【第十話】セネクトメア 序章「始まりのナイトゲート」

【前回までのあらすじ】

初任務である人物を救出した主人公は、現実世界で平穏な日常を堪能する。しかし心はセネクトメアへの想いを馳せる。



~セネクトメア・ホープライツのアジト~

現実世界で眠り、セネクトメアに来ると、逆に目覚めた気分になる。小学生が学校が終わった放課後に、思いっきり楽しく遊ぶように、俺はこの世界を堪能したかった。現実より自由で刺激に満ち溢れたこの世界は、とても魅力的だった。

ミーティングルームを見ると、例の救出した男性とギブソンがいる。チームメンバーの姿はない。俺はとりあえず、ミーティングルームに向かった。

部屋に入ると、救出した男性は、無表情のまま座っている。ギブソンは、少し悩みながら困った表情を浮かべている。

俊輔「おはよーございます。」

ギブ「おー!いいところに来たな。お前に頼みたいことがある。」

俊輔「頼みたいこと?」

ギブ「あぁ。この間救出したこいつ、ほとんど喋らないんだ。情報を聞き出したいんだが、うまくいかなくてな。」

ギブソンの手元には、真っ白の紙とシャープが置いてある。そこに書き出せばいいのだろうか。

俊輔「喋れないんですかね?」

ギブ「いや、声を発することはできる。俺のことを警戒してるのかもしれないな。まぁ、あんな地下室に監禁されて、ここに連れ出されて、不信感を積もらせる気持ちも分かるけどな。」

ギブソンは、厳しそうな見た目とは裏腹に、優しい心の持ち主かもしれない。今までも、そう思うことが多々あった。さすがリーダーといったところか。

俊輔「ちなみに、今回彼を救出した目的は何ですか?」

ギブ「そんな大した理由はない。監禁されてるっていうから、救出してあげた方がいいだろ?俺達ホープライツは、この世界の治安を守ることも活動の一つだからな。」

そういえばそうだった。忘れてた。

俊輔「彼もリンカーってことは、何か職種やスキルを持ってるんだよね?」

ギブ「それも聞き出したいし、できればホープライツに入団してもらいたいんだが、まだ分からない。お前、こいつと話しながら、できたら勧誘もしておいてくれ。じゃあな。」

そう言うとギブソンは、ゆっくり薄くなりながら消えていった。始めてみる現象だったが、これが現実世界で目覚めるということなのだろうか。


とありあえず、他にすることもないので、目の前にいる彼と会話を試みてみる。

俊輔「俺は俊輔って名前です。あなたの名前は?」

「ヤス。」

あれ?普通に喋るじゃん。

俊輔「ヤス、色々聞きたいことがあるんだけど、質問させてもらっていい?話したくないことは話さなくても大丈夫だから。」

ヤスは、静かにうなずいた。Yesってことだ。さて、何から聞いてみようかな。


俊輔「ヤスは、何であの場所に監禁されてたのか分かる?」

ヤス「・・・」

喋らない。話したくないのか、考えているのか、分からないのか、どれだろう。じっと彼の目を見つめて待ってみる。もしかしたら、何らかのスキルで、情報を外に漏らさないようにされているのか?

全く話す気配がないので、他の質問に切り替えてみる。

俊輔「じゃあ、ヤスをあの場所に監禁した人物が、誰か分かる?」

ヤス「・・・」

またしても喋らない。もっと簡単な質問の方がいいのか?それとも、「これ以上質問するな」という、無言の抵抗だろうか。確かに、いきなり知らない場所に連れてこられて質問攻めに合うのは、ストレスかもしれない。

俊輔「まぁいっか。とりあえず、ここは安全だし、多分悪い人もいないから、ゆっくりしていきなよ。そこで好きな飲み物も飲み放題だし。」

そう言いながら俺は、椅子にもたれかかり、伸びとあくびをした。眠っているのにあくびをするなんて、矛盾してるかもしれない。

ギブソンも何も聞き出せなかったんだから、同じように俺が何も聞き出せなくても、誰も文句は言わないだろう。でも気になることがあったから、質問してみる。

俊輔「ヤスは、どんな職種なの?」

ヤス「クリエイター。」

俊輔「お!一緒じゃん!クリエイターを職種にしてる人、初めてあったかも!俺もクリエイターなんだよ!まだ二日目だけどw」

ヤスが嬉しそうにニッコリ笑った。赤ちゃんのような、純粋で無邪気な笑顔だ。

ヤス「じゃあ、まだ何のスキルも持ってないの?」

まさかの逆質問。でも普通に喋ってくれそうな気配。

俊輔「うん。何をしたらいいのかも分かんない。抽象的なものの具現化って言われても、意味不明だし。」

ヤス「その内、自然にできるようになるよ。」

ヤスは、ニコニコしたまま話している。

俊輔「何だか楽しそうだね。」

ヤス「何だかインタビューゲームみたいで楽しいよ。」

俊輔「インタビューゲーム?何それ。」

ヤス「お互いに質問し合って、聞いた内容をメモに書いて、最後に相手になりきって自己紹介を書くゲームだよ。相手のことを知ったり理解する為にやるゲーム。」

俊輔「そうなんだ。確かにインタビューゲームみたいだねwじゃあ、ヤスはどんなスキルを持ってるの?」

俺がそう聞くとヤスは、笑顔を崩さないまま、俺の手元にある紙を小さくちぎり、自分の手のひらに乗せた。何が始まるんだろう。

ヤスは、ちぎった紙を見つめている。すると、紙が少しずつ形を変え、木のカケラになった。

俊輔「え?何それ。何が起きたの?」

ヤスは無言のまま俺に視線を送った。そしてもう一度木のカケラを見つめると、元の紙に戻った。物を他の物に変換する能力だろうか。不思議そうにヤスのてのひらを見つめていると、今度はその紙が少しずつ黄色くなり、茶色になったと思ったら、粉々に砕けてしまった。

俊輔「全然分からないんだけどw物を変換するスキル?」

ヤス「そんな感じ。正確には、触れたものの時間を戻したり、進めたりできるスキルだよ。」

サラッと言うけど、それって凄いスキルじゃないのか。そういえば、紙の原料は木だし、紙は風化すると茶色く変色してボロボロになる。それをてのひらの上でやってのけたってことか。

俊輔「凄すぎるよそれ!俺もそういうことができるようになりたい!」

ヤス「スキルはね、その人の心が強く求めるものが手に入るんだよ。思いの強さ、願いの強さに呼応するように、スキルは目覚める。」

俊輔「え、意外と簡単そうだね。思いが具現化するなんて素敵!」

ヤス「俊輔は、何を求めてるの?セネクトメアで、何がしたいの?」

そう聞かれると、すぐに思い浮かぶ答えはない。この世界が楽しそうでワクワクしてるくらいで、特に目的はないし。

俊輔「まだリンカーになったばかりだし、今は特に何もないなー。」

ヤス「じゃあ、好きなことはある?」

俊輔「好きなこと。うーん、青春することと、金魚くらいかな。」

自分で言って、自分で「何じゃそりゃ」と、心の中でツッコんだ。

ヤス「青春はよく分からないけど、金魚ならイメージしやすいから、具現化できると思うよ。」

俊輔「そうなの?でも金魚って抽象的なものではないから、クリエイターとして具現化できる者じゃない気がするけど。」

ヤス「現実世界にいるような普通の金魚は無理でも、セネクトメア独特の金魚を生み出すことはできるよ。」

俊輔「そうなんだ。自分オリジナルの金魚ってことね。生き物を具現化するなんて、不思議な感覚。ってことは、地下牢にいたサーベルタイガーも、誰かが生み出した生き物なの?」

ヤス「うん。ギミックは、基本的にエンジニアかクリエイターが生み出したものだよ。」

俊輔「じゃあさ、あのサーベルタイガーにヤスが触れたら、生まれる前に戻せたりするの?」

ヤス「うん。でも時間がかかるから、戻る前に攻撃されちゃうけどね。」

俊輔「そうか。だから牢屋は鉄の塊に戻せても、サーベルタイガーの群れは突破できないから、牢屋の中にいたんだね。」

ヤス「うん。外に出ても、どこに行けばいいのか分からなかったし。」

凄いスキルにも、弱点はあるらしい。だからホープライツはフォーマンセルでチームを組んで、弱点を補い合い、強みを生かし合ってるのか。


俊輔「ふー。やっぱまだ知らないことだらけだなー俺。」

椅子に浅く腰掛け、だらんと背もたれに寄りかかる。

あんまり難しくて複雑だと、かえって何もやりたくなくなる。めんどくさいのは嫌いだし、なるべく労力もかけたくない。どことなく無気力な性格は、この世界でも見事に引き継がれていた。

目的、か。物心ついた時には幼稚園に通い、小中高と、学生の身分で今まで生きてきた。それは世間のレールに乗っているだけで、自分の意志ではない。でも勉強をしたり、友達を作ったり、青春を謳歌したり、良い学校に進学したり、望む企業に就職する為など、目的は色々ある。

でもこの世界は、現実世界から見たら夢の世界と同じようなものだから、特に目的意識なんてなかった。この世界の治安なんてどうでもよくて、どちらかというと、この世界の謎を究明する方に興味があった。でもそれは単なる好奇心で、謎を究明したからといって、何か良いことが起きるわけでもない。お金持ちになるわけでもなければ、理想の未来が実現するわけでもない。そもそも理想の未来なんて思い描けてない。

結局、どの世界にいても、自分は自分。何となく寂しい考え方だけど、心のどこかで「このままじゃいけない」とも思っていた。


続く。

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