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推しの前では不可抗力 1話

 「突然ですが、明日からうちは女子校と合併になります」
 「……」 

 はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?

 「急だが決まったことだそうだ。うちは事実上の廃校となったが、私立夢咲学園(ゆめさきがくえん)と合併し、在校生はそちらへ編入することになった」

 まだ乾ききらない汗が首筋を伝う。夏休み明けの登校日ってだけで十分気落ちしているのに、こんな展開最悪だ。俺は男子校で平和に暮らしたいのに!

 「男子校がよかったのになぁ!」
 「はぁ!?陽(はるか)、お前頭おかしいぞ。女子校に編入なんてパラダイスじゃねぇかっ……!ドラマでしかありえない神展開だぞ」
 「むっつりスケベなお前とは違うんだよっ!分かってんのか?女子がいたら汗の臭い対策とかしねーと「なんか臭いよねw」って陰で言われてクスクス笑われんだぞ?(笑)」
 「た、たしかに……小学生の頃から女子って怖かったもんな。……いやいや!でもお前も女子と下校したり制服デートしたりしたいだろ!?」
 「したいけどしたくない!」
 「なんだお前めんどくさいやつだな!絶対モテねーぞそんなんじゃ!」

 俺だって女の子が好きだ。彼女欲しい。男子校に入ったから当たり前に出会いなんてないし、誰かと付き合った経験だってもちろんない。でも俺には共学は危険すぎるんだよ……。だって……。

 テテテレレレン♪

 「はい」
 「おーごめんごめん、学校終わった?早くて悪いけど今から来られる?」
 「分かりました!なんか漏れありました?」
 「冒頭だけちょっと撮りなおしたいって」
 「お、了解っす」

 やべ、のどるーる切らしてるわ。買ってから行こ。駅の近くのドラックストアに寄って、タクシーを停める。

 「お疲れ様ですっ」
 「お!来たか!さっそくスタジオ入って〜」
 「はぁい!要望ってどんな感じできてます?」
 「高音のとこ、もっと頭から出してほしいってさ」
 「♪〜〜〜こんなん?」
 「よく一発で正解出せるよなぁ……。録っちゃおう!」

 朝日陽(あさひはるか)16歳。ネット上の活動名は”くまP”。顔出しせずに活動する動画配信者だ。「歌い手」と呼ばれるジャンルのクリエイターで、配信内容は歌・トーク・ゲーム実況など。2年前、大きな感染病が流行って部活動停止になった際、本人曰く暇つぶしで投稿した「歌ってみた」動画がたまたま1本目からバズり、あれよあれよという間にもうすぐ総フォロワー数は40万人。単独ライブでも箱をぎっしり埋められるため、”今キテる歌い手”と最近では評されている。うちのこれからの稼ぎ頭。

 「社長聞いて!俺の学校共学になるらしいんすよ!やばくないすか」
 「……は?」
 「明日から女子校と合併」
 「え、お前やばいじゃん」
 「やばいっすよね?」

 くまPの視聴者層のうち9割が女子の中高生。あえてかわい〜い感じのチャンネルにプロデュースしてきたから、男子校にいれば朝日陽がくまPだとバレることはほぼ100%ない。しかし、女子校に足を踏み入れようものならすぐバレるはずだ。

 「……転校しないのか?」
 「う〜ん、それもぶっちゃけアリっすよね」
 「いや〜でもまてよ……くまっち、作詞もやりたいって言ってたよね?」
 「?はい、そっすね」
 「じゃあ、いっか♡」
 「え?(笑)なにが?」
 「いいじゃん、女の子と接してないと女の子に刺さる曲は書けないだろ」
 「たしかに!?」
 「彼女できたら報告はしてネ」
 「え!彼女作っていいの!?」
 「彼女できない心配がないあたり、恋愛経験が乏しそうだねぇ(笑)配信者も人間なんだから恋くらいしていいだろ。ただ、ファンの子たちに真摯でいなきゃダメだけどね」
 「じゃ、とりあえず行ってみる!」
 「くれぐれもくまPだとバレるなよ」
 「マスクしてく!」
 「あと声!お前の声でかいから、抑えめでな」
 「ほい!」

 ――

 「うちのクラスには3名編入することになった。じゃあ朝日くんから自己紹介お願いします」
 「朝日陽です。よろしくお願いします」

 うわぁすげぇ女子ばっか……!女子30人に男子3人て!www残りの男子二人も知らないやつだし超アウェーじゃん。でもたしかに、これは夢があるな……。あいつ今頃鼻血出してねーかな(笑)

 まぁ俺にとってかなり危険な環境なのも確かだわ。社長に言われた通り大人しくしてよ。

 「趣味は……音楽を聴くことです」
 「はい、ありがとうございます。じゃあ次、佐伯くん」

 「ねぇねぇ!音楽何聴くの?」
 「……ボカロとかかな」
 「朝日くんだっけ?よろしくね〜!」

 いきなり男が入ってきてもわりと歓迎されるんだな。よかったよかった。

 ーー

 「まりあちゃん、朝日くんカッコ良さげじゃない!?」
 「え〜?そう?」
 「私も思った!絶対あれマスク外してもカッコいいよ!彼女いたりするのかなぁ」

 ふーん、朝日陽。あれが一番人気なのね。前髪はうざいけど、たしかに落ち着いた雰囲気があってなぜか目を惹く。

 彼氏候補No.1ね。

 ーー

 (その頃陽は)

 ……やべぇ!トイレ行きたい!いや、でもホームルームの途中でトイレ行ったらちょっと注目されちゃうよな!?今じゃないよな!?やめとこう。

 (内心全く落ち着いていなかった)

 ーー

 「漏れる漏れる〜!!!結局タイミングうかがい続けてたら下校時間になっちった〜!ってかトイレどこ!」

 危なかった……。ふぅ。女子校の中に入るなんてどうなるかと思ったけど意外と誰にもバレなかったな。さすが俺〜♪

 ……でもちょっとバレたい気持ちもあるよ正直。顔出ししてないから、ライブはできてもファンと顔をあわせて話すことなんてできないし、いまいちファンがいる実感がないんだよなぁ。

 「♪〜〜〜」

 お金のある学校なのか、ここは廊下まで空調がきいている。クーラーがどこにあるのか見上げながら歩いている時だった。

 ぼふんっ。

 「!!すいません!」
 「すいません!大丈夫ですか?」
 「あっ!」
 「?あの〜」

 目の前の女子が目を丸くしている。

 あれ、バレた!?バレちゃった!?

 「ごめん……えと、同じクラスの岸いるかです」
 「あぁ……!ごめん、まだ全員覚えられてなくて……」
 「……全員同じに見えるよね」
 「さすがにそこまでじゃないよ(笑)」

 よかった……。クラスメイトの子だったのか。さすがにそこまでじゃないって言ったけど正直制服みんな一緒だし識別ムズいんだよなぁ。

 「男子トイレここにあったんだ……」
 「そう!遠くてめっちゃ不便!」
 「あは……あっ……そうだ朝日くんってくまP聴いたりしますか?」
 「え!?!?な、んなんっで!?」

 やばいやばいやばいやばい!一発目でバレた。どうする?よりによって同じクラスの子かぁ。

 「?いや、今聴こえてきて。キミコイっていうわりと新しい曲だからアカペラバージョンなかったはずなんだけど今すごいそれっぽい音源が聞こえてきたから公開されてたっけと思って……」
 「……いや、えっと……」

 あれぇ?この子めっちゃ見てくれてるな。ファンなのかな。え、なおさらやばくね?

 いや、でも正直嬉し〜……。

 「あっすいませんいきなり分かんない話しちゃって!じゃ、じゃあまた明日……」
 「……まって!」
 「?」
 「ちょっとこっち来て」

 この時俺はもう社長に言われたことなんて忘れていて、目の前にファンがいる事実にただ興奮して、彼女の腕を引っ張っていた。

 「……」
 「あの……どうしたの?」
 「これは、内緒でお願いします……」
 「え、だからどういう……」
 「スウ……♪〜〜〜」

 あ、なんだろうこれ。泣きそうな顔で一緒に口ずさんでくれてる。つられて歌ってる俺も泣きそうになる。キャラじゃなさすぎるんですけど!(笑)……岸いるかちゃん。編入したクラスに、俺のファンの子がいた。

 ――

 「ここの購買のパン美味しい!」

 さすがお嬢様学校。購買のパンは、前ケータリングにあって超気にいった表参道のパン屋みたいな味だし、自販機充実してるし最高だ〜〜〜。

 「焼きそばパンうめえ!」
 「おいしいよね……」
 「どうした?いる、元気ない?」
 「ななななな、なんでもないデス!!!」

 う〜ん、女友達できるの久々すぎて正解がわからん……。嫌がってる?嫌がってはないか!ファンの子だし!

 ――

 「佐伯ゲーム好きなの!?俺も結構やるよ!」
 「お、まじ?なにやんの?」
 「RPG系かな〜ホラゲもやる!」

 同じクラスになった他の男子二人。一人は渡辺。多分かなり真面目なタイプで、席も遠いからまだ話したことはない。俺ら男子が入ったから今までの席順がリセットされて出席番号順になった。で、常時出席番号1番の俺、7番のいるかを挟んで隣にいるのがもう一人の男子の佐伯。佐伯はバスケ部のやつってのは知ってたけど、同クラになったのは初。結構趣味合うしノリ良いから仲良くなれそうだな。

 「いるはゲームやんないの?」
 「えっと……ゲームは全然……」
 「え〜!おもろいのに!スマホでできるのもあるからさ」
 「岸さん……だよね?岸さんはもともと陽と知り合いだったの?」
 「う、ううん!初日の放課後に……」

 おいおいおいおい!言っちゃダメよ!男子だからといって昨日のことは……!

 トントンッ。つま先でいるかの上履きをつつく。いるかが足元を見てから俺の方を見上げたところでとっさに人差し指を口に当てる。

 (しーっ。)
 (!!!)

 「ほ、ほ放課後にちょっと話して」

 ホホホ……。いるかは焦ると一音目が3つになるらしい。やべ、これ気になるの俺だけ?(笑)佐伯は真面目に聞いているらしいけど、この温度差も面白くて顔がニヤける。

 「そっか〜。でも俺も不安だったから陽と岸さんと喋れるようになれてよかったわ」
 「特殊な状況すぎて混乱したよね……」

 いるの言う通り特殊な状況すぎる。どうする……?俺の素性を知ってる人がいる事に安心しちゃってるけど、これ大丈夫なのか……?いるが俺を隠し撮りしてSNSで晒すリスクだって……ま、ないか!俺のファンだもん!

 ――

 「陽、岸さんと距離近くね?」
 「え?そう?」
 「うん。まりあちゃん?って子とかさ、他のぐいぐいくる女子とはあんま喋ろうとしてないじゃん?けど岸さんにはノーガードって感じに見えるからさ〜」
 「ガチ!?そういうの分かんの?まじなんも考えてなかった」
 「お前もしかしてかなり無自覚なタイプ?それできたらすぐ彼女できそうじゃね?」
 「え、まじ!彼女できそう?俺」
 「できそうできそう。陽普通に雰囲気イケメンだしな。」
 「イケメンでいいじゃんそこは!!!」
 「声でかいから減点〜(笑)いや、てかまじで、あんまり思わせぶりはすんなよ〜無自覚が一番罪だからな!じゃあな」

 思わせぶりね〜……。いるは俺のファンなだけだよ。くまPのことが好きなだけで、朝日陽を好きなわけじゃない。

 いつものようにスマホを開く。SNSを開けば、常に99件以上のDMリクエスト。「大好き」をたくさんもらっている。この子たちは朝日陽を知らない。くまPが好きで、くまPに期待してる。だから、ファンの子の前ではほぼ無意識にスイッチを入れ替えてると思う。くまPとして、くまPらしく振る舞ってて、俺は今たぶんいるの前でもそうだ。俺って、今更朝日陽として恋愛なんてできんのか……?

 ――

 「いるかちゃんもう帰るの〜?」
 「まりあちゃん……うん。帰宅部だから」
 「へ〜。陽くんは部活入らないの?」
 「俺も帰宅部!!!」
 「中学の時とかは何やってたの?」
 「テニスやってたよ」
 「え!私今テニス部!」
 「そうなん!いいね」
 「久しぶりにやりたくならない?部活の後だったらコート使えるよ」

 ん、なんかいるいつもと違う……?

 「じゃあね……」

 「ね〜明日とかどう?まだラケット持ってる?」
 「んー!あ、ごめんまた今度」
 「えっ?ちょっと待って……!」

 急いでカバンを持ち、いるかのあとを追いかける。

 なんか悶々と考えてる……。別にいつも元気キャラってわけじゃないけど、わたわたしてて必死に生きてる小動物みたいなんだよな。でも今日のこれは明らかに沈んでる……俺にも気づいてないし。

 「!!!?!?」
 「お、気づいた」
 「えっえ、いつからいた???」
 「ん〜?さっき」
 「……」
 「今から暇でしょ?」
 「暇……です」
 「ちょっとデートしようぜっ!」

 ――

 「よっしゃ!いくぜぃ!」

 あれ……。私家で配信きいてる……?考え事してたら知らない間に帰ってきちゃったんだ。聞き慣れたくまPの配信開始の合図が耳に響く。なんかいつもよりエコーかかってる?なんかライブ音響みたい〜!

 「あれ?」
 「あ、いるか、俺1曲目入れたけどいい?」
 「くま……コホン。朝日くん……」

 あ、そうだ。推しとデートっていう目の前の事態を飲み込めきれなくて脳みそがショートしたんだった。なんでこうなったんだっけ……?くまPはなんでいきなりデートなんか……。

 「……ほらいるか。ちゃんと聴いててよね」
 「あ、はい!なに歌うの……」
 「♪あのねハグしちゃだめ?本当は君が好きだからっ隠してた〜けどこの気持ち届いてっ♪」

 ――

 ……そうそうその顔。こんな俺なんかの歌を、宝物を見つけたみたいな瞳で一生懸命聴いてくれる。歌詞を全部覚えて、一緒に口ずさんでくれる。気持ちいい……。

 あれ……?今日俺、朝日陽として恋愛できるか確かめたくてデートに誘ったんじゃなかったっけ!?結局くまPとして歌披露して気持ちよくなってんじゃん……!推しとファンの交流になってんじゃん!

 いるかの方に目をやると、目を閉じて歌に耳を傾けてくれている。はぁ〜〜〜……。尊い。

 一般的に、「尊い」って言葉はファンが推しに対して持つ感情だと思われてるけど、逆でもあることを知ってほしい。誰からも知られていなかった俺を見つけてくれて、まっすぐ愛を伝えてくれる。行動や言葉で示してくれる。活動者から見て、ファンの子の存在ほど尊いものはない。

 なんか色々難しく考えてたけど、この子が目の前で喜んでくれてるのが一番嬉しいかも!!!

 「ふぅ〜〜〜!どうだった?」
 「ほんとに本物ダ〜!すごい感動した!」

 あれ……?今の褒め言葉はなんかもモヤモヤする……。本気で喜んでもらえたと思ったのに……。

 「……どっちがほんと?」
 「へっ?」
 「歌い始めの時の顔と歌い終わった後の顔、ぜんぜん違うじゃん」
 「えっと……」
 「いるかは俺のこと好きじゃないの?」
 「ふぇ……!?」
 「本当の気持ち教えて」
 「えっと……。ごめん」

 言葉に詰まる。目が泳ぐ。なんで俺こんなに動揺してるんだ?なんで「好きじゃないの?」なんて聞いちゃったんだ?いきなり恥ずかしくなって、立ち去りたくなる。

 「飲み物取りに行ってくる」
 「本当は……大好き」
 「!!!」

 いるかが顔を赤くして小さく告げる。俺は同じ姿勢のまま、動くことができずにいた。

 「くまPの歌が大好きで、それを生で2回も聴けて、なんか心臓がぎゅうううってされて、ずっとこの瞬間を待ってたんだ、みたいな感じがなんでかわかんないけどしてきて、それで涙が出てきて。こらえたけど。でも本当に幸せで、生まれてきてよかったと思ったり……で、でもこんなガチ恋勢みたいなのがクラスメイトなのは嫌かなって思って……」

 あぁ。この子はこんなにもくまPを大事に想ってくれているんだ。俺の片側は、こんなに愛されている。くまPとしての俺を好きなだけだとかいって卑屈になってた自分がバカバカしい。くまPも朝日陽もどっちも俺じゃんね。あー……、なんか泣きそう。

 ぽふっ。頭に手を置くと、いるかも泣きそうな顔をしている。こういうのは……始まりじゃないのか?

 「うれしっ」

 嬉しすぎてニヤニヤが止まらない。俺は、いるのことをファンの子って勝手にラベリングして、それ以上見ないようにしてた。……見ないほうが楽だったのかもしれないけどな……(笑)

 「あの……今日はなんで誘ってくれたの?」
 「もっと仲良くなりたいじゃん!てか、連絡先交換しようぜ〜っ」
 「えっ、あ、えっと……QR出す」
 「うん!!あ、時々鼻歌送っていい?」
 「え!?鼻歌!?な、なんで?」
 「この歌い方どう〜?とかさ、聞きたい!」

 女の子とプライベート用の連絡先交換すんのいつぶりだろ。なんか、今日は良い日だったな!

 ――

 翌日、俺は初めてのことを2つ経験することになる。

 それは活動者が最も恐れること。最悪の場合、活動に終止符を打つことにもなりかねない重大な事件。盗撮と暴露だ。







ありがとうほんとうありがとう