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スペイン巡礼2018回想記(4)パンプローナ〜サンジャン

 パンプローナで迎えた翌朝。
 私はバスターミナルから「フランス人の道」起点となるフランス側サン・ジャン・ピエ・ド・ポー(以下、サンジャン)へと出発した。

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 ターミナルには、私と同じように大きなザックを担いだ人々が集まっていた。ターミナル内のバスの行き先はサンジャンだけではないので、いろいろではあるが、サンジャンと書かれた札のバスには明らかにそれっぽい人々が集まってきた。

 バスの中では、さっそく巡礼者どうし自己紹介が始まったりしている席もあった。なんだかクラス替えしたばかりの教室のようだ。
 しかし基本的に人見知りである私は、いまだ現実感がないのもあって、ぼうっと窓の外を見るなどしていた。学生時代もほぼ毎回クラスのグループづくりに乗り遅れていたが、それはいい歳になった今でも、スペイン巡礼に来ても変わらない。

 そんなことより、私は徐々に近づいてくる巡礼に、緊張を高めていた。
 この巡礼の旅は、思ったよりスピーディーに実現してしまったため、現実に心が追いつかない。今はまだバス移動だからいいが(スペインの高速バスは過去の旅行で経験済)、もうすぐ初めての経験がいっぱい待っている。

 まずは今夜、初めての巡礼宿である。
 本当はホテルをとりたかったのだが、サンジャンはホテルの数が十分ではないようで、巡礼宿しかとれなかった(ちなみにBooking.comのお世話になっている)。

 巡礼路では、街ごとに巡礼宿(スペインではアルベルゲ、フランスではジットと呼ばれる)という安価の宿泊施設があり、巡礼者の多くはそこに泊まる。ホテルもあるし、一部の街にはスペインのステキ宿といえばこれ! のパラドールという国営高級ホテルもあるが、フランス人の道約800km、約1か月のあいだの宿泊料金を考えると、たいていは巡礼宿利用が基本になるだろうか。

 巡礼宿は、無料〜10ユーロ台ぐらいで宿泊可能だが、いわゆるRPGの「宿屋」状態の部屋、すなわちドミトリー形式の部屋(大部屋にたくさんの2段ベッド方式)。しかも男女混合の部屋が多い。
 ところで不肖わたくし甲斐桂、学生時代の修学旅行では、あまり好きではない同級生に囲まれると緊張してまったく眠れず、自律神経を失調して腹まで痛くするため、多くの修学旅行をサボった過去をもつ。
 そんな私が、巡礼宿のドミトリー2段ベッドで眠れるのか? というのは、大いに不安の種だった。疲れていれば大丈夫な気もするが、初日に限ってはバス移動だけなので、疲労が足りない。

 そんなこんなでぼうっとしているあいだに、サンジャンが近づいてきた。
 まずはピレネー山脈のスペイン側、ロンセスバージェスを通過する。これは、数日後に来る予定の巡礼路上の街だ。

 その日は天気が悪く、いろは坂のように蛇行するバス通りに沿った巡礼路には、レインウェア(巡礼ではポンチョタイプが多かったと思う)をかぶった巡礼者が歩いていた。雨にけぶる風景の中で、ポンチョやザックカバーがカラフルだった。
 雨がけっこう強く降っていて寒そうで、私も明日はこんなふうになるかと思うとそわそわした。登山経験があまりないので、雨の中を荷物を担いで歩くような経験もない。頼むから晴れてくれ。わりと晴れ女だといわれる私だ。今こそ発揮しておくれ。

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 サンジャンに着いてバスを降りると、雨はやんでいた。
 さしあたりはラッキーと思いながら、まずは巡礼事務所に向かった。日本カミーノ・サンティアゴ友の会さんに発行してもらった巡礼手帳(クレデンシャルという)に最初のスタンプを押してもらう。サンティアゴ・デ・コンポステーラ到着後に巡礼証明書をもらうためには、街ごとのスタンプが必要だ。それから、英語で明日行く道の案内を聞く。一部に足もとが悪い箇所があるとか、そんな話を聞いた気がする。なお今夜の宿をとってあるか訊かれたので、フランス語の宿の名前を試しに言ってみたのだが、ぜんぜん通じなくてしょんぼりだった。

 続いて巡礼宿へ。
 メインの通り沿いにあるその宿は、とてもボロ、もとい、古くて雰囲気のある巡礼宿だった。階段ホールなど今にも床を踏み抜きそうだし、若干平衡も狂っていた気がする。

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 私の部屋は10人以上の大部屋で、2段ベッドの上段(到着時は夕方近く、巡礼宿では到着時間が遅くなるとまず上段が割り当てられる)。やはり男女混合の部屋で、みんな思い思いにベッドで休憩していた。

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(こうして写真で見ると案外きれいに見えますね……)

 ちなみに隣の部屋は男性ばかり4人の小部屋で、狭い室内は足の臭いと湿気が合わさった異様な空気が充満していた。向かいあった2段ベッドにそれぞれ腰かけた暇そうな4人のおじさんたちが、足の臭いの中から、廊下に人が通るたびドアのほうを見てきて、なんだかすごかった。

 その部屋に比べれば空気がきれいな部屋でよかった……。

 などと思いながら、ともかく与えられたベッドのそばにザックをおく。
 正直、普段はきれいなホテルにばかり泊まっている私には、巡礼宿は衝撃だったが、もともと現実味がないところに衝撃の上塗りで、ただ落ちつかない。

 だが、このサンジャンに滞在できるのは今日しかない。
 サンジャンは「フランスの最も美しい村」に指定されており、サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路の起点であるとともに、いかにもヨーロッパらしいかわいい街並みも併せ持つ。写真を撮らなければ後悔まちがいなしだ。それに、夕食もとらなければ。食べなければ一日は終わらない。

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 私は適当な食堂に入り、夕食にした。あいさつだけフランス語(ボンソワ〜ルとメルシーだけ)、注文などは英語。さほどおいしくないフリッターとシードル。
 食後は落ちつかない気分のままサンジャンを歩きまわり、写真を撮る。現実味はないが、手癖と好きな構図パターンでどんどん撮る。撮れている気がしないが、撮る。街並みはかわいいのに、なぜか沁み入ってこない、そんな状態だ。

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 撮るだけ撮って、明日のために適当な食料を調達し、私は宿に戻った。それ以上何もやる気がしなかったので、シャワーも浴びずに就寝した。シャワー室の汚さも受け入れがたかったのである。
 うろ覚えの記憶では、シャワー室もトイレも男女共用だった気がする。パンプローナでしっかり風呂に入っていたので、シャワーからは逃げることにした。

 夜、ドミトリー名物?「いびきをかくおじさん」は部屋にいたが、耳栓で防ぎながら、思ったよりは眠れた。
 あまり好きではない同級生と同室よりは、他人で外人のおじさん(おじさん以外も)のほうが気楽ということらしい。

(スペイン巡礼2018回想記(5)に続きます)

(リアルタイムで更新していたインスタです)

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