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小説『空生講徒然雲10』

「ドッドッタリドタリバタリタタリタッタ」カワサキW650の排気音とあらゆるメカニカルノイズ、べべルギアから伝わる鼓動は、すうんと夜の闇に吸い込まれていった。私は一年ぶりの『もの思う種の世界』を久しぶりに走る喜びにうっとりしていた。
『もの思う種の小径』を無駄にいったりきたり「ぬいて」楽しんで走った。私の『もの思う種の世界』での暮らしは、まだらな色と穴だらけの写真のような半壊した記憶しかない。それが御師というものであるらしい。

そうして私は「ドッドッタリドタリバタリタタリタッタ」あそびまわりはしりながら北の山里にむかっていった。たどり着いたのは山里の懐に拡がる『もの思う種の世界』と『もの生む空の世界』との境界にあらわれた仮初めの古墳群だった。
北の山の麓に拡がる山のおわりとはじまりには、関東平野のおわりとはじまりがあった。はじまりとおわりが交差するゆるやかな台地にあるのは大きな古墳群を囲った公園だ。

北の山の麓は寝そべるように長くだらだらと関東平野との境界を引いていた。古墳群はその山の腹に抱かれるように点在している。この土地には大小の墳墓が数え切れないほどあるのだ。
千五百年前をものがたる華やかさと畏怖はわずかに残っていた。近づくほどに雄大だ。どこまでが複製で、どこまで忠実に再現されているのか私には分からない。けれど、誰にでも登れる古墳は私の脳をいつも刺激するのだ。それが土地の者らに親しみをうんでいた。かれらにとってはたいせつな憩いの場であり散歩道だった。
これが、『もの生む空の世界』への入り口だった。北から南に下るほど墳墓は古く、複製埴輪や土器は南向きの関東平野に向かうかたちに飾られていた。この夜、私はカワサキW650を古墳群公園内に乗り入れた。
三六五日に一日だけある『もの思う種の世界』から空上がりの儀式の『まじない』を御師は許されていた。

仮初めの古代火が古墳の高みに整列された土器の中で燃えていた。
盾持人は松明を片手で振り、私とカワサキW650を誘導してくれている。それが盾持人の役割なのだ。盾持人にとっては動く鉄塊も馬も同じなのだ。
「ドッドッタリドタリバタリタタリタッタ」カワサキW650の排気音は唸る。
「どうどうたりどうどうたりたたリたった(堂々タリ堂々タリ祟リ絶ッタ)」盾持人は叫ぶ。
私はこの古墳群でひときわ大きな中二子古墳に誘導された。
墳丘の全長は一一一メートル、外堀を含めれば一七〇メートルの堂々とした前方後円墳だ。その内堤は途切れることなくぐるりと墳丘を周っていた。
私の跨がるカワサキW650は古代火で彩られた内堤を、土煙を上げながら幾重も周り走った。内堤の円周路は排気煙と土煙でいっぱいになった。
逃げ場をなくしたは煙は、雲海が山からこぼれおちるようにだらだらと外堀と内堀を埋めていった。

やがて、墳丘の二つの高みを残して辺り一面は灰色に煙っていった。その色は私のつむじいっぱいにうかびながれる『?』とまったくの同色になっていった。そのとき『?』はぐいんと伸びて墳丘に向けて西から東へ釣針のように飛んだ。『?』は一つの高みを越えてもう一つの高みに食いついた。カワサキW650の前輪は内堤か墳丘側に激しく切れ込むと内堀の底から、ばうんと一気に高みを駆け上がった。勢いそのままに後円の山から前方の山に鉄塊が暴れるように滑り込んでいく。すると『?』はもう一踏ん張りして夜空へと飛んだ。ばるばるばるるるんと雷のような衝撃音とともに私とカワサキW650は『?』に引き上げられていった。

私は『もの思う種の世界』の地から『もの生む空の世界』の夜空をとんでいた。

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