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淡々と今を生きる - 養性訣解説10

面白おかしく暮らしたい、華やかな生活がしたい、有名になりたい。誰もがもつ正常な欲求だろう。ただ、これらの欲には際限がなく、求めすぎると体を病んでしまうことがある。

今回の『養性訣』は、欲望と心に関することがテーマになる。心の摂生は五事調和の最終目標で、ここで上巻も終わる。それでは、欲にとらわれすぎると、身体にどういった影響が出るか、まずは以下を読んでみよう。

【原文】
人々安逸(おもしろきこと)に耽(ふけ)り、歓楽(たのしみ)に習(なれ)て、ただ富貴栄華を慕い、名声功利競逐(きそひ)て飽足(あきたる)ことを知ざるが故に、その心志(こころ)外(うはのそら)にのみ馳(なり)て、内に守ものなく、その外物を摂受(みききする)ところの、耳目口鼻の竅(あな)のかたへ、一身(からだじゅう)の血気(げんき)とともに胸腹諸蔵を上へ上へと勾引(ひきよせ)、もし腔内筋膜(はらのすじかは)の繋着(つなぎ)がなくば、蔵府はことごとく頭面裏(あたまのうち)に、搶去(ひきこみ)もしつべき状(ありさま)なれば、身体は俗に所謂(いふ)、将棋だおしとやらんになり、臍下空洞(からつぽ)にて、物なきが如く、大気(いき)の令行(かよいゆきとが)ず、下元(しも)の力虚乏して、腰脚に力なく、腸胃漸(だんだん)に狭隘(せまく)なり、日々の飲食停滞敗壊(すえ)て、血液の運輸(かよひ)怠慢(あしく)なるなり。

過度な欲望は、心をうわの空にする。また、耳目口鼻を満足させようとすると、上へ上へと気血が集中し、大事な胸や腹や内臓も空虚になってしまうとある。つまり、欲を満たそうとするほど、心身ともに空っぽになってしまう

そして、欲望の盛んな人は、一見すると強そうに見えるが、大事に臨む際にボロが出ると、以下のように述べている。

【原文】
かかる人の平常(へいぜひ)を視(み)るに、たとへ亢強(つよき)やうなるも、大事(じ)に臨(のぞみ)ては、必(かならず)周章(うろたへ)狼狽(さわぎ)て、思慮(こころもち)定(さだまり)なく、終(つひ)には痴獃(あほう)の名をとるか。

本当に強くなりたいのであれば、欲を自制しなさいということだ。


一生を名利の巷(ちまた)にかけまわる

【原文】
かく耳目の欲に身膚(からだ)を労(つから)し、心志(こころ)を苦(くるし)め、一生を名利の巷(ちまた)に奔走(かけまはる)は、譬(たとへば)客店(はたごや)の居室(ざしき)の己が意(こころ)に愜(かなは)ざるを憂(くろうにし)て、暁(よのあくる)まで快睡(ねむら)ざるが如く、豈(あに)愚(ばか)の甚(はなはだし)きものにあらずや。

楽しく暮らしたいという欲求のために、心を苦しめ、限りある一生を、お金や名誉のためにかけまわる。これは旅館の部屋が気に入らないからといって、朝まで眠らないような、それくらい愚かなことだという。

旅館に泊まる目的は、身体を休めることだ。部屋が悪いことに憤って、一睡もしなければ、旅の疲れはとれない。旅館に泊まる最重要の目的は、ステキな部屋を楽しむことだったのだろうか。

よい人生を送りたい。誰もがそう思うだろう。そのためには、お金があって、周りからも認められている方が、より心地よい。

ただ、その富と名誉のために、心身の健康を損ない、苦しみながら生きるのであれば、何の意味もない。よい人生を送るという、当初の目的は達せられることはない。

富や名誉が手に入るかどうかは、時代や環境や運が大きく左右し、努力で確率が上がるというくらいの、不確実なものだ。あるところで満足したり、我慢しなければ、その不確実なものに一生振り回されることになる。


失うことへの不安感という、もうひとつの欲

これ以上落ちぶれたくないとか、人から悪く思われたくないとか、傷つきたくないといった、名利が失われることへの不安も、名利の欲のひとつだ。

社会全体が低迷している場合は、富や名誉を追い求めるよりも、失うことへの不安から心身を病む方が多いだろう。

こういった失う不安も、欲望と同じく、どこかで自制しないと、どんどん膨らんでいってしまう。

例えば、現役世代には、この先ずっと安定して仕事を続けられるかどうか読めない不安がある。昭和の時代のような、豊かな老後も今後無くなるかもしれない。

これらの不安に心身をすり減らして生きていくのはつらいだろう。そして本当に仕事を失い、年金が破綻したとする。最悪なできごとに加えて、不安感から病気になるというオマケが、もれなくついてくる。また、予測していた最悪のことが、何も起きなかった場合でも、健康だけは損なってしまう。

逆に、将来に対する悪い想像はせず、今できることを淡々とこなしながら過ごす。結局それでも仕事をなくし、老後が崩壊してしまったとする。この場合、不安によって体をこわすという、余計なオマケがつかない。体が元気なら、再出発もしやすいだろう。

不安に思おうが、思うまいが、同じ結果が来るとしたら、淡々と今を生きる方が、体の健康が保たれるので徳だ。不安など損にしかならない。

欲の自制と同じように、不安感の自制も大切だ。未来への不安や、他人への不満、過去への後悔など、心の中はいつもそんなことで満たされ、意識的に掃除をしなければ、心はゴミ屋敷化する。そしてその影響が身体へ及んでしまう。

では、どうすれば心のゴミは掃除できるのだろうか?そためのユニークな養生法を、次回紹介する。

【原文の完全版はこちら】
家庭の東洋医学で随時更新中。

【今回読んだ部分】
巻上十九から巻上二十四
底本:平野重誠『養性訣』(京都大学富士川文庫所蔵)
凡例:第1回目の解説最下部

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