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春が苦手なあなたへ

最近外でよくネコをみかけるようになった。草木が芽吹く春は、冬にじっとしていた生き物たちも動き出すからだろう。

当然といえば当然だが、春はヒトも同じように活動的になる。鍼灸院にもその影響があって、今日は予約がたくさん入って忙しそうだと構えていると、キャンセルが相次いだり、明日は暇だろうと思いきや、普段あまり来院しない方々からの予約が一気に入ったりする。

そんな活動的な春であっても、逆に緩やかに過ごすことを推奨したい。東洋医学では春は肝を養う季節で、その肝にとって大敵なのは、イライラや緊張などのストレスと考えられている。

春だ!スタートだ!頑張るゾ!ではなく、冬のゴールをゆっくり抜け、次のスタートを切る前の小休止くらいの気持ちでいい。

実は私は春が苦手だ。軽めの体調不良と意欲の低下が、春には必ずやってくる。患者さんにもそういう方が多く、自分は心の病なのだろうかと思い込んでいる方に、この時期は僕も含めて皆そうですなんですよね、と共感すると、少し安心するようだ。

今は調子が出なくても、そのうち身体が慣れていく。季節に適応できるようになるまで、サボれる用事はサボり、焦らずただのんびり過ごす。ヒトも自然に支配される動物なので、特に春はそうするのがよい。

寒がりにとっても春は過ごしづらい。この時期はむしろ冬より冷えるのではないか。春の冷えについては、江戸時代の庶民向けの養生書に次のような記載がある。

春は陽気発生し、草木も若葉萌出(もえいで)人も肌膚和して、表気開くの時なり。然るに余寒(よかん)猶(なお)烈(はげ)しくして、冬よりは寒気に感じやすし。草木も余寒にはいたみやすし。早春にはべつして養生し、身をつつしみて陽気を助けめぐらすべし。
(山東京山『養生手引き草』巻下[1])

要約すると次のようになる。

冬モードの肌は、寒さに対するガードが堅い。それが春になると緩む。でもまだ外は急に寒くなったりする。つまり、春になってガードの緩んだ肌に、寒さが直撃すると、冬よりも余計に冷える。ゆえに春はとりわけ養生をしよう、ということだ。

というわけで、衣替えも桜が散るころから連休くらいまでに、ゆっくり始めるくらいがちょうどよく、タイツも完全に気温が安定するまで履くのがよい。

もうひとつ春におすすめの習慣がある。それは朝日を浴びること。実は日照時間の短い冬は、よほどアクティブな人でない限り、驚くほど日の光を浴びない。

昔の人もそうだったからなのだろうか、『素問』という古代の医学書では、春は早起きして散歩することをすすめている[2]。散歩といっても大げさなものでなく、通勤の途中に数分間、光を浴びながらゆっくり歩くだけで十分だろう。

太陽の光が体内時計を調節することは、よく知られているが、季節の変わり目に、心身の切り替えを助ける働きもあるのではないか。

私はこの季節になると、朝に少しだけ早く家を出て、日の当たる場所を選びながら、わざと遠回りをして通勤する。桜も楽しみだが、陽だまりで、まぶしそうに顔をしかめるネコを見るのも面白い。

春の過ごし方まとめ
・春は肉体的にも精神的にも緊張を避ける。サボる。
・冬よりもむしろ春の方が冷えの影響を受けやすいので、春服への移行は桜の散る頃からゆっくりと。
・少しの時間でもよいので、日の光を浴びる。


参考文献及び注
[1] 山東京山『養生手引き草』巻下(国立国会図書館所蔵、安政5年版)。翻刻は筆者による。原文を新字体、新仮名遣い、ひらがなに改め、読みやすさに配慮し句読点を加えた。

[2] 『黄帝内経素問』(台湾・天宇出版社、顧従徳本影印)。『素問』四気調神大論では、各季節に合わせた起床時間が記載され、春から秋は早起きがよいとしている。

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東洋医学的な季節ごとの養生法については、こちらの本にも詳しく書いております。


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