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養生のさまたげになる5つのこと ー 養性訣解説01

自己管理ほど難しいものはない。食べ過ぎや飲み過ぎが健康に悪いのは、誰でも知っている。何も最新の科学的なデータなどを持ち出さなくても、もうすでに当たり前の事実だ。なのに実行は難しい。

結局のところ、予防可能なたぐいの病気になってしまうのは、自制心の問題なのだろう。

特に現代人は身体に悪いことばかりしている。現代人は食事や睡眠や運動を全くコントロールできない。現代人の心は常に動揺している。現代人は・・・。

どの時代の人も今の世を憂う

このように今の世人を憂うことを、昔の人も同じようにしているから面白い。今回から解説をつけて読んでいく『養性訣』にも、江戸時代という長い太平の世に、人々は欲にまみれ、飲食が乱れ、不健全になってしまったと、著者である平野重誠(ひらのじゅうせい)が記している。

そして平野重誠は、こんな世の中だから、嵆康(けいこう)という昔の偉い人が言った養生の五難についての説も、もはや通用しなくなってしまったという。

この養生の五難とは何であろうか。

養生の五難

それでは、第1回目の『養性訣』解説を始めよう。

この養生の五難は、以下に引用した『養性訣』冒頭の綜凡に記載される。綜凡とは、全体の概略のようなものだ。

【原文】
むかし嵆康といいし人の養生に五つの難きことあるよしを論ぜし。その一には、名聞利欲の去(さり)がたき。二つには喜怒の情その度に超(すぐ)る。三には、好色の心深き。四には、滋味(うまきもの)の口に絶(たえ)まなき。五には、一切の事の心にかかりて忘れがたきとなり。

もしこの五つのものを胸裡(むねのうち)に蘊(たくわう)るときは、いかなる養生の術を行うとも決して其功(そのかい)なく、かならず病苦を招き、中道(ちゅうねん)に夭(わかじに)するか、偶(たまたま)老境(ろうきょう)に到るとも、心身ともに衰耗(よわり)て、事用(もののよう)にたちがたし。

もし少壮(わかきとき)より、強(つとめ)てこの五つのものを去得(さりう)るときは、その心日日に徳に進(すすむ)を以て、祈(いのら)ずしておのづから福(さいわい)を得、求めずしてよく壽(いのち)を延(のば)すといへり。

これ至當(しごく)の説なれども、時世を以てこれを論(いう)ときは、その言行はれがたきに似たり。いかんとなれば、方今(とうじ)昇平(たいへい)二百餘年の久しき、人々佚遊(あそび)に習ひ、驕楽(おごり)を常とするときにあたりて、この嵆康が説を示(おしへ)たればとて、よく順(したが)い護(まもる)ものは少(まれ)なるべし。 

養生の五難とは、養生の妨げになる五つのことで、簡単にまとめると次のようになる。

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養生の五難

・その一 
名利を求めること
・その二
感情の起伏、度を超した喜怒の情
・その三
好色の心
・その四
美味しい物の食べ過ぎ
・その五
物思い

この五つを克服できなければ、いくら養生をしても効果はなく、病気で早死にしてしまうか、運良く長生きしても心身ともに衰弱して何もできなくなってしまう。

逆に若いうちからこれらに気をつけていれば、徳が高くなっていき、運が良くなり、長生きできる。これが嵆康の養生五難説だ。

ストイックすぎてついて行けない

平野重誠もまた、養生のためには心の安定が必要であると、本書の中で一貫して主張している。そして、心の安定のもう一つ上の段階である、心のきれいな善人になれれば、おのずと心身ともに健康を保てると考えていたようだ。

現代人の常識からすると、人の善悪は病気とは無関係だ。遺伝や感染などが原因で、誰でも病気になる可能性はある。ここで言わんとすることは、心が清く欲望がなくなれば、ストレスなどが引き金となるタイプの病が予防できるということだろう。

つまり、各種の欲望に動揺しない、善なる状態になるというのが、究極の養生になる。

さて、ストイックすぎてもう読む気が失せてしまうという人もいるのではなかろうか?実は私もはじめはそうだった。

平野重誠はそんな人々のために、欲の自制を無理強いせず、別のアプローチを考えた。その考え方が、次回取りあげる五事調和になる。

つづく

【今回読んだ部分】
総凡一表から総凡二表
底本:平野重誠『養性訣』(京都大学富士川文庫所蔵)

【凡例】
(1)変体仮名、片仮名などは、現行のひらがなに改めた。
(2)原文は読点のみだが、文脈から判断し、適宜句点を加えた。
(3)ふりがなは()内に、細字は〔〕内に記した。
(4)原文はほぼ全ての漢字にふりがなが付けられているが、読みやすさを考慮し、できる限り省略した。なお、ふりがな完全版は家庭の東洋医学上で公開している。
(5)送り仮名はそのままとし、旧仮名遣いは新仮名遣いに改めた。
(6)旧字体や俗字などは原則として新字体に統一した。

【原文の完全版はこちら】
家庭の東洋医学で随時更新中



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