身体から心をととのえる ー 養生訣解説02

五事調和のための養生法

究極の養生とは、様々な欲望に動揺しない、徳性の高い人になること。『養生訣』冒頭にある、このストイックな考え方を前回紹介したが、著者の平野重誠の本業は宗教家ではない。医者である。

そのため、患者を説教ではなく、別のアプローチで心身の安定に導こうとしていた。その考えのもとになるのが、今回のテーマである「五事調和」になる。

この「五事調和」の「五事」は、食・眠・体・息・心の五つ。

『養生訣』の末尾にある「附言」によると、五事調和は仏教思想からの引用で、五事の調和を通じて、善におもむかせるための教えのようだ。

医者である平野重誠はこの五事から、「心」をいったん取り外した。これは「心」を軽視していたからではない。当時の医学常識では、身体と心はつながっていると考えられていたからだろう。身体を調えていけば、心もそれにつれて安定していくということだ。

では平野重誠は、実際にどのようにして養生指導を行なっていたのか?原文からうかがってみることにしよう。

【原文】
今この食(しょくじ)眠(ねむり)體(からだ)息(いきあい)心(こころの)五事調和の如きは、外よりその心を導(みちび)き、漸(しだい)に善に化(おもむか)しめんための教(おしへ)なれば、いわゆる權道(ちかみち)にして、行いやすくまた護(まもり)やすし。

故に予(おのれ)は専(もつぱら)これを養生の要訣(だいいち)となして、老幼男女の差別なく常にこれを人に授(さずく)るがゆえに、かの名聞利欲の心熾(さかん)なるものに会(あう)ても、強(しい)てこれを制せんとはせずして、唯(ただ)その病苦を救ひ得(うる)ことを先にし、その人々の便宜(かつて)に任(まかせ)て、或は和歌(うた)もしくは頌文(じゆもん)などを称(とな)へ、自(じしんに)胸腹を按撫(なでさすり)て、気息(いきあい)を調適(ととのう)ることを教え、或は食後獨(ひとり)按摩(あんま)の法を伝え、あるいは食眠体息四事の中に於て、其人の為(なし)やすく行ひやすきことを授け、強て止(やむ)ことなからしむれば、腹気(はらあひ)漸(しだい)に安定(おちつく)に従(したがい)て、その人の精神(こころもち)自(おのづか)ら爽快になり、心身よく調和(ととのふ)るにいたれば、天性(うまれつき)の真智(ちえ)いつとなく發現(あらわれ)て、この嵆康が論ぜし五難をも、終(つい)には去得(さりう)るようになるものあればなり。

これ台家(てんだい)浄土(じょうど)の念佛(ねんぶつ)、日蓮(ほっけ)宗の題目(だいもく)を専(もっぱら)に称(となえ)しむるものと、その帰(おもむき)やや類似(により)たることあり。故にこの編を読(よむ)ものは、通途(ひととほりの)養生の書を看るの外に、一活眼(べつのまなこ)を開き、文字の外に深義あることを觀得(みつけいだす)べし。これ作者の本意なり。〔歌をとなへて腹をなづることと、食後ひとりあんまの法は病家こころえ艸(ぐさ)にのせたり〕

原文中に「名利の欲が盛んな者に会っても、強いてこれを制することはしない」とある。平野重誠は心身を病む患者に対し、心をととのえ、欲望を抑えろと頭ごなしに指導しない。きっと患者に共感的なやさしい先生だったのだろう。

ただ、やさしく接するだけでは人は変わらない。食・眠・体・息の四事の中から、個人に合わせて調えやすそうなものを選び、実行させるのが平野流の養生指導だ。

『病家須知』の2つの養生法

具体的にどのような養生法を教えていたかというと、ここでは2つの方法が紹介されている。ひとつは、食後ひとりあん摩の法。もうひとつは、睡眠前に和歌などを唱えながらお腹をさすり、丹田呼吸を行う方法。いずれも、平野重誠が著した家庭看護書の『病家須知』(びょうかすち)に記載されている※1。

『養生訣』は『病家須知』の後に出版された本なので、この2つの養生法についてここでは説明されていないが、読んだことのない方ために、その2つの養生法を以下に紹介しよう。

 (1)食後ひとりあん摩の法

常に飲食する後ごとに、必(かならず)端座(すわり)て先(まず)口を開(ひらき)、腹中の気を呼(はく)こと数遍にして口を閉じ、さて両手掌を相摩(すりあわせ)て熱せしめ、額上(ひたい)より両頬下(ほほまで)及左右の瞘(まぶた)を摩擦(なづる)こと数遍、尤(もっとも)軽(かるく)すべし。

其次に両手相並(あいならべ)て左右の胸脇より小腹(したはら)に至(いたる)までを、徐々(そろそろ)と撫摩(なでさする)こと十数遍。これは面部を摩(なづ)るよりも少力を用べし。

其後両大指を以て足心(あしのうら)湧泉穴(つちふまずのところ)を力を極めて摩擦(なでさする)こと、左右各五七十遍にして止(やむ)。

『病家須知』巻二(国立公文書館内閣文庫所蔵、翻刻は筆者による:凡例

食後のひとりあん摩は、以下の4つの手順で行われる。毎食後に行うとよい。

※原文には「ごく軽くまぶたをなでる」とあるが、目に外圧を加えるのは力加減を誤ると危険なので、額から顔の側面全体をなでると改変した。実際はまぶたというよりかは、眉のあたりを撫でるようにする。


 (2)和歌を唱えながらの腹部摩擦と呼吸法

睡眠前に行う、和歌を唱えながらの腹部摩擦と呼吸法については、以前「おやすみ呼吸体操」という簡略化したものを紹介したことがある。詳細は以下のリンク先に掲載している。

この簡略版の「おやすみ呼吸体操」では、本式と異なり、和歌を省いている。睡眠前に暗い部屋で和歌を唱えていると、家族に気味悪がられるという私の個人的な思いから、ついついそうした。一人暮らしの方や、隣で寝ているご家族が嫌がらない場合は、和歌を唱えながらの本来のやり方を試すのもよいだろう。

実際に『病家須知』で紹介されている和歌は、『万葉集』にある以下の歌だ。

廬原(いほはら)の
清見(きよみ)の崎の
三保(みほ)の浦の
ゆたけき見つつ
物思ひもなし

(廬原の 清見の崎の 三保の浦の 広々とした海を見ていると 何の屈託もない)
参考:『万葉集』(『新編日本古典文学全集6』小学館、p190)

平野重誠はこの和歌を唱えながらの腹部摩擦は、仏教徒が念仏を唱えることに類似するとしている。御利益に似た、漠然とした安心感のようなものを、心身を病む患者たちに与えたかったのかも知れない。「ゆたけき見つつ 物思ひもなし」という言葉の響きはなんとも心地よい。

以上の2つが、『病家須知』に紹介されている、五事調和によい養生法になる。

外側から内側を変化させる

このように、平野重誠は医者として、まずは外側からのアプローチである身体の調整によって、内なる心を安定させようとした。その心身の安定した者を、次の段階である善におもむかせることをねらっていたのだろう。

今回は身体を主とした養生論だったが、次回は一変して、仕事をテーマにした心の話になる。私たちは心身の健康のために、日々どのような意識で仕事に向き合うべきなのか。

つづく

【注】
※1.『病家須知』の現代語訳は、農山漁村文化協会より出版されている。睡眠前の腹部摩擦と呼吸法の完全版を行いたい場合は、こちらを読むとよいだろう。各術式についての解説は『江戸の快眠法』(晶文社)を参照されたい。

【今回読んだ部分】
綜凡二表から綜凡三表
底本:平野重誠『養生訣』(京都大学富士川文庫所蔵)
凡例:第1回目の解説最下部

【原文の完全版はこちら】
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ニャーニャー
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養生訣解説

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