「AI(愛)は掌に」 第六話

外の電柱に止まっている鳩の鳴き声が聞こえてくる。
数時間前までは重くて、開くことが困難であった瞼も、今では何の抵抗もなく開くことができる。
メールをしながら寝落ちをしてしまった、と気付いた久楽は時間の確認のためにスマホを見る。
時間を確認した後に外出の準備をする。バイト先に行くため。
準備が整えて、久楽は部屋を出る。千百合からのメールの返信の内容をどうするか、歩きながら考えようと思いながら。

外に出ると、太陽は雲に隠れて薄暗い。そのためか気温もいつもよりは低く、過ごしやすい。とはいえ、雲に覆われた空は雨が降る可能性が高い。
久楽は折り畳み傘がカバンに入っているかを確かめ、入っていることが分かると小走りでバイト先へ向かった。

やがて、バイト先に着くといつもの事務の女性…尾上(おのえ)さんに案内をされ、あの会議室に通されるのであった。
いつものように席に着き、確認して貰うスマホを机の上に置いて待つ。
そしてしばらくするとノックの音が部屋に響き、間も無くドアが開かれる。
入って来たのはいつも通りラフな格好で現れた次元と庄司の2人である。

「こんにちは。久楽さん。」
「やっはー。久楽君、元気にしてたー。僕に会えなくて寂しくなかった?」
「いえ、全然。」
「ひどい!」

久楽も何度か庄司と顔を合わせるうちに、対応の仕方に慣れが出て来た。

「さて、いつものようにスマホはお借りしますね。」

そういうと、次元は久楽のスマホを受け取り、部屋を出る。
部屋に残されたのは久楽と庄司の2人。
これはいつものことである。いつも、2人が部屋に残されて、次元が帰ってくるのを雑談をしながら待つという流れである。
先に口を開いたのは庄司である。

「どう?お仕事は慣れた?って言ってもメールを打つだけなんだけどー」
「そうですね、3ヶ月もすると流石に人となりもわかってきますし、親交も深まってきたんじゃないかと思います。」

庄司は「そっかそっか。」と軽い笑顔を久楽に向けたが、
「あまり深入りしない方がいいんだけどね…」
と久楽に聞こえるか聞こえないかのような呟きを発する。

久楽は庄司が言葉を発したことには気付いたが、その内容までは聞き取ることが出来ず、庄司に聞き返す。

「今、何か言いました?」

庄司は久楽に疑問を投げかけられるも、首を横に振って疑問にすぐに答えることはしなかった。

「久楽君は優しい人だねー…」

2人の距離はさほど離れているわけでもないのに、庄司は遠い目をして久楽に話しかける。

「君がこのバイトを決めたキッカケって、次元先輩に怒鳴られた僕が可哀想に思ったからじゃない?」
「いや、そんなことは…」

久楽は否定しようとするも、その言葉には力がない。的を射ているからこそである。

「先輩に後から話をされたよ。『お前の落ち込んでる姿を痛ましく見てたからな。お前のミスを取り消そうとしたんじゃないか。』ってね。優しいよ、久楽君は。初対面の僕のそんな姿を見て、助け舟を出したんだ…もしかして君は…」

一度、言葉を止めて久楽の目を真っ直ぐに真剣に見つめる。
いつもとは違う庄司の雰囲気に戸惑い、しかし真面目な話なのだろうと、目線を合わせる久楽。

そして庄司から発せられる続きの言葉は、声色は、いつものおちゃらけたものではなかった。



「…僕に一目惚れした?」
「気持ち悪いんで帰っていいですか。」

やはり庄司は庄司であった。
久楽は思った。
「真面目にした、あの瞬間を返して欲しい。」と

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