「AI(愛)は掌に」 第十話

8月に入り、太陽もカンカンと照りつけてくる。

大学も夏休みに入った頃、久楽は夏季限定の短期アルバイトに勤しんでいた。
一日だけの派遣で、毎回仕事をする現場が違う仕事らしく、久楽は新鮮な気持ちで仕事に励んでいた。

久楽の今日の仕事は某有名アーティストのライブ会場の設営であった。
指示に従って、機材を運んだり、運んだり、運んだり…延々と運ぶ作業である。

「設営の仕事なんだからアーティストに会える訳ないよな…」と気付いたのは、仕事を始めて30分後のことだった。
ウキウキ気分も30分でどこか遠くへ飛んでいき、無心になって、ただただベルトコンベアのように物を運び続けるのであった。

「ふー…疲れたー…」

30分ほどの休憩を貰い、端の方で一息つき、配給されたお茶とオニギリを口に頬張る。そして、スマホを取り出し、新着のメールを見る。
メールが来ていた。
…悠仁からであった。

『くーらくーーー!会えた!?会えた!?サイン俺の分もよろしく!俺も行きたかったー!』
「メールでもうるさいな…」

実は、悠仁も同じ派遣会社でバイトを始めた。
そして久楽と悠仁はタッチの差で、この現場の定員に達したのであった。先に久楽が仕事を引き受けた結果、悠仁はこの仕事をすることは叶わなかった。

その時はお互いに仕事の内容を勘違いしていたので、
久楽は「アーティストにも会えるかも」と期待していたし、
悠仁も「会いたかったなー…」と落ち込んでいたのだ。


結果は言わずもがなだが。

「『会えたよ!羨ましいだろ!サインはさすがに無理だったけど、握手は出来た!』…よし。」

何となく癪だったのか、嘘を送った久楽。

そして、久楽はお茶を口に含みながら新着メールの来ていないスマホを見る。
心待ちにしている千百合からのメールを待つ。
他の3人からのメールも待っていると言えば、待っているのだが、心持ちが僅かに違う。胸の高鳴りが違う。

『前期の試験は無事に終わりましたよー』『夏休みはどうされるんですか?』『私もバイトと部活の繰り返しですね』『部活の人達と旅行に行くんです』『はい、気をつけます』『優しいですね、久楽さん』『まだまだ、仕事は慣れないです』『今日も失敗しちゃって…』『大丈夫です、ありがとうございます』『  』『  』『  』………

脳内でこれまでのメールを思い返す…「もう少し打ち解けたいな」と久楽は思う。
会話こそ続いているものの、お互いに敬語で話しているので、どうにも距離があるようにも感じてしまう。
けれども、久楽にはこれ以上の距離の詰め方がわからないでいる。

『例えば電話でも出来たら…』『例えば一緒に遊びに行けたら…』『例えば…』

出来ない。

仮に一緒に遊びに行けたとしても、上手く喋れる自信もない。
結局は現状維持をするのが精一杯である。
一人で悩んでいても仕方ない。

誰かに相談…久楽は思考を巡らす。

悠仁…は論外、うん、ないない。
栗江先輩は…就活で忙しいだろうし、あまり邪魔をしたくないなぁ…
伊都先輩は…なんか相談したらしたで、面倒臭いことになりそうだから気乗りしない、パス。
って言うか、色恋沙汰を誰にも相談したことがないし、出会い(正確には出会ってはないんだけど)の状況が状況なので、一から説明したら変な目で見られそうだなぁ。
ってことは、友達には無理かなぁ…
この状況をわかってくれそうな人はいないか…
誰か誰か誰かー
誰か助けてください!と、何かしらの中心で叫びたい気持ちにもなったが、痛い目で見られること請け合いだなー………あっ。

「井内さんなら…」

知り合った経緯は同じ。
メール友達となった井内さんになら…このことを相談できるのではないか、そう考えが至った所で休憩時間が終わりを告げる。

また、無心に資材を運ぶ作業の始まりである。

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