その悩みは、幻かもしれない - 養生訣解説06

昔話

昔々、中国の随の時代に、陳箴(ちんしん)という人がいました。ある日、陳箴は仙人の張果(ちょうか)に占われ、ショッキングなことを告知されます。

あなたは一年もたたないうちに必ず死ぬ、と。

困った陳箴は、弟の顗禅師(きぜんじ)に相談しました。すると顗禅師は、食(たべもの)眠(ねむり)体(からだ)息(いき)心(こころ)の五つの事を調和することなどを、兄にすすめました。

弟のアドバイスを守り、陳箴は五事の調和を真面目に実行します。そして数ヶ月が経ったときのこと。

再び張果仙人に会うと、なんと短命の相がなくなったことを告げられます。その後、陳箴は病もなく15年生き、座ったまま穏やかに亡くなったそうです。めでたしめでたし。

五事調和については、養生訣解説の第2回で説明したように、食、眠、体、息、心の五つを調和させることである。実話かどうかは別として、上にあげた昔話は、『養生訣』で引用されている、五事調和によって短命を克服したという人のお話に基づく。

『養生訣』では五事調和を養生のための重要課題とし、上巻のすべてを割いて説明している。その序論として、五事の調和をすると、こんなに良いことばかりですよ、ということが今回読む部分になる。

【原文】
故にその飲食を損(へらし)て、腸胃を強健にし、動作を節(ほどよく)して、体腔(からだ)の化育(こなれ)を資(たす)け、吸呼を調停(ととのえ)、体容を寛舒(ゆるやか)にして、専(もっぱら)外に馳(ちる)の心識(こころ)を収摂(ひきしむる)の術に優(まされる)ものあることなし。

故に謹でよくこれを護(まもり)、その自然の道に循い、勤行(つとめおこない)で息(やま)ざるときには、陰陽自和適(おのづからととのい)、真宰(げんき)の令周行(めぐりよくなり)て、従来の病苦は、旭日に霜の消るが如く、いつとなく平治(いえゆき)て、思慮(ちえ)計画(ふんべつ)も以前に倍(ばい)し、これに由て長寿を得んこと、更に疑を容(いる)べからず。
(『養生訣』巻上七裏)

飲食の量を減らし、ほどよく活動し、呼吸をととのえ、体をゆるめ、心を落ちつかせる。理屈はわかるが、なんだか難しそうだ。

ただ、この養生を正しく行えば、「朝日に照らされた霜が溶け去るように、いつの間にか病苦が癒える」という。昔の人はたとえ話がうまい。

どのようにして五事を調えるか

では、五事はどうやって調えるとよいだろうか。五つのことすべてを節制するのは、よほど意思の強い人でないと、まず無理だろう。

『養生訣』ですすめられている五事調和の方法は、五事全てを調和させるのではなく、まず一番難しい、心をととのえることを後回しにする。

東洋医学では心身は互いに影響しあうと考えている。身体が健康になると、心もそれにつられて落ち着いてくる。そのため、心を後回しにしても問題ない。わざわざ最もコントロールのしづらい心から手をつけなくてよい。

その悩みは幻かもしれない

例えばいつもなら平気なことなのに、ちょっとした事に落ち込んでしまったり、過敏に怒ってしまったり、誰でもそういう時はあるだろう。

特に理由もなく心がザワついたり、小さな出来事に敏感になるのは、身体の乱れからきていることもある。

悩み事だってそうだ。その悩みは、身体的な不調が創り出した幻かもしれない。

こんな時は、心を正そうと無理をせず、身体の調整を通じて、心が自然に調うのを待つようにすればいい。心の乱れた自分を責めてはいけない。余計に辛くなる。

なので、五事調和ではなく、心をいったん抜いて、四事にする。そしてその中から、個人の実行しやすそうなものを、ひとつ選んで節制していこう。こうしてみると、五事調和も少し簡単そうに思えてきた。

四事の自己分析と目標設定

四事のどれを選ぶかは、食、眠、体、息の中から、自分にとって問題となるものを分析してみるとよいだろう。ただ、ここで少し疑問が生じる。食や眠りについては、イメージしやすいが、体と息はいったい何なのか。

簡単にいうと、体は運動や、正しい姿勢で活動しているかどうかで、息は丹田を意識した腹式呼吸が身についているかということになる。

では最後に、実際に私を例に四事の乱れを分析してみる。思いあたるものは、食と体だ。私はたぶんよく食べる方だ。四十を過ぎた今でも、結構な量を食べてしまう。普段お酒は飲まないが、食はおそらく八分目を守れていない。

また、鍼灸師という仕事柄、日中はほぼ座りっぱなしで、コテ先で鍼をあやつり、お灸をすえるという、極端に静的な過ごし方をしている。これはいかんと、度々運動を始めてみるがすぐサボり、基本何をやっても続かない。

このように、五事の中でも「食」と「体」の2つが問題だと自己分析はできるが、この2つの中から行いやすいものといったら、両者ともやはり難しい…。

さて、皆さんはどうでしょう?

【原文の完全版はこちら】
家庭の東洋医学で随時更新中。

【今回読んだ部分】
巻上四から巻上八
底本:平野重誠『養生訣』(京都大学富士川文庫所蔵)
凡例:第1回目の解説最下部

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うれしいニャー
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宮下宗三(鍼灸師)

成鍼堂の堂主、鍼灸師。著書『江戸の快眠法』(晶文社)など。家庭でできる東洋医学的な養生法を発信。イラストも描いてます。

養生訣解説

江戸時代の名医、平野重誠の『養生訣』の翻刻と、内容の解説をしていきます。
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