【マジカミサービス終了物語 ~黒いセイラの世界より~】3

【マジカミサービス終了物語 ~黒いセイラの世界より~】
 第3話 「- 創造主に挑む -」

 
 渋谷駅前スクランブル交差点。

 奇妙な盆踊りは続いています。

 ピーヒャラピーヒャラ♪ カンッカンッ♪ チーン♪ ブーブー♪ ドンドンドン♪ シャンシャン♪ プップーピー♪ 

 私、大鳥丹にはもう、どれがどの楽器の音なのかわかりません。思い思いで楽器以外の鳴り物も混ざっているようです。

 かつて世界一混み合う交差点と言われた場所も、儀式の参加者とその関係者以外は誰も通っていませんから、衆人環視と言う恥ずかしさはありません。でも…………。

 連日、ただ茫然として若い娘たちの裸に近い踊りをみていた及川勝さん(イコの父)は、引き寄せられるようにフラフラと踊りの輪に近づいてしまいました。瞬間、足元のアスファルトが爆ぜ飛ぶと、我に返り棒立ちになっています。

「きっと爺の仕業でしょう。どこかのビルの上からでも監視しているのですわ。安心ですけど、少しやりすぎですわね……」

 お姫ちゃんがボヤいています。さすがにこんな事が毎日続いていると、心身ともに疲労がたまって、おかしくなってきても仕方ありません。

「しかし、なんで僕はシンバルなんだ?」

「あら、可愛いじゃありませんか。とても似合ってますわよ!」

「僕はこの機会にヴィヴィアンあきさの秘密を少しでも解き明かそうと思っていたんだ。それどころじゃなくなっているが……」

「取り合えずは生き残ることが最優先ですわ。生きてさえいれば機会はまたありますでしょう?」

 お姫ちゃんの言う通りです。そう、生きてさえいれば…………。ところでパパ達は無事なのでしょうか? 異世界に飛んでから、すでに10日以上経過しています。予定では1週間と言っていたのに…………。


 
 現実世界? (少なくとも、ソーシャルゲーム、マジカミを作った世界)
 深夜、サ〇バーエージ〇ント社、社長宅

 ――――男はその視線に気づいていた――――。

 近づかず、離れず、言葉も発さず、表情も変えず。ただ、自分を見つめ続ける二つの白い少女の顔。

 眠りに就こうとベッドに体を横たえた今も、彼女たちは足元からずっと自分を見つめている。

 何日続いているんだろう? 一週間? それとももっとずっと前から? 恐怖心は無かった。彼女たちは何もしてこない。だが生物としての根底の部分が警報を発している。

 ――――男はとうとう耐えきれなくなり彼女たちに語りかけた――――。


 
 同時刻、同宅、廊下。

「ルクス君、今日の献上品。どれがいいかな?」

「おお、いつもながら大儀じゃ! ……う~む、このチョコを貰おうかの? これ、ゴデ〇バじゃろ?」

「さすがお目が高い。コクリ君とハクリ君の分も別にしてあるから全部食べちゃっていいからね!」

「そなたとおると太りそうじゃな! ふははははっ!」

 この周囲にはゆらぎの結界を張っておる。こちらの話声は外には聞こえん。魔王たる我、ルクスリア・ザ・ラストに抜かりはないわ。

「こちらの世界に来てすこし拍子抜けだよ。僕らの世界と何ら変わらない。ケータイは通じるし、試しにクレジットカードを使ってみたら使えたよ。ちょっと笑いそうになったね」

「わらわもこの世界に来てから気づいたのじゃがな、この世界とてそもそもは……」

 モモ(百波瀬匠)が壁を抜けて現れ、わらわは言葉を止めた。環課長のことはタマと呼んでおる。こ奴達は気さくじゃの。

「奴さん、堕ちたよ……。あとはムチャぶりでもしないかぎり言いなりさ!」

「悪魔と忍者の合わせ技か。相手にしたくないね……」

 肩をすくめる体をしてパパは返事をした。

「あとはタマちゃんだけど、あっちは少し苦戦してるらしい。マジカミの運営はもう解散してるし、サーバーも縮小されて移されてるらしいんだ。痔Pを捕まえればいいんだけど、失意で失踪中だとさ。最後まで困った男だね」

「時間の問題で見つかるだろう。サーバーのバックアップもオレがやる! 現代の忍者なめんなよ!!」

 多少、予定はオーバーしたが、事は順調に進んでおる。今となっては最大の問題は帰還の道筋じゃ。運まかせと言う訳にもいかん! 残っておればいいのじゃがな

「それよりパパ! 良さそうな店見つけたんだ! 今日いこうぜ!」

「わらわも行くぞっ!」

「残念! アダルティーな店なんだ! ルクスちゃん連れじゃあなぁ!?」

「わらわは大人じゃーーっ!!」

 夜はもう明けようとしておった。



「やれる事はやったはずだよ。帰ろうか…………」

 パパが言い出すまで結局、2週間かかっておった。痔Pは歌舞伎町の場末で酔いつぶれておるのが見つかり、必要な事を聞き出した後、近くのラブホテルに放り込んでおいたそうじゃ。料金は自分ではらうのじゃぞ!

「僕らの世界が心配だ。はやく帰りたいが、いったん戻ったらもう来られないんだろう?」

「どっかで区切りを付けなきゃならん。潮時ってもんだ」

 タマとモモも納得したようじゃ。さて、わらわの出番じゃな!

 マジカミ世界から来た道は残ってはおった。じゃが向こう側の儀式の影響か、それはもう一方通行の濁流のようになっておる。すでに氾濫しかけたそれを逆走していかねばならんのか? ふははっ! 腕の見せ所よ! 七魔王随一と言われた我が魔力、みせてくれようぞ!!

 ――わらわは持てる最大の魔力をふりしぼって術式を発動したのじゃ。


 
 帰り着いたのは見覚えのある公園じゃった。転移というものは位置を指定しなければ術者と縁のある場所に出ることは多い。わらわとパパとの縁がここを選んだのじゃろうか……。

「はい、ただいま!」

「今のところ、これと言った変化はないようだな……」

 モモとタマは挨拶も早々にそれぞれの居場所に帰っていく。コラ、おぬし達、わらわには言葉の礼だけじゃ足らんのじゃぞ! 少し不満に思いながら、もはや暴走しかけた異界への道を閉ざそうと印を結んだ時――――。

「それは、そのままにしておいて欲しいんだ……」

 背後からパパの声が聞こえたのじゃ。

「こんな凶物、放置しておけん! 何が吸い込まれて何処へ飛ばされるかわからんぞ! わかるじゃろう!?」

「だからこそ…………だよ。……君にはまた迷惑をかけるかもしれないけど…………たのむよ……」

 パパは照れたような、悲しいような、奇妙な表情をしておった。わらわは初めてこの男の本当の顔を見たような気がしたのじゃ。


 
 2023年10月31日 AM11:55
 渋谷駅前スクランブル交差点

 そう、世界はもうすぐ終わるのかもしれないのに…………。

 私、袖城セイラは自分でも驚くほど落ち着いていた。マジカミのサービス終了を知って、はじめに感じた昂ぶりは何だったんだろう…………なんだかもう遠い昔のことのよう…………。

 マジカミ世界に存在を許されたすべての者たちが今ここに集まっているんじゃないかと思う…………。

 ………………だけど、私はひとり………………。
 
 ……母は視線の遠くで慌ただしく働いている。……父はどこにいるのかわからないけど、きっと働いている…………。

 ……仲間の魔法少女たちは最後になるかもしれない時を家族と共にむかえようと帰っていった…………。

 ……そして、ひとり。…………いつものこと…………。

 ……ひとりの家に帰って…………ひとりで食事をして…………遅く帰った両親と、顔を合わせることがあれば挨拶ていどの会話をする…………そんな日々が私の…………いつものこと…………。

 魔王達の会話が耳に入る。

「吾輩が思うにだね…………消えてまうとかありえ…………はえ~…………サルの分際で…………恐れることはない…………ですよ~…………なのじゃ」

 内容なんてどうでもいいの……こんなときでも一緒にいる彼女たちが、少しうらやましく思えるだけ…………。

 前方に目を向けると、スクランブル交差点の中央には四角推の置物が鎮座していて、その数メートル上空に輝く光の玉が浮かんでいる。これが今回の儀式の成果物。

 最後のエンドロールが流れ終わり、サービス終了の告知に変わる瞬間。エネルギーの減少を感知して、自動で私たちを取り込み新しい世界を展開して切り替わる…………。だそうよ……すごいわね…………。私が作った仕掛けがバカみたい…………。

 私のする事はみんなそう…………。どうせなら、私だけ消してくれないかしら? そんな事を思いながら光の玉を見つめていた。

 もうすぐカウントダウンが始まろうかという頃、こちらに駆けてくる母をみつけた。

何か必死にみえる母の顔。母の表情が笑顔に変わる。母の瞳には私が映っていた。そんなまなざしを向けられたのはいつ以来かしら。

 母は前方からいきなり抱きしめてきた。

「セイラ、ごめんね。……いつも……ごめんね」

 肩をつよく引き寄せられる。

 いつのまにか横に立っていた父が、大きな右手で私の肩を抱いていた。

「愛しているよセイラ。……いつだって……どこにいても」

 私は家族と一緒にいる。…………なによっ、いまさら…………だけど…………うれしいっ…………!!

―――― そして、その時は訪れた ――――。


つづく

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