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ジェジュン『J-POPの世界を描き出す2つの歌声の持ち主』(後編)人生を変えるJ-POP[第16回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

今回は、韓国出身の歌手ジェジュン(J-JUN)を取り上げます。

彼は、東方神起のメンバーでした。筆者にとって、この連載の主旨でもある「たった1人のアーティスト、たった1つの曲に出会うことで人生が変わる」という、まさに久道の人生を変えた出会いのアーティストです。
彼の人物像や日本活動を行うことになった経緯、また韓国人でありながらJ-POPを好んで歌う音楽の世界観などを評論的立場から掘り下げていきたいと思います。

韓国では一気にトップアイドル。なのに日本では…

東方神起は、韓国でデビューと同時にトップアイドルに上り詰めました。「東方神起」の名前の由来通り、このグループは、韓国以外に中国や日本をターゲットにしていました。日本進出以前に既に中国をはじめとする東アジア諸国ではブレイクしていたのです。

ところが、日本では、現地化政策を取ったにもかかわらず、思うほどの話題になりませんでした。なぜなら、日本はボーイズアイドルグループの激戦地であり、外見が良く歌って踊れる東方神起は完全に日本のアイドルグループとイメージが被っていたからです。

そのため、エイベックスは路線変更をし、彼らを実力派のボーカルグループとして活動させ始めました。そして、地方の番組やイベントに積極的に出演させるという地道な活動(いわゆるどさ回りと呼ばれるもの)をさせながら、少しずつ彼らの認知度を広げていきました。これによって楽曲『どうして君を好きになったんだろう』の大ヒットに繋がっていったのです。

もう一つの大きな理由にジェジュンの歌声がありました。

東方神起の初期のプロデュースを行なった松尾潔氏(CHEMISTRYのプロデューサー)は、彼の歌声を日本人好みの響きに作り替えることにしました。なぜなら、日本人は高めの甘い響きの歌声を好む傾向にあるからです。

ジェジュンの歌声は、元々は、少し太めのソフトな響きを持っています。松尾氏は、その声を少し細めで甘い響きに作り替えるように彼に指示しました。ジェジュンは新しい声を自分のものにするのに1年半から2年近くかかったと言っています。

彼自身が『Begin』の楽曲に出会い、初めて「少し歌い方がわかった」と話しているのです。このように、彼は日本の楽曲をメインボーカルで歌うことによって、自分の歌声を作り変えていきました。

ジェジュンの歌声は、ひと言でいえば、不思議な魅力があるということです。

彼は韓国でデビューしたとき、17歳でした。17歳といえば、まだ声帯は成長期にあります。男性は、第二次性徴期を経てもなお、甲状軟骨(いわゆる喉仏と呼ばれるもの)が少しずつ伸びていきます。この軟骨の成長が止まるのが大体25、6歳と考えられていて、男性歌手の場合は、10代の歌声と20代以降の歌声は変わることが例外ではありません。

また、歌手がボイストレーニングをして発声そのものを変え、歌声を変えるのが可能な年代が、男性の場合は25歳頃までと言われています。

ジェジュンが歌声を根本的に変え、身につけたのが20歳前後ですから、まだ彼の声帯は成長途中にあったと言えます。これが、彼が歌声を変えることに成功した一つの要因でもあるのです。

韓国でのデビュー当初の彼はメインボーカルではありませんでした。その頃の歌声は、今と全く異なり、低音部は太く、中音部は響きがなく、高音部は非常に細い頼りない響きの歌声です。彼の歌声は日本活動をしたことと、肉体的成長によって大きく変化してきたと言えるかもしれません。

普通、1人の人間が持つ歌声のタイプは1種類のことが多いです。たとえば、ビブラートを持たないストレートタイプの歌声なら、低・中・高、どの音域もストレートタイプの歌声に変わりはありません。

反対にビブラートのある歌声では、どの音域にもビブラートが存在します。このように歌声は、どの音域を歌っても基本的なタイプが変わらないのが普通です。ですが、ジェジュンの場合、2つの響きのタイプを持っていると考えます。

1つは低音域から中音域にかけてのビブラートのある歌声。そして、もう1つは、高音域の少しハスキー気味なストレートボイスです。さらに彼の特徴として、低音域と中音域では倍音が鳴り、非常に甘い響きになります。

このようにこの人の歌声は、音域によって2つの響きを持っているのです。これが、彼が楽曲によって様々な歌声を出せる理由ではないでしょうか。

響きの異なる2種類の歌声

このように、ジェジュンの歌声が他のアーティストと大きく異なる点は、2つの異なる響きの歌声を持つことにあります。これは、彼が韓国語と日本語という2つの言語を歌っていることが大きな理由ではないかと考えるのです。

すなわち、彼は韓国語の歌を歌うときと、日本語の歌を歌うときの発声に違いが生じる歌手なのです。この理由としては、韓国語の持つ母音と日本語の母音の違いが大きく影響を及ぼしていると考えます。

韓国語は曖昧母音も含めて母音の数が21個あるのに対し、日本語の母音は単純母音の5個だけです。そのため、日本語の歌を歌うときと韓国語の歌を歌うときでは、自ずと発声ポジションや喉の奥の開きに違いが生じます。

即ち、韓国語の歌を歌うときは彼本来の歌声に近く、日本語の歌を歌うときには、カスタマイズされた歌声で歌う、という状態になるのです。

ところが東方神起時代、多くの日本人が彼の歌声を好みました。また、彼自身が多くの日本語の楽曲を歌うことで、「日本語の歌を歌うときの歌声が自分本来の歌声のように思うようになった」と話しています。

8年の日本活動空白期も「日本語の歌の歌声を忘れないように努力した」という彼は、自分本来の歌声がどのようなものだったのかがわからなくなるほど、日本語の歌に馴染んでいたのかもしれません。

このことによって、彼は2種類の響きの異なる歌声を身につけたということになります。これが楽曲によって様々な歌声が出せる要因だと感じるのです。

私が彼の歌声に惹かれたのも、まさに彼の歌うJ-POPの歌声でした。彼の歌声は非常に伸びやかなのが特徴です。元々の声域はハイバリトンと言って、男性の中音域であるバリトンの高い方の歌声ですが、彼の特徴は低音域が広いことにあります。

普通、高い方の音域は訓練で伸ばせますが、低い方の音域は伸ばすことができません。なぜなら、低い音域は声帯の長さに比例するからです。すなわち、もともと生まれ持った声帯の長さによって、低い方の音域は決まると言われています。

そのため、彼のようにハイトーンボイスを得意とする人は、どちらかといえば声帯が短い傾向にあり、低い音域になると響きが抜けてカスカスの歌声になりやすいという特徴があります。ところが彼は、この低い音域もしっかりと響きのある歌声を持っているのです。

彼の低音域から中音域にかけての歌声は、濃厚なミルクのような響きをしています。また高音域を含む歌声全体もビロードのように艶のある歌声が特徴で、濃厚な色彩は、ハイトーンボイスを除いて、どの音域も変わることがありません。これは低奏倍音を持っている証拠です。

また、高音域のハイトーンボイスになると、少しハスキー気味なストレートボイスに近い響きに変わります。しかし、最近では高音域も充実した濃厚な響きの歌声で歌うこともあり、彼が自由自在に自分の歌声を選び取っているような印象を持ちます。

また、発音という面から考察すると、ジェジュンという人の日本語は、ほぼ完璧に近い発音で歌っています。

楽曲によっては、ロック的な発音をわざとしたりする曲があり、日本語が不明瞭と感じるものもありますが、それは日本人ロッカーでもありがちな発音です。それ以外の楽曲に於いては、歌声だけを聴いていれば日本人歌手と遜色がありません。

彼の日本語の発音は非常に素直で癖がないのが特徴です。そのため、日本語の僅かなニュアンスも表現できることが、彼の日本語の歌に対する違和感を持たない要因と言えるでしょう。

『Love Covers』日本人の心をつかんで離さないアルバム

韓国人である彼が歌ったカバーアルバム『Love Covers』は非常に高い評価を受けました。

亡くなった評論家のなかにし礼氏が、「一曲目、中島美嘉の『愛してる』を聴いた瞬間、心を鷲掴みにされてしまった」(2019年11月19日号「サンデー毎日」)と絶賛するほど、彼の歌う日本語のカバー曲は、日本人の心を掴んで離さない魅力を持ちます。

また、中島みゆきの『化粧』は彼が歌の世界観を非常に気に入り、韓国で発売した自身のアルバムに歌詞を韓国語に翻訳した歌を挿入するほどの熱の入れようです。

ドリカムの中村氏は、彼がカバーした『未来予想図II』を聴いて、
「歌い出しの4音、「そ」「つ」「ぎょ」「お」だけで鳥肌が立った。(実はこの出だしが激難しい)それからはぐんぐん引き込まれエンディングのアドリブで涙が出た。」(中村正人オフィシャルブログより)と書き込むほど、彼の歌に高い評価を与えました。
 
このように彼の日本語のカバー曲は多くの音楽関係者からも高い評価を受けています。

では、なぜ、韓国人である彼の日本語の歌が、ここまで日本人の心を打つのでしょうか。

それは、彼自身の努力による日本語力の高さはもちろんのこと、言語だけでなく、日本の文化、社会、国民性というもの、即ち日本そのものを理解しようとする彼のスタンスにあると感じます。

11月発売のアルバム『Fallinbow』で新しい境地を開く

BoA以降、多くのK-POPアイドルグループが日本活動をし、日本の音楽界の中でK-POPは確固たるポジションを確立しています。

最近では日本人がK-POPグループのメンバーの一員として構成されるグローバルなグループも多数存在するようになりました。しかし、彼ほど日本語を話し、J-POPを歌う韓国人はいません。

かつて、彼が歌うバラード曲に多くの人が涙を流したと言われるほど、甘い情感のある歌声が彼の持ち味でもありました。

しかし、コロナ禍で2年の日本活動のブランクを経て、今年11月に発売したアルバム『Fallinbow』(Fall in Rainbowという彼の造語)では、かつてのメンバーだったジュンスや中島美嘉とのコラボ曲、L’Arc〜en〜Cielのhydeがプロデュースした楽曲、さらには、藤巻亮太、中島美嘉が提供した楽曲、そして、LUNA SEAのSUGIZOとのフューチャリング曲など、数多くの日本のアーティストとのコラボによって、彼の明るい歌声による楽しい曲や人生の応援歌など、J-POPの王道とも言える楽曲が並び新しい境地を開いています。

先日、代々木体育館で開かれたライブには、SUGIZOやhyde、中島美嘉などが友情出演し、彼が幼少時代からリスペクトしてきた日本のレジェンド達との共演が実現した様子は、彼が日本の音楽界の中で確実にポジションを作り上げていることを感じさせます。

ジェジュンという人が、韓国人である事実は変えようもありません。しかし、彼が目指す歌の世界は、J-POPに新しい色彩を送り込み、韓国人である彼ならではの世界観をJ-POPに与えていくと考えます。

彼が望んだ日本人芸能人と同じような日本活動は、『徹子の部屋』や多くのバラエティ番組に出演することで実現しています。

今後も彼が日本の芸能界の中で、J-POPを歌うことによって、J-POPの世界そのものに新しい風を吹き込んでいく存在になるであろうことを今回のアルバムは示唆しているように感じるのです。

国境を超え、言語を超えて、多くの人に感動を与えることが出来るJ-POP歌手の1人として、彼の存在は今後も日本の音楽界に影響を与えていくことになるでしょう。

久道りょう
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。
結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。また声を聴くだけで、その人の性格や性質、思考・行動パターンなどまで視えてしまうという特技の「声鑑定」は500人以上を鑑定して、好評を博している。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞