冷房の風が、突然体温を奪っていく。この動画どうやって撮ったんだ……?モザイクは一応かかってるけど隣に映ってるのは確実にいるか。昨日のカラオケで撮られてた……!最悪だ。
「いるか!」
「あ〜っと、私トイレ!ツバメいこー!」
「昨日のことだけど!」
「やば!移動教室なの忘れてた……!ごめん後で」
――
分かりやすく避けられてる。
くそ〜……。プライベートの時もかなり気をつけるようにしてたのに……。昨日は高校生っぽいことができて楽しくて、気を抜いてた。いる、もう俺と関わりたくないのかな……。
最初に話した時、ファンの子だとわかった。それも、よく見てくれているファンの子。数日前まで男子校にいたから、視聴者が身近な友達にはいなかった。だから超びっくりしたし焦ったけど、嬉しかった。
俺の歌を聴いている時の表情が忘れられない。ただのファンの子がちょっと気になる存在に変わって、浮かれてた。
「調子乗ったな……」
いつもの癖でSNSのアナリティクスを開く。一晩で2000人フォロワーが減った。
やっぱ他の男子校に転校すべきだったか。正直ファンビジネスをやっている以上、実生活で女子との接点は少なければ少ないほど良い。
テテテレレレン♪
「社長……お疲れ様です」
「事務所で話そうか」
――
「まぁ現役高校生だししゃーないけどさぁ」
「すみませんでした」
「いい感じの子ができたなら教えておいてほしかったな」
「いや、そういうのじゃ……」
「え、そうなの!?」
「いや、編入先で同じクラスになって……(カクカクシカジカ)」
「なんだそっかぁ。ていうか、初日からバレちゃったのね……(笑)」
「はい……すんません。でも今後は気をつけます」
「で、その子のこと気になってるんだ?」
ニヤニヤしてんなおっさん……
「くまっちがそんな異性に積極的になるなんて珍しいじゃ〜ん」
「そんなことないですよ!!」
「え〜せっかくとっておきのデートスポット教えようと思ったのに〜」
「……なんですかそれ」
「聞きたいなら素直になりなさい?」
「いや……まだ知り合って数日ですよ。まぁでも、なんか、一緒にいる時の自分が好き……というか心地いいな、みたいな?むずかしいことは分かんない!!」
「ふふっ」
「笑うだけなら帰る!!!」
「ごめんごめん、今送った」
「桜街ステートヒルズ……マンションじゃないすか」
「まぁまぁ、行ってごらんよその子連れてさ」
「?まぁ、わかりました。避けられてるみたいなんで行けるか分かんないけど」
――
朝日くんのことを避けてしまっている……!話しかけてくれているのに……。
今朝起きたらくまPが炎上していた。しかも、私とカラオケにいた時の動画が晒されて……。あの動画を載せた人がうちの学校にいる可能性もあるし、なるべく接触しない方がいいよね……。
ピコン♪
「東京都〇〇区〇〇町2−4−5 5001に来て。18時で。この前のことで話がある」
!?!?!?!?!?!?
え……。私…………。暗◯される?
私の人生ここで終了?まぁでも推しのために散れるのなら本望か……。
ピンポーン。
なんか変な妄想してたら来ちゃった……。ってか50階ってたっか……。ここに住んでるのかな?さすが売れっ子だなぁ。
「いる!?やばい!!」
「え!?なに!!」
「ちょ、やばい!」
「なにが!」
ガチャ。
「一旦中入って」
「!?!?」
「ひっっっっろ……」
「やばいよね!!!」
「あれ?朝日くんここに住んでるんじゃないの?」
「ううん、今日初めて来た」
「え、じゃここは何……?」
「えっと……事務所の社長の置き手紙があって……はい」
「?」
(ここなら盗撮できるやつもいない。デートにはここを使いなさい。避妊は必須です)
ひ!!!!!!!!!!!!!
とっさに腕で体をガードする。この社長イかれてるんじゃないの!?
「社長冗談のつもりだろうけどキモいよなぁ(笑)あ、ごめん!俺に対してふざけてるだけで根は真面目だし悪い人ではないから!こんな置き手紙見たあとで信じらんないと思うけど……」
「はぁ……」
「あ、あと、当たり前に俺はそんなつもりないから!ごめん……警戒するよね」
どこか、これまでの朝日くんと違う。いつもより早口で、私の肩あたりの謎の部位に視線をやったまま喋り続けてる。どうしたんだろう。
「大丈夫だよ」
とっさに手を握る。
「!!!……あの、迷惑かけちゃってごめん。もうああいうことには巻き込みたくない。でも……。」
「でも……?」
――
手を握ったままいるかが見つめてくる。なんでか分かんないけど安心する。
「……時々でいいからさ、またデートしてくれない?」
「!!!」
「俺好きなの!」
「!?!?」
「いるかと一緒にいる時間が!」
「で、デート……?」
「うん。ダメ?」
ーー
子犬のような目で朝日くんが見つめてくる。突然恥ずかしくなり、手を離す。
「私で良ければ……!」
「嬉しいっ!ねぇ、ちょっと探検しようぜ!」
いつもの朝日くんに戻った。
「社長の奥さんの家なんだけど海外の仕事でいないから使って良いんだってさ」
「へ〜」
「……」
「どうしたの?」
ドーン!(キングベッド)
「でか!(笑)ねぇいる、どっちが綺麗にベッドダイブできるか選手権やろうぜ」
「え!……お先にどうぞ」
「いきまぁす!とりゃっ!」
ボフン!
「めっちゃ跳ねる!w楽しいわこれ!いるもやってみ!」
「い、いきますっふんっ!……うわぁ!」
ーー
いるかが着地0秒で倒れ込んでくる。
「大丈夫?」
あ、女子の匂いだ。柔軟剤?甘くて、嗅いだことのない匂いがする。肩を掴んだら折れそうなくらい細くて、女の子だってことに気づいた。いや、女の子なのは知ってたんだけど。可愛……
「んがっ」
「ははっwwwいる豚さんだ!」
「最悪……。恥ずか死する……」
「やめてwwwwwwいきなりなにwwwツボwww」
「……ふふっ。好きだなぁ」
……え?
ドッドッドッドッ。一気に首の後ろまで熱くなる。いるがハッとした顔をする。なにその表情〜……。「好き」って、こんな威力あるのか……。
「いる……」
ピコン♪
なんだよこんな時に!スマホをチラ見するとクライアントの名前が目に入る。……あ〜急ぎっぽいな。
カッカカッカッカッ。
「……ちょっとごめん」
曲の調整依頼が来ている。カバンから無造作にヘッドホンを取り出して片耳に押し当てる。
「ん〜〜〜……。♪〜……。いや、♪〜か」
テテテレレレン♪
「はい、お世話になっております。情報解禁が19時ですよね。フライヤーの素材も送っていただいても大丈夫ですか?はい、そうですね、20時から配信します。はい、ぜひ!失礼します」
テテテレレレン♪
「はい。いやびっくりしますよ。来てますけど。あ、別件ですか?うお!え、堪忍堂ってあのゲームの?すげぇ!!もう決まりですか?来たぁ!ありがとうございます!スケジュールだけちょっとお願いします。はーい」
うわぁまたデカい仕事決まった……!炎上中なのにクライアントよくいけたな。さすが社長。
ピコン♪テテテレレレン♪
「もしもしツバメ?どしたの」
いるの電話か……。ツバメ……っているが一番仲良い子だよな。
――
「いる!この前カラオケ行った?」
「な、なんで!?!?行ったけど」
「え、で、朝日くんがあんたの好きなあの人だったって知ってたの!?」
「!?」
なんでツバメが知っているんだろう。まだ言えてなかったのに。
「ごめん、言わない方がいいのかなと思って……」
「いやもうこれはかなりの人に知られちゃったよ」
「?どういうこと」
「いると朝日くんがカラオケにいる写真が晒されてんの!」
「あ〜!ツバメあれで分かった?モザイクかかってたのに」
「?かかってないよ」
「え?」
「2人がイチャついてる風の写真が流れてきたの!」
え……?心臓が痛い。
「いる……」
――
「やっぱりモザイクなしで載せます」
4枚の写真が10分前に投稿されている。俺がいるかの頭を撫でているものや、見つめ合っている(ように見える)ものなど、誤解されても仕方ないようなものばかりチョイスされている。
同じ人か……。あぁぁぁぁぁなんで!こんな連続で晒されたらやばい。俺年齢不詳キャラだったのに高校生ってバレたし、顔も出ちゃったらこれまでのブランディング水の泡じゃん……。
「来週ライブできるかなぁ……」
信用を失った活動者は業界から消されることだってある。不倫騒動で引退した先輩もいる。俺は法律違反をしたわけでも実害を出したわけでもないけれど、こういう色恋沙汰は大きな波紋を呼ぶ。
「ごめん、今日は帰って」
「……ごめんなさい。あの……帰るね」
テテテレレレン♪
「……はい」
「やってくれたねぇ」
「すんません……」
「いや〜同じ人でしょ。これは陰湿だ。なんか恨みでも買ったんじゃないのか?(笑)」
「来週……ライブ中止になりますかね」
「…………。ならないよ。」
「そう……すかね」
「おい、お前、もっと気遣わないといけないことがあるんじゃないのか?」
「え……?」
「相手の子だよ。一般の子が、活動者の彼女疑惑でネットに顔晒されてみろ。名前学校住所まで特定される危険性があるし、ファンの子たちの怒りはお前以上にその子の方に向くんだからな」
「そ……うか」
いるのこと、全く頭になかった……。あれ、いる……俺がさっき帰したんだった。いるも不安だったはずなのに、俺は自分のことしか考えてなかった……。
ありがとうほんとうありがとう