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『養性訣』解説 - 江戸の養生書を読む 01

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江戸時代の名医、平野重誠の『養性訣』の翻刻と、内容の解説をしていきます。
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『養性訣』本文データPDF

個人的な学習のために翻刻した『養性訣』のデータをPDFにしました。平野重誠による江戸後期の養生書で、「体」「息」「食」「眠」「心」の五事の調和について書かれています。 翻刻したのは本文のみで、序文と跋文は未翻刻です。序跋は気が向いたら付け加えるかもしれません。また、誤入力など見つけましたらぜひご指摘ください。ご指摘が集まり次第、修正版を更新していきます。 PDFは以下からダウンロードできます。 内容についてはnoteのマガジンに簡単にまとめてあるので、興味のある方は以下

養生のさまたげになる5つのこと ー 養性訣解説01

自己管理ほど難しいものはない。食べ過ぎや飲み過ぎが健康に悪いのは、誰でも知っている。何も最新の科学的なデータなどを持ち出さなくても、もうすでに当たり前の事実だ。なのに実行は難しい。 結局のところ、予防可能なたぐいの病気になってしまうのは、自制心の問題なのだろう。 特に現代人は身体に悪いことばかりしている。現代人は食事や睡眠や運動を全くコントロールできない。現代人の心は常に動揺している。現代人は・・・。 どの時代の人も今の世を憂うこのように今の世人を憂うことを、昔の人も同

身体から心をととのえる ー 養性訣解説02

五事調和のための養生法究極の養生とは、様々な欲望に動揺しない、徳性の高い人になること。『養性訣』冒頭にある、このストイックな考え方を前回紹介したが、著者の平野重誠の本業は宗教家ではない。医者である。 そのため、患者を説教ではなく、別のアプローチで心身の安定に導こうとしていた。その考えのもとになるのが、今回のテーマである「五事調和」になる。 この「五事調和」の「五事」は、食・眠・体・息・心の五つ。 『養性訣』の末尾にある「附言」によると、五事調和は仏教思想からの引用で、五

レゴ遊びに学ぶ、健康のための仕事のやり方ー 養性訣解説03

子どもと一緒に、よくレゴで遊ぶ。遊びとはいえ、レゴはものづくり作業。人間の本能をくすぐり、大人でも達成感と喜びが得られる。皆さんはレゴでどんなものを作ったことがあるだろうか? 我が家では時々実用的なものも作る。最近ではティッシュペーパーのケースを製作した。ティッシュの箱の大きさに合わせ、カラフルな外枠を組む。紙をスムーズに引き出せるよう、子どもと一緒に試行錯誤する。頑張ってひと仕事終えた時の嬉しさは、今でも忘れられない。 今回の『養性訣』解説は、ずばり仕事と養生について。

食材や薬材の性質の偏りについて - 養性訣解説04

健康増進のために、私たちは何を食べるとよいか? 東洋医学従事者としての私に向けて、時々こういった質問がくる。実はなかなか難しい問いで、いつも気のきいた答えがみつからない。これは東洋医学的にみて、誰にでもよい健康食材がそれほど多くないからなのだろう。 通常、東洋医学的な食養生は、個人の体質に合わせて行われる。症状の同じ人が集まったとしても、全員に同じ食材をすすめることはなく、個別に効きそうなものを選ぶ。 例えば身近なものだと、スイカには利尿作用があるため、むくみによいとさ

こころのかたより - 養性訣解説05

ここ10年ほど、ほぼ新聞を読んでいない。これは私に限ったことではなく、同じような方はきっと多いだろう。 普段はほとんどスマホでしかニュースを見ず、アプリやSNSがなければ、世の中で何が起きているか、全くわからない。ネットはそれくらい情報を集める方法として、頼りになるし、頼りきっている。 好きなことをさらに好きに、嫌いなことをさらに嫌いによく言われることだけれど、ネットのニュースにはどうしても偏りが出てしまう。それは思想的な偏りというよりかは、嗜好的な偏りで、ほとんどのウェ

その悩みは、幻かもしれない - 養性訣解説06

昔話昔々、中国の随の時代に、陳箴(ちんしん)という人がいました。ある日、陳箴は仙人の張果(ちょうか)に占われ、ショッキングなことを告知されます。 あなたは一年もたたないうちに必ず死ぬ、と。 困った陳箴は、弟の顗禅師(きぜんじ)に相談しました。すると顗禅師は、食(たべもの)眠(ねむり)体(からだ)息(いき)心(こころ)の五つの事を調和することなどを、兄にすすめました。 弟のアドバイスを守り、陳箴は五事の調和を真面目に実行します。そして数ヶ月が経ったときのこと。 再び張果

満腹の害 - 養性訣解説07

1.満腹の害「腹八分に医者いらず」という諺がある。なんとなくそれは正しいことなのだろうと、皆さんも認識しているだろう。ただ、八分目を守らないと一体どうなってしまうのか。そのあたりが曖昧だ。 今回の『養性訣』解説は、食について。八分目の利点と、それを守らないとどうなるのかが説かれる部分を読んでいく。 では早速、満腹の害からみてみよう。 (1)なにもかも面倒くさくなる【原文】 身体(からだ)自(しぜんと)沈重(おもく)、起居(たちい)もわれしらず懶堕(ぶしょう)になり (『

眠りすぎの江戸の人から、睡眠不足の現代人が学ぶこと - 養性訣解説08

今回の養性訣解説は「睡眠」について。睡眠というと、現代では睡眠不足が問題になることが多い。 一方で、江戸時代の養生書である『養性訣』では、睡眠不足よりも、過眠の害を説いている。恐らく江戸時代は、慢性的な睡眠不足の人は、現代よりもはるかに少なかったのだろう。 では睡眠不足の現代人は、眠りすぎの江戸時代の人から、何を学び取ることができるのだろうか。まずは睡眠の役割についての部分を読んでみよう。 眠りは心身の疲れを癒やし、眼の食事である【原文】 眠は眼の食と古人も言(いえ)ば

理想の腹はどんな腹? - 養性訣解説09

「腹の内をさぐる」「腹がたつ」「腹がすわる」など、心情を表す慣用句には「腹」という言葉がよく使われる。東洋医学においても腹は重要視されているが、今回の養性訣解説のテーマは腹と心身の安定について。 言葉の上でも関係の深い腹と心を、心の健康を重視する『養性訣』では、どのようにとらえているのだろうか。 理想の腹の状態腹は全身と関係しており、その腹にも理想の状態がある。腹はお臍を境にして上下に分けられ、『養性訣』では下腹が充実し、上腹部は綿のように柔らかいのを良い腹とする。 こ

淡々と今を生きる - 養性訣解説10

面白おかしく暮らしたい、華やかな生活がしたい、有名になりたい。誰もがもつ正常な欲求だろう。ただ、これらの欲には際限がなく、求めすぎると体を病んでしまうことがある。 今回の『養性訣』は、欲望と心に関することがテーマになる。心の摂生は五事調和の最終目標で、ここで上巻も終わる。それでは、欲にとらわれすぎると、身体にどういった影響が出るか、まずは以下を読んでみよう。 【原文】 人々安逸(おもしろきこと)に耽(ふけ)り、歓楽(たのしみ)に習(なれ)て、ただ富貴栄華を慕い、名声功利競

江戸後期の養生書にある健康器具を再現し実際に使ってみた - 養性訣解説11

アップルの創業者のひとりが禅を学んでいたというのは、誰もがご存知だろう。 また、グーグルやインテルなどの世界的なIT企業でも、マインドフルネスという、禅のような瞑想呼吸法を取り入れている。これは社員の集中力を高めたり、心の不調を緩和させるためだ。 このような禅をもとにした呼吸法は、現在世界的に広がっており、当noteで解説中の『養性訣』においても、心身を調える重要な方法として紹介されている。 『養性訣』の呼吸法は、白隠禅師という、江戸中期以後、多くの養生家に影響を与えた

江戸の伎芸から学ぶ、よりクリエイティブになる方法 - 養性訣解説12

養性訣解説は今回が最後になる。 これまでをざっと振り返ると、毎回、平野重誠著の『養性訣』の中から、心身の健康を取り戻すための、方法や考え方を解説してきた。最終回である今回は、いつもと違い健康の話だけでなく、仕事にも応用できる内容を紹介する。 今回読んでいくのは、『養性訣』下巻の最後の部分になる。ここには日常の立ち居振る舞いや、意識を少し変えることで、伎芸の質をあげていく方法が記載される。 現代的な言葉になおすと、よりクリエイティブになるための、体と心の使い方だ。ではいつ

『養性訣』全文入力やっと完了 - 養性訣解説 あとがき

『養性訣』本文の全文入力がやっと終わり、家庭の東洋医学ウェブサイト上で公開しました。 noteで連載していた養性訣解説は、『養性訣』の隅から隅までガッツリと解説してはいませんので、他の部分も気になる方は、ぜひ一度通してお読みになってください。 養性訣解説で触れなかった内容は、現代の医学常識からみて、明らかに迷信じみたものや、不思議な話の類いですが、読み物としては大変興味深いものなので、お好きな方は楽しめるかもしれません。 原文は江戸後期の日本語なので、古文などの知識がな