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スペイン巡礼2018回想記(5)サンジャン〜ジット・カヨラ

 2018年5月10日。
 いよいよ私のスペイン巡礼が始まる。

 朝、5時台に目が開いた。
 初日の行程は、宿泊するジット(巡礼宿)・カヨラまでのわずか7km程度。早起きする必要はないのだが、巡礼宿の就寝時間は早いため、早く目が覚めてしまったのである。

 私より先の街をめざす巡礼者たちが出発していくのを横目に、朝食をもらいにダイニングに下りた。
 朝食はパンとバターとジャムとコーヒー。巡礼中の定番の朝食メニューだ。普段はかなり栄養満点の朝食をとるほうなので、若干しょんぼりした気持ちで食べる。正直、肉と野菜がほしい(が、巡礼宿の朝食でそれはかなり稀だった。ホテルのビュッフェでも、野菜はないことが多かった)。
 あまり早く目的地に着いても困るのだが、巡礼宿で時間を潰すあてもない。Wi-Fiも不安定だ。結局、私も8時すぎには出発した。

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 サンジャンの門の写真を撮っていたら、ドイツの巡礼者に話しかけられた。「日本から来た。ドイツ語は少し大学で習った」というようなおしゃべりを英語でしたのだが、情けないことに肝心のドイツ語はまったく出てこなかった。
 それで、初めてのスペイン巡礼お決まりのあいさつ、「ブエン・カミーノ!」をキメ、笑ってごまかして、私はひとり巡礼路を歩きだしたのだった。

 巡礼路のはじまりは、ゆるやかな坂道だった。
 ちょうど日ざしも出てきて、朝の田園風景が美しい。

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 目に入るものすべてが美しかった。
 数か月前までは日本にいて、気持ちの悪い職場にひたすら辟易して鬱々としていたというのに、ここには絵のように美しい風景がひろがっている。そのことが信じられなかった。

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 道も、馬も、緑も、空も、家も、みんな絵本のようだ。
 これが現実だなんて、長年憧れたスペイン巡礼を私がいま現実にしているだなんて、信じられなかった。

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 そんなふうに、歩きだしてもなお、私には現実感がなかった。
 背負っていたザックは12kgあり、登山経験がない私にはそれなりに重かったが、この時点ではあまり気にならなかった。ふう、ふう、という自分の呼吸を聞きながら、美しい風景のなか登っていくのは、楽しかった。

 しかし、天気がよかったのは出発直後だけだった。
 昨日、雨の中を歩く巡礼者を見て心配になったのが、現実になった。さっそくザックを下ろして、慣れない手つきでカバーを装着する。それからポンチョをとりだしてザックごと被ったのだが、あまりにも悪戦苦闘したので、通りすがりの巡礼者が手伝ってくれた(ありがとうございます)。

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 しかも、雨具をつけたところで、もう目的地のジット・カヨラらしき建物に着いてしまった。
 時間は朝10時すぎだったと思う。やはり、距離のわりに早く出発しすぎた。

 おまけに、見るからに門が閉まっている。人気が全然ない。
 休憩できる屋根のあるスペースもない。雨は徐々に強くなってきていた。

 ええっ、どうしよう……?

 とりあえず、ジット・カヨラの前の大きい岩に腰かけて待とう、と思った。
 それで、ザックごと腰かけようとした私は、慣れないザックの重さによってバランスを崩し、ザックごと岩から転がり落ちた。

 我ながらこれには驚いた。
 幸い、地面に手をついたが、ケガはなかった。だが初っ端からこれで、ちょっと動揺していた。この間にも雨は降ってくるし、しかも冷たいし。

 おそらく10分ぐらい、ジット・カヨラの前でぐずぐずしていた。
 結論は、

 この寒さには耐えられない! とにかく進もう!

 だった。
 少し先に、巡礼宿オリソンがあるのはわかっていた。とにかくカヨラには人がいないし、オリソンでカヨラのオープンを待ってまた戻ってくればいい。

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 そう決めて、雨のなか坂道を登っていった。
 カヨラとオリソンのあいだは1km程度。その間、また雨が強くなっていき、巡礼路を歩く人々はみんな、やがて見えてきた山小屋風の建物、リフュージュ(簡易宿泊所の意)・オリソンに吸いこまれていく。私もそれに続いた。

 リフュージュ・オリソンの室内のあたたかさには心底ホッとした。人心地つくとはこのことだ。
 室内は食堂になっていて、テーブルはほぼ満席だった。空席を探すと、入り口近くのテーブルにいる日本人らしき二人連れが目に入った。思わず、「日本人ですか?」と話しかけたら、そのとおり。相席させてもらった。やれやれ、よかった。

 ついでに、ここでランチをとることにする。
 カウンターに注文に行くと、たぶんオリソンの宿泊者かどうか訊かれた(はず)。ジット・カヨラに宿泊予定だが開いていなかった、というような話をしたら、ここはジット・カヨラの受付でもあるとスタッフさんは言った。あっ、そういうシステムなのねー。

 じつは、私は出発1週間前にこのリフュージュ・オリソンの宿泊予約メールをしたのだが、満室のため断られていた(なので、オリソンに泊まりたい方は早めの予約がオススメ。特に私が行った5月は繁忙期だった)。
 だが、近くにあるジット・カヨラになら泊まれるけどどうする? という返事をもらった。

 それでジット・カヨラ宿泊になって、雨が降ってあまりに寒いからたまたまオリソンまで登ってきたけど、結局これで合ってたのかー。なんかよくわからないけど、結果オーライ……!
 と、またまた心底ホッとしながら、私は注文したトルティージャ(スペイン風オムレツ)とスープとワインを味わった。これは冷えた体に大変沁みた。

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 おそらく14:30(だったと思う)にカヨラはオープンすると言われ、私はそれまでオリソンで待機した。
 時間になって、1kmの道をカヨラまで戻っていった。

 カヨラはリフュージュ・オリソンと同じ運営の、常駐スタッフのいない巡礼宿だ。オリソンの予約にあぶれた巡礼者がここに回される。
 雨で濡れたカヨラ宿泊の巡礼者たちは、自分のベッドを確保したあと、誰からともなく寒いと言いだした。私も多少濡れたので寒かったが、どうしようもないので寝袋で暖をとっていた。やり方を知っている巡礼者たちが集まって、自分たちで暖炉に火をつけた。私は完全に見ていただけである(すみません)。

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 私はここではシャワーを浴びた。カヨラはサンジャンの巡礼宿よりはるかに設備が清潔だった。
 もちろん、スタッフ不在なので、巡礼手帳(クレデンシャル)のスタンプも自分で押す。

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 カヨラの客は、食事はオリソンでとることができる。
 夕食の時間になって、私は再び1kmの道をオリソンまで登っていった。

 夕食はコミュナル・ディナーとか呼ばれているもので、巡礼者同士コミュニケーションをとることが前提になった食事である。

 私をはじめとしたカヨラの客がオリソンの食堂に入っていくと、すでにオリソンの客たちがずらりと席に座っていた。
 とにかく空いた席についたところ、なぜか日本人の私、日本人のおじさん二人、韓国人のキリスト教徒の父娘という極東テーブルになった。スペイン巡礼まで来て何か申しわけないような気がしたが、私以外は気にしていなかった(みんな大人である)。そこに、遅れてやってきたアメリカ人女性が来て、なんとか若干欧米みが出た(どうでもいい)。
 ちなみに、この日本人のおじさん二人は、私にとってスペイン巡礼でいちばん大切な出会いとなる。

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 それにしても、このコミュナル・ディナーでの自己紹介タイムは、陰キャの私にとってはこのうえない苦痛だった。
 どの国の出身者も、自分が巡礼に来た理由をプライベートなことまで含めて流暢な英語と大仰な身振りでガッツリ語り、きっちり笑いをとり、あやふやな記憶によると最後は「ブエン・カミーノ」で締め、万雷の(としか言いようがない)拍手によって迎えられていた。これがおそらく40人ぐらい?続く。
 私も日本のテレビ番組で巡礼を知ったとかなんとか手短に話し、適当に「ブエン・カミーノ」で切りあげた。ブエン・カミーノは便利な合言葉ではある。

 おなかいっぱい食べてしゃべって、カヨラの客たちはまた1kmの道を下りていく。
 5月の巡礼路は日没が遅い。夕食が終わって少なくとも21時は回っていたと思うが、カヨラへの帰り道、ピレネー山脈は夕景だった。

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(スペイン巡礼2018回想記(6)に続きます)

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甲斐桂

Web小説書き。ファンタジー特化。日常生活では歌ったり踊ったり登ったり、やりたいことをやりたいように。

スペイン巡礼2018回想記

甲斐桂が、2018年5月から6月にかけて歩いてきたサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路(フランス人の道)の旅を思いだして書きます。
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