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食材や薬材の性質の偏りについて - 養性訣解説04

健康増進のために、私たちは何を食べるとよいか?

東洋医学従事者としての私に向けて、時々こういった質問がくる。実はなかなか難しい問いで、いつも気のきいた答えがみつからない。これは東洋医学的にみて、誰にでもよい健康食材がそれほど多くないからなのだろう。

通常、東洋医学的な食養生は、個人の体質に合わせて行われる。症状の同じ人が集まったとしても、全員に同じ食材をすすめることはなく、個別に効きそうなものを選ぶ。

例えば身近なものだと、スイカには利尿作用があるため、むくみによいとされる。ただ、むくみのある人すべてによいわけではない。スイカは冷やす性質が強く、胃腸の弱い人のむくみには使えない。

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この場合、体を冷やさずにむくみをとるという条件で、別の食材を探さなければならなく、大豆や小豆がそれに該当する。

また、ひとつの食材でも、部位によって温や冷といった性質が異なることもある。例えば柚子の果肉部は体を冷やすが、皮の部分は温性だ。

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このように、食べ物にはそれぞれ性質の偏りがある。その食材の性質を理解し、個人の体質に合ったものを選ぶのが、食治という考え方だ。古代中国では、食治の専門医がいたくらいで、かなり複雑なものになる。

複雑とはいえ、毎日の食生活ではそれほど心配することはない。一般家庭で常食されているものを、日常の食事で摂取する量であれば、何か間違ったとしても大事には至らないだろう。

ただ、これが薬となると、より慎重にならないといけない。薬用の動植物にはさらに強い効果があるからだ。

養生薬の害

江戸時代には、病の予防をうたった養生薬というものがあったようだ。江戸後期の医師である平野重誠は、この養生薬について、薬には性質の偏りがあるので、むやみに服用すると害があると説く。そしてかなり強い口調で、以下のような批判もしている。

世には養生薬とて、預(あらかじ)め病を防ぐ術ありという。是佞媚(へつらい)の妄言(いつはり)より出るか。左(さ)なきは、貪濁(どんよく)の医士(いしゃ)に欺かれたるなり。

通途(せけん)養生の書の中にも、偶には預防薬を称誉せしもあれば、有識(こころあるもの)かならずそれらのために惑さるることなく、ただ養生は天性(てんねん)自然の道に従ふべきものなることを自悟べし。

予が病家須知の中に、多くこれを弁じたれば、参考(あはせかんがへ)てその理自ら明かなるべし。

平野重誠『養性訣』綜凡

この養生薬は、「精を増す薬」といった類のもののようで、個人の体質に合わせて調合された薬ではなく、処方の固定化された保健薬だったのだろう。

つまり、その固定化された処方に合う人にはよいが、合わないと害になるということだ。薬材は食物よりも性質が強いので、害になる場合の悪影響も大きい。これはサプリメントによるビタミンの過剰摂取の害とよく似ている。

食と健康に関する情報は面白い。大衆受けがよいので、様々なメディアで常に取り上げられているが、東洋医学の従事者である私は、あまりその手の情報を気にしないようにしている。

下手にひとつの食材を連続して食べ続けたり、サプリメントで特定の成分を過剰に摂取するのは、自分に合わなかった場合、何が起こるかわからない。最新の研究だって、数年後に覆るかもしれない。

いちばんオススメなのは、色々な食材を偏りなく食べること。究極につまらない食事術だけれど、やはりこれがいちばんよいと思う。

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『養性訣』の綜凡はこの後も続きますが、本編と内容ががかぶるので省略し、次回からやっと本編に入ります。綜凡の続きには『病家須知』の概要や、呼吸、水浴びなどについて記載されています。興味のある方は、全文を下部のリンク先に無料で公開しているので、ぜひご一読を。

【原文の完全版はこちら】
家庭の東洋医学で随時更新中。

【今回読んだ部分】
綜凡四裏から綜凡五表
底本:平野重誠『養性訣』(京都大学富士川文庫所蔵)
凡例:第1回目の解説最下部


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