【第六話】セネクトメア 序章「始まりのナイトゲート」
【前回までのあらすじ】
現実と夢の狭間の世界『セネクトメア』で、主人公は、神姫から「変化や違和感を解決しないと、一生後悔するか命を失う可能性がある。」と忠告される。現実世界で目覚め、学校から帰った後に、財布をなくしたことに気づく主人公。どこを探しても見つからなかったが、目の前に自分の財布を持った男子高校生二人が、自転車に乗って通りかかる。
俊輔「あれは、俺の財布!!」
そう確信すると、その男子高校生との距離感に全神経を尖らす。
五メートル、四メートル、三メートル、今だ!!
俺は俺の財布を持った男子高校生の真横から、全力で体当たりをかました。
ガッシャーン!!!!
男子高校生が、自転車ごと道路に倒れる。次の瞬間。
プップー!!!
トラックが、倒れた男子高校生に向かって走って来る。ヤバい!!!
とっさの判断で、倒れた男子高校生の脇を掴み、路肩に引きずる。
すると、わずかの差で、トラックは何にも触れることなく走り去っていった。
俊輔「危なかったー。」
男B「何が危なかっただ!テメーのせいだろーが!」
腕を振り払い、怒りながら俺を睨みつけてくる。
俊輔「返せ。」
そう言うと同時に、彼が右手に持っていた俺の財布を奪う。おかえり、俺の財布。
男B「何だテメー。人に暴力ふるっておいて、財布まで盗むのか。ぜってー許さねーぞ。」
俊輔「これは俺の財布だ。今証拠を見せてやる。」
そう言うと俺は、財布の中から原付の免許証を取り出す。・・はずだったが、緊急事態発生。これ、俺の財布じゃない。
良く見るとこの財布は、遠目から見たら俺の財布に見えるけど、近くで見ると全然違う物だった。中には、見知らぬ女性の免許証が入っていた。
俺が固まっている内に、もう一人の男子高校生が追いつき、あたふたしている。
男B「オイどうした。証拠を見せてくれるんじゃなかったのか?」
男A「こいつ知り合い?」
男B「知らねー奴。」
俺はその財布を、自分のケツポケットに、そっと差し込んだ。
男B「オイ!早く証拠見せろや!」
俊輔「冷静に考えてみれば、わざわざ証拠を見せる必要なんてないよな。個人情報をさらすことになるし。」
我ながら、良い嘘が思いついた。
男B「とりあえず、それよこせよ。」
男は、そう言うと、右ポケットから折り畳み式ナイフを取り出し、こちらに向けてきた。
俺はこの時気づいた。これこそまさに、命を失う可能性あり!
たかが三万円を取り返す為に殺されるくらいなら、知らないふりをしていれば良かったのか?そうすれば、この男がトラックに轢かれそうになることもなかったし。そんな激しい後悔の念にも襲われる。神姫の忠告は、間違いなくこのことだったんだ!
男A「ちょっと、さすがにそれはやめなよー。」
ツレの男が、怯えながらなだめようとしている。
その時、一台のパトカーが通りかかった。
警官「コラー!何してる!」
さすがに、警官の前で俺をナイフで刺すわけにはいかず、俺達三人は、そのまま近くの交番に連れて行かれた。警官もめんどくさかったのか、俺のことはすぐに開放してくれたけど、ナイフを持っていた男子高校生に対しては、厳しく質問攻めをしていた。
俺は財布を交番に届け、自分の家に帰ることにした。
俊輔「てか結局、俺の財布は見つからないままだったな。」
その時、パッパラから着信が入った。
俊輔「もしもし。」
粂田「もしもし俊ちゃー?あのさー、ごめん!俊ちゃの財布、昼休みに預かったまま持って帰ってきちゃった!」
まさかの言葉に、自分の耳を疑う。
俊輔「・・え!?預かってた?」
粂田「そうそう!私お金なかったからパン買えなくて、そしたら俊ちゃが財布ごと渡してくれて「何か買ってきな。俺先に教室戻ってるわ。」って言ってくれたじゃんねー!」
そうだ。そうだった。その後、返してもらうの忘れてた。
粂田「どうする?明日学校で渡せばいい?」
俊輔「うん、いいよ。明日で。」
粂田「ほんとごめんねー!じゃねー!」
何だか茫然としてしまう。
結局、財布はなくしてないし、盗まれてもいなかった。なのに学校に戻り、帰り道で不良とケンカをして、警察に連れて行かれたのか俺。
でもあの男子高校生がトラックに轢かれていたら、俺は一生後悔したし、ナイフで刺されていたら、俺が命を落としていたかもしれない。
神姫は「変化や違和感を解決しろ」と言っていたけど、俺がパッパラに財布を預けたことを思い出したり、まずは友達に連絡して聞いていたら、こんなことにはならなかった。
「一生後悔する」「命を失う可能性がある」なんて言葉にビビりすぎて、変に考え過ぎて、過剰に反応しすぎていた。
終わってみたら何てことはない、くだらない茶番だった。
でも結果的に、一生後悔することは起きなかったし、命も失っていない。
ある意味、最高のハッピーエンドを迎えたかもしれない。
そんな風に、いつも通りポジティブな思考に切り替えて、自転車をこぎながら家に向かう。
俊輔「あ、でも、お金ないから、今夜ご飯食べれないわ。」
~セネクトメア・某所~
「神姫さーん、何してるのー?」
神姫「ああ、フリドー。今ね、現実世界を観てたの。」
フリ「そっか。何か楽しいことでも起きてるの?」
神姫「楽しいって言えば楽しいけど、どちらかと言うと心配事かな。」
フリ「現実世界の何を心配するのさ?」
神姫「まぁ、色々とね。」
いつも大きな狛犬を連れているフリドーは、私と同じスサールで、人懐っこい性格。今日もパトロールがてら、私の住処に遊びに来たらしい。
フリ「そういえば、例の新人リンカー君、ホープライツに入団したんだって?何か運命的だね!」
神姫「運命といえば運命かもしれない。でもどちらかというと、宿命かな。」
フリ「そういうもの?よく分かんないけど、彼が所属するフォーマンセルのメンバーはどうするの?」
神姫「誰でもいいわ。ギブソンに任せる。」
フリ「狛太郎が言うには、隊長はまだ決まってないけど、スピカとアライがメンバーになるらしいよ。」
神姫「そうなの。いいんじゃない、別に。」
フォーマンセルは、四人一組の小隊のこと。ホープライツは、基本的にフォーマンセルで活動する。まだ職種も決まっていないのに、ギブソンも随分気が早いものだ。
フリ「さっきから、何か考えこんでるね!」
神姫「うん。例の新人君、私の片割れなんだけどさ、昨日忠告してあげたのに、まだ問題を解決できずにいるのよね。」
フリ「そうなんだ。狛太郎が言うには、本人は無事に解決できたつもりでいて、ひと安心してるみたいだけど?」
神姫「たかが財布をなくす程度のことを、私がわざわざ忠告するとでも思ったのかしら。相変わらず、賢いのかバカなのか分からない。」
フリ「本当は、大きな事件が起きるの?」
神姫「このままだとね。彼は一生後悔するか、命を失う可能性がある。しかも変化や違和感にはちゃんと気づいてるのに、浅く考え過ぎてる。今日の何気ないできごとが、どれだけの世界線に影響を与えることか、分かってないの。」
フリ「新人リンカーに、そこまで分かるわけないよ。しかも、何だかんだ言って、彼がピンチになったら、ちゃんと助けてあげるんでしょ?」
神姫「どうかな。彼がいい子にしてたら、何でもしてあげたいけどね。」
運命の歯車は、少しずつ音を立てて動き出す。でも未来は、数えきれないほどの変数の上に成り立っている。明日がどうなるかなんて、誰にも分からない。現実も、ひとつじゃない。
これから始まるであろう壮大な物語を前に、私はただこうして、それぞれの世界を眺めている。
続く。
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