江戸後期の養生書にある健康器具を再現し実際に使ってみた - 養生訣解説11

アップルの創業者のひとりが禅を学んでいたというのは、誰もがご存知だろう。

また、グーグルやインテルなどの世界的なIT企業でも、マインドフルネスという、禅のような瞑想呼吸法を取り入れている。これは社員の集中力を高めたり、心の不調を緩和させるためだ。

このような禅をもとにした呼吸法は、現在世界的に広がっており、当noteで解説中の『養生訣』においても、心身を調える重要な方法として紹介されている。

『養生訣』の呼吸法は、白隠禅師という、江戸中期以後、多くの養生家に影響を与えた禅僧の系統になるが、そのやり方がユニークだ。

何が一般的な呼吸法と違うかというと、呼吸の補助をするために、とある矯正具を使っているところである。

実は数ヶ月前、その矯正具を再現し、実際に自分で試してみたところ、驚くほど体調がよくなったので、今回はその作製法と、私の体験談を皆さんにも紹介したい。

作製法といっても簡単で、材料費は約160円。以下のようにハサミ一本あればすぐできる。


丹田呼吸矯正具の作り方

『養生訣』の呼吸は、丹田呼吸法という、下腹にある丹田という場所へ吸気を送り込む方法になる。有名な方法なので、試したことのある方も多いだろう。

ただ、丹田を充実させるという理屈はわかるが、正しい方法がわからない。下腹に息を送り込むのも、実際にやってみると意外と難しい。

それがこの矯正具を使うと、すんなり簡単に行える。『養生訣』では、心身を調えるために五事調和が必要だとしているが、この呼吸法こそが、最もすみやかに五事を調える方法であるという。では早速、原文からその矯正具を作る方法を見てみよう。

【原文】
近来また一つの調息の術を得たり。其法は、布を以て胸下腹上を緊縛(かたくしばり)て、臍下へ気息(いき)を充実しむるなり。これを試(こころむる)に、大に捷便(ちかみち)にして行(おこなひ)やすく、五事調和を為得ざるものと雖(いへども)、よく此法に従(したがふ)ときは、その成効尤速(もつともすみやか)なり。

それは綿布の長さ曲尺にて六尺有余(あまり)。呉服尺にては五尺許(ばかり)なるを四つに摺(たたみ)て、左右季肋端(あばらのはし)章門(しやうもん)の辺へかけて、二重に纏紮(まとひくくり)、さて、力を極(こめ)て、臍下へ大気(いき)を吸入(はりつむる)こと、その人の機根(きこん)に応じて、日々三四百次よりニ三千次にもいたる。

(平野重誠『養生訣』巻下七オ、京都大学富士川文庫所蔵本より)

・矯正具の形状

矯正具というと、昔の歯の矯正や、『巨人の星』などのゴツいものを想像した方も多いと思うが、使用するのはたった一枚の布だ。この布を腹のある部分に巻いて使用する。

布の長さは呉服尺という物差しで5尺ほど。メートル法に換算すると、約180cmになる。幅については記載がないが、一般的な反物の幅が呉服尺の1尺程度のようなので、36cmくらいだと推定できる。

この矯正具の名前は延寿帯や、禅帯と呼ばれ、江戸後期には健康器具として商品化もされていた。とりあえずここからは、縁起がよいネーミングの延寿帯と呼ぶことにする。

・身近にあるもので作れないか

では、実際に身近にあるもので、この延寿帯はどうやって作ろうか。生活空間の中には、なかなか長い布がない。

マフラーはどうだろう。試してみると、ウェストが約80cmの私にはちときつい。バスタオルもそうだった。百円ショップは?布は売っているけど短いものしかないだろう。

最終的には手芸用品店しかないと思い、ネットで探してみる。気になるお値段は、無地の綿布を2mくらい頼むと、送料込みで約2000円くらいだ。うーんどうしよう。

・延寿帯に最適の材料をみつける

『養生訣』をここまで解説しておいて、こんなことを書くのもおかしいが、こんな得体の知れないものに、2000円はもったいない。手芸用の布は、幅も広いものばかりでカットがめんどくさそうだし、もうあきらめるか。

と思いつつ、やはり強い好奇心に突き動かされ、何かいいものはないかと、しつこく探していると、「晒」という文字が目に飛び込む。

あ、サラシか!

サラシといえば、時代劇などでよく見かける、男たちが腹に巻いているあの布だ。私の場合は、妻が妊娠中に、神社で縁起物としてサラシをもらったのが、もっとも新しい記憶になる。

このサラシが実は延寿帯作りに最適だった。

まず値段。なんと10mで800円前後が相場だ。安い。延寿帯が5本作れる。1本あたり160円だ。素材も木綿なので、『養生訣』のものと一致する。

次にその幅がすばらしい。延寿帯の幅は呉服尺で1尺だと推定したが、サラシの幅もなんと呉服尺の約1尺だ。生地の規格は今も昔も変わっていないのだろうか。

つまり、サラシさえ手に入れれば、あとは製作といっても簡単で、縦に1回カットするだけですむ。

・延寿帯の作り方

(1)晒布を入手する

通販サイトなどで「晒」で検索するとヒットすると思うので、お好みのものを入手する。

(2)180cmでカット

メジャーで180cm計って切断。

 (3)四つ折りして帯状にする

写真のように、四つにたたんで帯状にする。一回カットするだけで完成するので簡単だ。

では、次は使い方を紹介しよう。


延寿帯で腹をしばる

丹田呼吸時は、下腹が吸気に合わせて膨らんでいくようにし、上腹部を膨らませたり、緊張させてはいけない。これがなかなか難しいのだが、その上腹部をしばって、緊張を抑制するのが、延寿帯の役割だ。

(1)しばる場所
お臍の上あたりで、わき腹にある肋骨の下端を結んだラインをしばる。肋骨は痛めやすいので、骨の上にきつく巻かないように注意。ツボでいうと「章門(しょうもん)」の辺りにかけると記載されるが、章門の位置は以下の通り。

(2)しばり方

帯の中心を臍の上にあて、そのまま背中の方へぐるっと巻いて、腹側まで戻して前で結ぶ。

・呼吸の方法

呼吸の方法については、まず以下の原文を読んでみよう。

これを行(おこなふ)にはその体を柔和にし、肩を垂(たれ)背を屈(かがめ)、すべて胸腹肩臂(かたひじ)を虚(たわいなく)して、ただ臍下に気息(いき)を充実(はりつむる)なり。

中略

今この帯を用ひて胸下を紮(くくる)の法は、強(あながち)に脊骨を直(まつすぐ)にして趺坐(すわる)におよばず。ただその体を放(ゆるりとし)て平坐(すわり)、面(かほ)を伏(うつむけ)て臍中を覗(のぞく)やうにして、鼻頭(はなばしら)と臍とを対(むかは)しむ。

(1)姿勢

原文の記載や、上の図のように、肩や腕と背中の力をだらりと抜くようにして座る。腰はしっかり垂直に立てるか、やや後傾させてもよい。背をかがめて丹田と鼻が相対するようにとも記載される。

この姿勢が疲れる場合は、そこまでこだわらず、とにかく上半身の力を抜いて、腰をしっかりすえて楽に座る。通常の座禅とはだいぶ異なった姿勢だ。

(2)意識
鼻と丹田がつながっているようなイメージで、鼻から丹田の流れを意識して呼吸する。

(3)注意点
飲食後すぐに腹部をしばると、逆流してきてしまうので、食間や空腹時に行う。

(4)回数
呼吸の回数については、以下の体験レポートを参考にされたい。

実際にやってみた

・1日目~2日目「ただの苦行な気がする」
『養生訣』には300回から400回呼吸すると記載されていたので、試しに規定の回数をやってみる。

率直な感想だが、苦しい・・・。

はじめの2日間は、この呼吸法をすると余計に疲れる感じがした。

期待に反してあまりにも効果を感じないので、もうやめようかと思ったが、2日でやめてしまったら三日坊以下になってしまう。これはやり方が自分に合わないのだと思い、次のように変更した。

丹田呼吸をひたすら300回というのが私には苦しく、異様な体力の消耗感があるので、100回を朝昼晩行う3セットにした。原文に日に300回とあったが、1日に合計300回でもいいやと勝手に判断する。我ながら根性がないと思うが、これが功を奏す。

・3日目「今まで感じたとのない爽快感」
メニューを変更したせいなのか、あの疲労感がない。むしろ終わったあとのしばらくの間、今まで感じたことのない爽快感がある。いつもより少しやる気も出て、散らかったデスクの掃除を始めたくらいだ。

やっと効果がでてきたと実感すると同時に、自分は体調が悪かったのだということに気づかされた。

・10日目「イヤイヤ期」
調子の良いのが当たり前になり、丹田呼吸を面倒くさく感じるようになる。ただ、やめたらこの状態を維持できないのかもしれないと思い、とりあえずイヤイヤでも続ける。

・1ヶ月後「手を抜き始める」
昼にもやるのがどうしても面倒なため、朝昼晩やっていた丹田呼吸を朝と夜だけにする。減らしてもそれほど体調に影響はなかった。

・2ヶ月後「ながら丹田呼吸を始める」
喉元過ぎて熱さをすっかり忘れ、丹田呼吸に対する真剣さがなくなっていく。丹田呼吸中は退屈でたまらない。朝晩やっていたのも、夜だけにした。

もう体調もよいし、丹田呼吸を卒業しようかと思っている中、平野重誠の『養気説』をたまたま読んでみると、次のような記載をみつける。『養気説』は『養生訣』が出版されてから16年後の著作だ。

此腹帯の法は、行住坐臥にこれを用いて、一切の事業のうえに之を試るが故に、枯坐静黙(ザゼンシテスワツテイル)のむなしく時日を費す煩もなく、且その功験(シルシ)を自己の行なうところの伎芸、今日の世務の上に試知(ココロミシラ)るるが故に、其旨を会得することを、また至つて速かなり。
(平野重誠『養気説』巻四、国立公文書館内閣文庫所蔵、筆者による翻刻)

『養生訣』では曖昧にしか書かれていなかった「ながら丹田呼吸」が、『養気説』では、はっきりとすすめられていてる。「むなしく時日を費す煩(わずらい)」という、座禅に対してのコメントは、まさに私が感じていたことになる。

そこで私も、夜の読書タイムに延寿帯を締め、読書しながら腹式呼吸をして、終わると帯をほどくようにした。これなら退屈しなくてよい。

ただ、私の感覚としては、しっかり座りながらの方がやはり効果があるので、強い疲労感のある時だけ、「ながら丹田呼吸」をやめている。

おすすめのメニュー
・最初の2週間は、数回に分けてもいいので、1日合計300回を真面目に行う。
・体調が安定し飽きてきたら、ながら丹田呼吸をする。疲労が強い時や、体調不良時は、もとのやり方にもどす。

なんだかよくわからない体調の良さが続く

もともと持病があるわけではないが、私の実感した効果として最も嬉しいのは、なんだかよくわからない体調の良さが続いているということだ。

呼吸法は3月中旬から開始したのだが、実は私は春に弱い。毎年春になると、少し体調を崩す。それをクズグズと夏まで引きづる。具体的には疲れやすくなったり、意欲が低下したりするのだが、今年は全くその感じがなかった。

その証拠として、春からこの『養生訣』の解説を始め、きっちりと週に1回ペースで記事を書き続けている。『養生訣』全文の翻刻もした。SNSでフォローしてくださっている読者の方ならお分かりの通り、こんなペースで記事を書くのは今までの自分ではありえない。

私個人の体験だと、それくらい爽快感が出て、やる気も集中力もアップした。

実は3年前あたりのマインドフルネスブーム時に、丹田呼吸法を試してみたことがあった。恐らく正しくできていなかったせいか、その時はそれほど効果を感じなかった。それがこの延寿帯を使うことで、訓練を重ねたり、人の指導を受けることもなく、短期間で効果のちゃんとでる丹田呼吸ができるようになった。

合う合わないはもちろんあると思うが、とにかく安価で簡単なので、なんだかよくわからない体調の良さを経験したい方は、ぜひお試しを。高価な健康器具が効かなかった時のような、精神的、経済的なダメージも少ないですよ。


*****

※延寿帯は商品化もされ、腹部を3重に巻ける長さで、留め具もついていて、さらに薬液に浸した布を用いたという。実物が現存すれば見てみたい。なお、延寿帯の来歴については、『養生訣』の附言に詳しいので、興味のある方はそちらをお読みください。近日中に家庭の東洋医学のウェブサイトで下巻を一気に全文公開します。

【原文の完全版はこちら】
家庭の東洋医学で随時更新中。

【今回読んだ部分】
巻下七から巻下十一
底本:平野重誠『養生訣』(京都大学富士川文庫所蔵)
凡例:第1回目の解説最下部


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養生訣解説

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