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スペイン巡礼2018回想記(18)ビジャフランカ〜アタプエルカ

 2018年5月23日。
 部屋の教会ビューを堪能しながら起床。

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 今日は「オカの山越え」だ。難所であることを踏まえて、目的地への距離も18kmと短めに設定した。

 本日の目的地はアタプエルカ。そこで発見された考古学遺跡が世界遺産に登録されている。
 近代好きの私としては考古学はあまり興味がないが、せっかく通りかかるのだから、少しのぞきみるぐらいはするつもりである。

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 快適なオテル・サン・アントン・アバドを出て、さっそく山道に入っていく。かつては難所だったというオカの山だが、今は非常に歩きやすい道になっていた。

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 こんなに快適な難所があっていいのか? という感じだ。日本の登山道は少し見習ってもらいたい。
 思えば、巡礼路「フランス人の道」800kmも、黄色い矢印と標識さえ追いかけていけばほぼ迷うことなくサンティアゴ・デ・コンポステラまで行けるというのも大した整備の行き届きっぷりだ。これまた日本の登山道には少し見習ってもらいたい。

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 この日は天気は曇りがち。
 風景としては不安感があるが、5月の巡礼ハイシーズンであれば次々に巡礼者が歩いていくので、風景が灰色である以外、何の不安感もない。

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 聞いた話によると、オカの山では前日に雪が降ったという。2018年、スペインは異常気象で寒かった。
 本来は5月でもかなり日ざしが強く、日焼け対策必須なのがスペイン巡礼路だ。私は暑さに弱いので、これは却ってラッキーだったかもしれない(長袖の着替えが足りなくなったのには少し困った)。

 で、オカの山に雪が降ったなどという話を、誰から聞いたかというと。

 私がビジャフランカから山道を登りはじめるや、すぐに見覚えのある2人組を発見した。

「おっ!」
「おやおやおや〜? どこかで見たような〜?」(←私こっち)

 ということで、例の日本人のおじさん2人組と、私はまた再会できたのだった。

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 エステージャで一緒にいた80代のおじさんはあのあと帰国してしまい、おじさんたちはまた2人旅に戻った。
 せっかくなので、私はおじさんたちと道連れになることにした。このおじさんたちは、私には不思議と居心地がいいのである。

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 3人でオカの山を越えていく。写真は撮らなかったが、オカの山にはフランコ時代の戦死者のためのモニュメントがある。それを過ぎてしばらくすれば、サン・フアン・デ・オルテガの街に下り、オカの山越えは終了。

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 雨が降ってきたので、オルテガの街でバルに入り軽食をとる。
 ひと息ついてから、ポンチョを着こんで再びアタプエルカをめざす。アタプエルカまでの道のりは、ほぼずっと雨に降られていて、写真はほとんど撮れなかった。

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 アタプエルカに着くと、おじさんたちとはいったん別れ、それぞれ予約した宿に向かう。
 オテル・ルーラル・パパソルは手頃な価格のホテルだ。このころから、私は生理が始まりそうなのを警戒して、アルベルゲを避け、個室をとるようにしていた。生理中に男女混合ドミトリーに泊まるのは、微妙にいやだったからである。
 ちなみに、アルベルゲに泊まったとき、普通に生理中の巡礼者も混じっていた。男女共用のトイレでも、トイレットペーパー用のゴミ箱にポンポン捨ててあって、まぁ気にしない人は一切気にしないのだろう。私はやはり微妙にいやだ。

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(オテル・ルーラル・パパソルの個室)

 チェックインを終えてから、おじさんたちと再集合して遅めの昼食。メインディッシュは、次の街この地方の名物だというブラッドソーセージ。個人的には普通においしくなかった(店によるかもしれないが、私の人生ではまだおいしいブラッドソーセージには巡りあえていない)。

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 昼食後は、道を少し戻り、考古学関係の博物館を見物に行く。行ったものの、世界遺産になった遺跡は見学ツアーに申し込む必要があり、その日は開催されていなかったか何かで(失念)遺跡は見られなかった。
 展示だけざっくりと見てまわる。人肉食に関するパネルがあったことだけが、非常に印象に残っている。

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 明日も一緒に歩く約束をして、おじさんたちと別れた。
 この日と翌日は、私の37日間のスペイン巡礼中、唯一、巡礼仲間といえる人たちと一緒に行動した貴重な2日間だった。

(スペイン巡礼2018回想記(19)に続きます)

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